第2話
僕の学校での友達関係も、高校に入ってぐっと生徒数が増えたことでリセットされた。多少、知り合いがいても別に絡んでくるわけじゃない。河野や三岳は同じ高校みたいだったけど、別のクラスらしいのが幸いだった。
「よお刈谷! 朝から白根を眺めて目の保養かあ?」
まず友達になったのが、この
『わかる。わかるぞお刈谷。あれはイイ女だ。目がいい。あのりりしさは一途さが垣間見える!』
思わず柳町に右手を差し出してしまっていた。
柳町はガッシリと握手をしてきた。
『あとでかい。いろいろでかい。すごくでかい』
言いながら、クネクネとキモい動きを始めた柳町からさっと手を引っこめる。
『なんだよ照れんなよ、
そんな感じで馴れ馴れしくボディタッチと共に僕に絡んできた柳町だったけど、何というかな。こんなやつでも学校で話をできる相手が居ると言うのは悪くないな――そう思った。
――そして白根さんの周りには今朝も友達が集まっていた。うん、よかったな白根さん――そう心から思えた。それを眺めていたのを登校してきた柳町に見つかったわけだ。
「そんなつもりはないっての」
「嘘嘘お、見てた癖にい。――あっ、七尾ちゃん、おはよう。今日もかわいいねえ」
七尾という女子が教室に入ると、柳町は踵を返してそちらに去っていった。
彼女は同中の女子で以前から声をかけているけど相手にされていないらしい。
柳町のそんなところもなんとなく嫌いになれない部分だった。
◇◇◇◇◇
「むはははは刈谷、貴様にいいことを教えてやろう」
昼放課、弁当を食べ終えたころ、柳町が運動部の男子グループ――いわゆるモテそうな連中――の輪に入って話をしていたわけだけど、突然騒ぎながらこちらにやってきた。そして次は耳元で囁いてくる。――やめろ、キモいから普通に話せ!
「白根がよ、放課後に屋上へ呼び出されたらしい。他のクラスの男子に」
「まじ……」
「おう。そんで白根を狙ってるっつか、気になってる男子がソワソワしてんだ」
「そんなにいるのか……」
「気になんなら見に行って来いよ。なんならその前に告白って手もあんぜ」
「告白なあ……」
告白はもうした。何度も何度も。それでもダメだった。
「告白はさあ……もういいよ」
そう言って覗きにもいかないことを柳町に告げる。
白根さんが他人の告白を受ける姿なんて、一生に一度でいい。いや、一度も見たくなかった。
柳町は残念そうな、悲しそうな顔をしていた。
◇◇◇◇◇
翌日、教室へ入るといつも以上に白根さんの周りに人だかりができていた。
登校してくる女子が何事かと話を聞きに行く。
「えっ、なになに? 昨日のやつ? どうなったの?」
「1-Bの中村くんが告って白根が断ったらしいんだけど、食い下がったのよ。お試しか、無理なら友達からって」
「で? 白根は?」
「一週間だけ待ってくださいって。そしたらお試しも考えますって」
「えっ、どゆこと? 白根?」
「それ聞いてんだけど教えてくんないのよ」
「中村って結構カッコよかったよ」
「顔もいいのに勿体なくない?」
そんな感じで女子連中が話していた。そこへ――。
「それなら俺もお試しに立候補していい?」
そう白根さんに告げてきたのは運動部の……なんだっけ。
「飯島が立候補するなら俺も立候補しようかな」
そうそう飯島。こっちはなんだっけ……柳町の前の席だから宮村だ。
「えっ、マジで、引くわ宮田。白根みたいなのがタイプだったの?」
宮田だった。親し気な女子がその宮田に文句をつけている。
「いやだって、高校入ったら彼女欲しいって思ったし」
「誰でもいいんじゃん、それ!」
「うん、わかった。一週間したら誰かとお試しで付き合う」
そう言ったのは白根さんだった。マジで?
