03


 カレンダーを確認することをやめてしまったのは、この世界にもう時間などという概念が私の中にしか存在しないからだ。


 月日の経過というものは、どうやっても他者との共有概念でしかない。カレンダーを確認するのは、他人との共有のそのすべてであり、他人が存在しないこの世界において、カレンダーを確認する行程については必要がないということになる。


 私は、本を読もうと外に出た。


 中で読むと、どうやっても息苦しさを感じる。酸素の供給が入り口からしかないこんな洞窟では、本を読むことに対して集中することなんてできやしない。どうしても褪せた息を吐くだけになるので、私は外に出て本を眺めることにした。


 私が洞窟の本棚から取り出したのは、一つの魔術書。過去の世界では忌み嫌われた存在であり、その果てにはオカルトというレッテルを貼られてしまった、どうしようもない文化の産物。


 だが、人間は知る由もないだろう。火のないところに煙は立たないというもので、魔術なんて言う概念は、存在するからこそ、こうして私が読むことになっていることを。


 書物とは、存在の証明に近い。どれだけ架空だと思えるものであっても、もしくは筆者が架空だと言い張っても、その世界が頭の中に存在していた以上は、ひとつの存在なのだ。証明なのだ。


 もし、誰かが書いた書物にコミカルな要素しかない架空の世界の話があったとしても、それは違う世界では存在する一つの概念なのだ。


 私は、そんな平行世界の理論を信じている。そうすることで、自我を保とうとしている。それでしか私は意識を保つことはできない。


 ──すべては、この魔術書がきっかけなのだ。


 これから逃れることは、きっと神という存在でさえ許してくれないだろう。


 ……まあ、だから私はここにいるんだろうけれど。





 魔術書を眺めていて、そのなかに興味深い研究が記されていることに気づいた。


 昔からこの本を何度も読み返している。それこそ、数千年前から、ずっと前からこの本を読み返しているけれど、その中で気づくことのなかった、どうでもいいと言えばどうでもいいと思える概念の一つ。


 昔の私は、自分が不死であることしか求めていなかったから、それは仕方のないことだとは思う。魔術の研究なんて、ひとつの妄信からしか始まらない。そんな盲信に浸ったのが、現在の結果だ。


 ……そんな思考よりも働かせなければいけない頭の整理に書物を追いつかせる。


「──機械妖精?」


 文献には、そんな概念が記されていた。


 大昔、私が生まれるよりも大昔に記されていた魔術書に、機械という言葉が記されていることが、少しばかり面白い。私が生まれていた時代だったのならば、機械という言葉も、なんならデジタルという言葉も普及して、そうしてそれを利用した人類が便利な生活を営んではいたけれど、昔にも機械の概念があったことには驚きを隠すことはできない。


 本にしるしをつける。メモ帳などがあればよかったのだけれど、紙という存在を作ることは今となっては難しい。単純に私に知識がないだけなのだけれど。知識があったのならば、相応に行動することはやぶさかではないのだけれど、別に紙がなくたって生活はできるのだから、別にいいのではないだろうか。


 必要なもの。


 血、肉、鉄、魂。


 関節部、球体、自分の表皮、骨となるもの。


 ……いかにも、というばかりの必要な要素。オカルトというレッテルを貼られるには相応の理由がある。


 でも、なんとなくこの魔術を信じてみたい。──いや、信じる。


 私をこうしたのは、この魔術書がきっかけなのだ。それなら、信じるしかないだろう。


 私は、そうして準備を始めることにした。


 長い永いながい、これからの生活のために。

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