おまけの後日譚
「刈谷くん、おはよう」
それまで彼女の席の周りでたむろしていた友達に断りを入れた彼女は、まるで恥じらう乙女かのように目を輝かせ、登校してきた僕の所へとやってくる。
――いくらなんでもそんな言い方は無いんじゃないか――って?
だって彼女は自称
開き直った彼女はあの事件の時、そう言った。
そして今でもそう言う。
「おはよう、白根」
白根は僕の恋人。中学のころの
「寂しかったよ、刈谷くん」
白根はそう言って僕の首元に頬を付けてくる。
フゥ~!――途端に彼女の友達から冷やかしの声が。
僕は大して顔が良くないからだろう。彼女の友達にはこの関係は受け入れられている。
「やめろよ、恥ずかしい」
「だって私、ビッチだもん」
五月の始めという今の早い時期、奥手の多かった我が1-Cでは、彼女持ちは僕以外には一人居るだけ。当然、羨望の眼差しで見られるが――ビッチじゃしょうがないな――などという謎の理論で納得されていた。
白根はあれから、自分の立場を利用して僕を持ち上げてくれていた。
あの事件でのことはもちろん、いま聞くと恥ずかしいような僕の中学での行動まで持ち出して……。おかげで僕には男子にも女子にもたくさん友達ができた。
「刈谷あ、俺も負けねえからなあ!」
登校してきた柳町がバンバンと容赦なく背中を叩いてくる。よく喋る緩めのフェイスに短い茶髪の一見チャラい、だが一途な男はいつの間にかいちばん仲の良い友達になっていた。彼は登校してきた七尾を見つけると――。
「七尾ちゃん、おはよう! 僕たちも甘~い高校生活を始めようよ」
「脳味噌わいてんの? キモいわ柳町」
しかし柳町は引き下がらない。かつての僕を見るかのようだ。
「柳町君は刈谷くんみたいだね」
「そう見える?」
「うん」
「七尾は白根みたいだな」
「私はあんな酷く嫌ってなかったよ」
「よく言うよ」
呆れた物言いだった。彼女は僕にすごく怒っていたし、気持ち悪いとも言われた。
あれは本当はちょっと嬉しかったの……たぶん……きっと――徐々に小さくなる声と共にそう言われた。付き合い始めた頃に。
付き合い始めてからの彼女は常にこんなふうにベッタリかというと、普段はそうでもない。
仲のいい女友達たちといつも一緒に居るし、そこにはモテる運動部の男子もときどき混ざってたりする。ただ、なんとなく彼女と目が合ったりすると、誰かと話をしていてもそれを遮って、僕のところまでやってきてベッタリと甘えてくる。元カレの河野と付き合ってる時でもそんな仕草は見たことがない。
刈谷くんだけだよ?――そんなアピールを忘れない白根。
僕はかつて彼女に話したことがある。
彼女が元カレの河野の告白を受けた場に居たことを、その時の彼女が輝いて見えたことを。それを上書きしたいんじゃないかと思うくらい白根は積極的だった。
白根がこれだけ目立つ行動を取っていると、当然かつてのクラスメイトたちにも知られることとなる。白根と仲直りした女子たちは彼女を祝福してくれるだけなのだが、そうではない奴らも居る。
水島――白根に告白してフラれた腹いせに白根を追い込んだと踏んでいる。
やつは白根の悪い噂を流そうと企み、うちのクラスの飯島を始め、白根に告白してきた男子たちに接触してきた。だけど、僕が付き添って白根が彼らに謝罪して回り、水島の話をしたところ、同じバスケ部の飯島や中村らが水島を問い詰め、現在では奴はいくらかハブられ気味らしい。
河野――白根の元カレ。今では彼女に毛嫌いされている。
僕としては河野には嫉妬こそすれ、偽の画像で破局に追い込まれたという点では同情を禁じ得ないでいた。ただ、彼は白根を信じ切ることができなかった。好きになった相手のことならもっと彼女の言葉を聞いてあげるべきだった。彼が今更何かしてくるとは思っていなかった。