白根さんの返答で、じゃあ俺も俺もとさらに三人の立候補者が増えた。
「うわー、ドン引きー」
「白根、やめときなー。こいつら誰でも良くて彼女欲しいだけだから」
「やめて白根、そんなに焦らなくていいから。変な噂がたっちゃうよ」
彼女の発言に男子の立候補者が増えて、女子たちも大騒ぎに。
「お前は立候補しないのかよ」
僕の傍でそう言って肩に手をやってきたのは柳町。
「僕は彼女には好かれてないんだ」
「白根になんかしたのか?」
「お前と同じだよ。付きまとって告白しまくった」
「そうか……」
「――だが俺は諦めないけどな!」
◇◇◇◇◇
あれから三日が経った。白根さんの告白騒ぎは他のクラスにまで伝わっていた。
わざわざこの1-Cの教室まで白根さんを覗きに来る奴らまで居た。
白根さんが何を考えているのか僕にはわからない。ただ、不安があった。
そしてその日の昼放課、恐れていたことが再び起こった。
最初は、1-Bのあの中村がやってきた。
「白根さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」
そう言って中村は白根さんを階段の踊り場まで連れ出した。
あとから女子の友達がついて行って様子を伺っていた。
白根さんが戻ってくると、様子を伺いに行っていた女子たちから何があったのか聞かれていた。
「振られちゃった」
にっこり笑顔でそう言った白根さん。
心なしか、その言葉は僕に届くように言ってきたふうに聞こえた。
その後もひとり、またひとりと白根さんに男子生徒が会いに来た。
どの男子も、白根さんの噂を聞いて立候補してきていた男子たちだった。
「――また振られちゃった」
「――またまた振られちゃった」
そう言ってクラスに戻ってくるたびに報告する白根さん。
彼女を取り巻く女子がみんな心配して声を掛けているけれど、本人はケロッとしている。そして、クラスで白根さんに告白した一人、飯島が白根さんに声を掛ける。
彼はスマホを片手に持ち、青い顔をしていた。
「白根さん、これって本当なの?」
飯島は白根さんにスマホの画面を向ける。
「やっぱりね」
「やっぱり?」
「ううん、こっちの話。――うん、そんな噂があったのは本当だよ」
「この噂は本当なの?」
「飯島君はどう思う?」
「本当なのか教えて」
「それは教えられないかな」
「そんな……」
なになに?――どうしたの?――なんて言いながら白根さんと親しい女子や、彼女に気のある男子たちが様子を聞きに集まってくる。
「私、
耳を疑った。
どうしてそんなことをわざわざ自分からバラすんだ?
白根さんはまた、あんなことになってもいいのか?
周りの皆が引いていた。彼女に告白したクラスの男子たちも。
そりゃそうだろう。聞いた限りでは高校で初めての彼女を作ると言ってたやつらばかり。告白した相手が、浮気なんて経験している女子だなんて思ってもいなかっただろう。
ただ、僕はわかってしまった。
白根さんは――自分がまた同じ嫌がらせを受ける――と想定していたのだと。
なぜなら彼女は皆に引かれる中、僕を見、首をちょっとだけ傾げながらニコリと微笑んだからだ。
僕は溜息を付きながら立ち上がる。クラスメイトをかき分け彼女の傍まで行く。
彼女はやってきた僕をじっと見たまま。
何事かと注目を浴びる中、僕は彼女に告げる。
「白根、好きだ。付き合ってくれ」
「うん、刈谷くん、私も好き」
みんな、あまりに突然過ぎてあっけに取られていた。
彼女の友達も、告った男子たちも。
そんな中で最初に口を開いたのは柳町。
「いやいやいやおかしいっしょ! なんで刈谷お前、しかめっ面で告る?」
そう、僕は怒っていた。すごく怒っていた。
彼女は自分がまた同じ目に遭うとわかっていた癖に、予防策を取らなかった。
そして結果がどうなろうと選択を僕に丸投げしたのだ。
微笑みだけで僕を試そうなんて。
「白根さんもどうして? 浮気って本当なの?」
「刈谷くん、本当だと思う?」
女子に聞かれた白根が、微笑みと共に問いかけを再び丸投げしてくる。
白根、わかってやってるな。
「僕は白根が浮気なんてするとは思わない。そんな噂より白根を信じてる」
「いやいや! それはいいけど何でしかめっ面なんだよ刈谷は!」
「ぷっ……白根さんも何でそんな仏頂面の告白受けてんのよ!」
柳町と七尾が笑いながら、二人揃って僕たちにボディタッチと共にツッコんでくる。
二人につられて白根も笑うけど僕は怒ったまま。
結局、白根の噂については僕が否定し、柳町と七尾が笑い飛ばしてくれたから、その後誰も気にすることはなかった。それどころか僕に
◇◇◇◇◇
放課後、白根に誘われて屋上に二人で居た。
フェンスに指をかけ、彼女は外の景色を眺めていた。
僕はその高いフェンスにもたれ掛かっていた。
「刈谷くんはどうしたら機嫌を直してくれますか?」
首をかしげながら問いかけてくる彼女。
「何でわざわざあんなことをしたの? 僕を試すため?」
棘のある口調で恋人に問いかける。
「理由は色々あるけれど、いちばんは…………刈谷くんが卒業式を逃げたから」
「それは…………中学では居場所が無かったから」
「私は頑張って居場所を作ったけど、刈谷くんが居場所無くしちゃったらしょうがなくない?」
「そんな器用じゃないし」
「どちらにしても刈谷くんが逃げたから、私は告白の返事をする機会を失くしました」
「それはごめん……てか、もっと前でもいいだろ」
「女心を分かってない! そんなすぐ決心できないし、タイミングもあるし」
それにはちょっと何も言い返せなかった。面倒くさいけど。
「……じゃあそれはいいとして、噂は? もっといい方法あったろ。僕頼みじゃなく」
「誰が噂をバラまいてるか知りたかったんだ」
「わかったのか」
「うん」
「誰?」
「水島」
水島? ああ、バスケ部の? 久しぶり過ぎて忘れていた。
「――覚えてる? 水島」
顔色を読み取られたのか、確認するように白根は聞いてくる。
「ああ、ノッポの」
「そう、ノッポの」
「――彼にね、中二の時告られたんだ」
「ああ、そうなんだ」
中二のころは、白根さんの存在さえ知らなかった。
「でも、タイプじゃないから断った」
「ふぅん」
「恋人の話なのにもっと嫉妬とかしてくれないの?」
「嫉妬とか今更…………白根には河野が…………」
白根はフェンスから手を離したかと思うと、僕の前に立ち、まるで逃がすまいとするかのように僕の左右のフェンスを掴む。彼女は背伸びをし――。
「ん…………!?」
突然、白根の顔が近づいたかと思うと、彼女の匂いで鼻腔が刺激される。
中学の頃、彼女に付きまとい、傍に行くとふわりと香ったあの残り香。
あれでいっぱいに満たされただけでなく、唇には衝撃が。
「ごめん、ちょっとぶつかっちゃった」
「だ、だいじょうぶ……。大丈夫?」
「ん。ファーストキスって言ったら信じる?」
「…………」
彼女がラブホテルに入った事よりも、こっちの方が信じ難かった。が――。
「――信じるよ」
「刈谷くん、ちょろい」
そう言って、体を離す白根。
「――河野君とはキスもまだだったの。だから彼、余計に怒って」
「まじか」
「うん。……それで水島君の話だったね。彼、入学式の日にも告ってきたの」
「そうなんだ」
「また噂になっても守ってやるって。おかしいでしょ? 彼、中学の頃は率先して噂話に乗ってたのに」
「まあね。僕もあの時の裏ボタンの爪、壊れちゃったし」
「第二ボタンってまだ残ってる?」
「残ってるけど……水島の話は?」
「ああ、うん。それでね、中村君たちに、誰から噂が回って来たか聞いたの。そしたら水島だったの」
「なるほど。それであんなことしたのか」
「うん」
「つか、中村とか飯島とかに悪いと思わなかったのかよ」
「だって私、
そう言って笑った白根だったけれど、美人になった代わりに面倒くさくなったなあと感じる。初めて会ったころの彼女からは想像もできない。ただ、取り繕っていない彼女を見られた気がしてそれはそれで嬉しかった。思えば最初のあの怒りの表情。あれこそが初めて見た彼女の素顔だったのかもしれない。
「はぁ……いいけど白根、ちゃんと飯島とかに謝れよ。水島のこと説明して。僕も一緒に謝ってやるから」
「刈谷くん、そういうところ真面目だよね。曲げられないって言うか」
「謝るまで機嫌は直さないことにした」
「もお…………わかりました」
--
続いてしまいました。
すれ違ったまま勢のみなさんごめんなさい。
思いついたままに書く駄文なのでお許しください。
まだ物理的にくっついていないのでセフセフ。
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