三岳――今は河野の新しい彼女。白根を孤立させた首謀者だと僕は考えている。
彼女は白根の噂が流れた直後から河野に接触して優しくしていたようだ。正に真打ち登場。新たなヒロインは河野のハートを射止め、彼と共に白根を追い込んでざまぁしてたわけだ。僕は三岳のことは最初から欠片も信用していなかった。問題を起こすならこいつと踏んでいた。
◇◇◇◇◇
五月のある日の昼放課、僕らの教室にかつてのクラスメイト、斎藤がやってきた。
彼女は白根へのイジメにもそれほど加担せず、かといって白根とそれほど親しく接していたわけでもない。まあ、比較的中立的立場な女子だった。僕も一度、水島の暴力から助けて貰ったことがある。
「白根さんも刈谷くんも、今は幸せそうにしてるんだ。おめでと」
「ありがとう」
「ありがと、斎藤さん」
「えっと……今更にはなるんだけど聞いて欲しいことがあるんだ。これ……」
彼女はスマホを見せてきた。
とても見辛い画面だったけれど、輪郭からなんとなくあの例の画像のように見える。
「これは?」
「これね、実はあの写真を画像処理してみたわけだけど、画像のAI生成って知ってる?」
「うん、何となく聞いたことはある」
「私も聞いたことある」
「実は今のAIで生成された画像って、人の目には分かり辛いけれどAI独特の癖があって、こうやって画像処理されるとすぐ本物かどうかわかるんだ」
「へえぇ」
「へえって興味ないの? 本物かどうか」
「僕にはどうでもよかったし、今はもうそれが偽物だって知ってるから」
僕は白根と目を合わせ、頷きあう。
「そうなんだ、すごいね刈谷くん。さすがあの告白をしただけのことはあるね」
「これ、もしかして調べてくれてたの?」
「うん。どうしても気になってね」
「斎藤さん……ありがとう」
白根が涙ぐむ。僕も斎藤も彼女の背に手を回して慰める。
「白根さん、泣かないで……それでね、高校の友達に詳しい子が居て、もしかしたらAI生成じゃないかって。それで画像処理してもらったの。やっぱり偽物だったよ」
「よかったじゃん、白根!」
聞き耳を立てていたっぽい女子がそう言った。それを皮切りに何事かと興味を持った教室にいたクラスメイト達が集まってくる。今更誰も気にしていなかったけど皆、それぞれに――よかったね――と白根に声を掛けていた。
白根が囲まれている中、たくさんお礼を言われて帰ろうとしていた斎藤に声を掛ける。
「このことさ、河野には言った?」
「うん、先に話したけど……よくなかった?」
「いや、言ってやった方がよかったと思うよ」
「そうだね」
◇◇◇◇◇
そして翌日。
教室に入るといつものように彼女がやってきて首元に頬を付ける。けれどいつもと違って浮かない顔。冷やかしも聞こえてこない。
「刈谷くん、友達を通して連絡があったんだけど、河野君が、放課後に屋上で話がしたいって言ってきた……」
「うん。教室で待ってるよ」
「あの、刈谷くん、一緒に来て」
「話をするのに邪魔じゃないかな?」
「ちょっと怖いから、できたら一緒に居てくれると嬉しい……」
二人で話をした方がいいとは思うけど、白根がそう言うならとついて行くことに。
◇◇◇◇◇
放課後、屋上に行くと河野が待っていた。僕らの他にはバドミントンで遊んでいる女子が四人だけ。機嫌の悪そうな河野は最初から僕を睨みつけていた。
「刈谷くんと付き合ってるって本当だったんだね」
「そうだよ」
言葉少なに返す白根。
「刈谷くん、悪いんだけど二人だけで話をさせてくれないかな」
「構わないけど――」
「お願い、ここに居て」
白根が訴えかけてくるので僕は頷く。
「離れたところに居るから。大きな声で話すようなことではないよな?」
僕は少し離れたところでフェンスにもたれ掛かる。
二人は反対側のフェンスで話し始める。
――ただ、すぐに言い争い始め、彼女がこちらに歩いてこようとするが、河野に肩を掴まれる。彼女は手を振り払い、こちらへ。僕も小走りで駆け寄り彼女の手を取ると、本人はくるりと僕の後ろに回り込み、陰に隠れた。
僕は追ってきた河野に対峙する。
「刈谷くん、その、悪いんだけどさ……」
「なに?」
「白根さんを僕に返してくれない?」
「……は?」
何言ってんだこいつは……。
それまで河野には嫉妬だとか同情みたいなものしかなかった。それだけの目に遭っていたのは知っている。けれど、突然訳の分からないことを言い始めたこいつには怒りしかなかった。
「お前、自分が信じられなくて彼女をビッチ呼ばわりして追い詰めた癖に、今さら何言ってんだ!?」
「騙されてたんだよ、三岳さんに! 彼女は水島とグルだったんだ。だから別れたのは無効!――もう元通りなんだよ白根さん」
ますますおかしなことを言ってくる河野。
「はあ? お前、白根がどれだけ辛かったか見えてなかったのか? お前がやったんだろ!」
僕がそう言うも、河野は白根と目を合わそうとしつこく回り込もうとする。
白根は僕の陰に逃げ続けていた。
「写真だって偽物だったんだよ、だから君をビッチなんて呼ぶ必要は無い」
「お前の勝手な決めつけで白根を振りまわすな! 彼女がどんだけ――」
「刈谷くん! 私、もうなんか腹が立ってきた。言ってやっていい?」
ん?……え、何の話?
「何か知らないけどいいんじゃない?」
「うん!――河野君はそういうけど、私、ビッチなの!」
「「え?」」
うっかり河野とハモってしまう。何を言い出すのかと――――あ!!!!
「私ね、もう刈谷くんと三回もしたんだ! だから河野君の入る余地は無いの!」
口を塞ごうとする僕の手を避けながら、彼女は最後まで言い切った。
河野はというと、呆けた面をしていた。
「は……え……もう?」
「しました!」
河野は一瞬、顔を青くしたかと思うと、それは見る見るうちに赤く変わっていった。
「こ、こ、こ、この! クソビッチ!!」
うああああ――叫びながら、河野は塔屋へと走り去っていった。
残された僕たちは組み合った姿勢のまま、呆気に取られていた。
「だいたーん」
――バドミントンのシャトルを地面に落としたままこちらを眺めていた女子がそう呟いた。
僕らも慌てて逃げ去った。
◇◇◇◇◇
「はぁ、スッとしたね! 刈谷くん」
家路につく白根はそう言った。
あのあと教室まで荷物を取りに行って昇降口まで、河野には遭遇しなかった。
「いやあ、どうなのかなそれは……」
また変な噂が流れないといいんだけど……。
「そもそも入る余地ってあったら困るよ」
「心の話だよ?」
「――とりあえず、明日のお弁当の材料を買いに行くので、付き合って」
「へいへい」
「嬉しくないの?」
「毎日幸せです」
「よろしい」
付き合い始めてからの彼女は、二人っきりになると僕にベッタリ。
結構すぐにくっついちゃった訳だけど、キスと同じくそっちも大変だった。
滅茶苦茶痛い、歩けないって文句を言われた。
けれど、こんなことがあって――早めに済ませておいてよかったね。ざまぁみろ――と。
いや、どんなざまぁだよ。
--
この話はここまで! ここまでにします!
そして蛇足っていいですね!
脚があるんですよお得じゃないですか。
恋した彼女は浮気女 あんぜ @anze
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