恋した彼女は浮気女
あんぜ
第1話
中学のころ、三年生に進級して同じクラスになった
五月の後半、球技大会があった。クラスの取りまとめは委員長の
正直、僕はそこまで気軽に女子と話せるタイプではなかった。河野も似たようなものみたいだったけれど、委員長と副委員長の間での会話がある分、僕よりも白根さんとずっと長く喋っていたと思う。
その河野と白根さんの二人をテニスコート横でみかける。ちょうど、男子のサッカーの試合と、女子のバレーボールの試合が終わった所で男女混合のテニスの試合を見に来たところだ。
ふと――ふたりがコートから離れていくのが目に入る。
なんとなく気になってしまった僕は二人の後をそっと追った。
二人はあまり用があるとは思えないような更衣室裏にやってきていた。
「白根さん、君のことが好きです。恋人として付き合ってもらえませんか?」
「私も……河野君が好きです」
ああ……うん……お似合いだよね。
向かい合った二人の会話が聞こえてしまった僕は来た時と同じようにそっと去った。
なんだか急に体の力が抜けてしまった僕は、体調不良を訴え、保健室のベッドで休むこととなった。その後、サッカーのメンバーの調整に河野がやって来た。河野は心配していたけれど、体調は悪くなるばかりだった。
そんなことがあって僕の初恋は脆くも敗れ去った。
やがて二人の仲はクラスでも知られるところとなる。
ただ、僕の白根さんへの想いは増すばかり。とても諦めきれていなかった。
そうして夏が過ぎ、二学期の最初。まだ暑い日差しの中、始業式のため登校する。
久しぶりに会うクラスメイト達。ただ、その雰囲気はいつもと違っていた。
それは受験を控えた夏休みだったから――というのが理由ではなかった。
仲のいい友達に何があったのかを聞いて驚いた。
白根さんが浮気をしていたらしい。
――浮気だって?
そんな大人の話題のような言葉が飛び出したことに理解が追い付かなかった。
普段全く興味がなく開かないで置いていたクラスのSNSのコミュニティには、涼し気な私服の白根さんが河野ではない男とラブホテルに入る現場を写した写真が投稿されていた。
――嘘だよな!?
ラブホテルなんて男子の冗談の中でしか会話に出ないような存在に、まさかあの白根さんが入るなんてとても想像がつかなかった。そしてその中で何が行われたのか……当時の僕にはあまりにも日常から外れ過ぎていたため理解もしたくなかった。それはクラスメイト達も同じだっただろう。
その日からクラスの空気は文字通り一変した。
当時、
河野は酷く落ち込んだ様子だったけれど、クラスメイト達が同情し、慰めていた。
それに比べて白根さんはほとんど喋らなくなり、幽霊のように目立たないよう振舞い、だんだんとクラスに居場所がなくなっていっていた。
◇◇◇◇◇
「白根さん、好きだ! 付き合ってくれ!」
ある日、文化祭の準備中、いつものように教室で誰もが白根さんを無視する中、項垂れて小さくなっていた白根さんに馬鹿みたいな大声で声を掛けた。いや、告白した。一瞬、静まり返った教室だったが――。
「
「お前そんなビッチがいいのかよ」
「ビッチちゃん、付き合ってあげなよ」
皆がゲラゲラと笑い始める。
――なんだこいつら?
「うるせえ! 冗談じゃねえ! 僕は本気だ!」
「冗談だろ? 相手はビッチだぞ、刈谷」
バスケ部の水島が僕に詰め寄ってくる。
「はあ? お前なんてただのノッポだろ?」
「なんだと!?」
水島は僕の学ランの胸元を捻り上げた。さすが水島は背が高いだけじゃなく力もあった。
僕は喧嘩なんてしたことはなかったが、涙目になりながらも一歩も引きたくなかった。
「ちょっとちょっと水島くん、マズいって。先生見回りに来るよ」
そう言って口を挟んできたのは斎藤って女子。
悪態をつきながら水島は手を離す。
あーあ、ボタン取れかけだよ……。
「白根さん、僕、本気だから。考えてみて」
もう一度、白根さんに声を掛けた。
長く、能面の様だった彼女に表情が戻ってきていた。
その顔は満面の
――あれ?
◇◇◇◇◇
翌日から、僕は口下手なりに白根さんに声をかけまくった。
朝の挨拶に始まり告白もついでに行う。
業間は用もないのに彼女の傍へ。ただ、彼女はすぐにトイレに逃げてしまう。
昼放課は彼女の近くの空いた席に座り、白根さんが聞こうが聞くまいが勝手にうちの猫の話やゲームの話をしていた。
クラスメイトからの風当たりは強かった。
特に、河野には睨まれた。そしてその河野に、白根さんと入れ替わるように仲のよくなった三岳って女子。落ち込んでいた河野を慰めたらしいが、河野と一緒になって白根さんを睨む様子はとても優しい女子のそれに見えなかった。
ある日、廊下で声を掛けた白根さんから初めて返事を貰えた。
「気持ち悪いから近づかないで」
――ちょっと涙が出た。なるほど、僕は白根さんからするとその辺の立ち位置なんだ。
ただ、声を掛けてもらえたのはすごく嬉しかった。
その日はそれだけだったけれど、最近、白根さんは業間にトイレに籠ることも少なくなり、目を赤く腫らしてることも少なくなった。その代わり、僕に対して怒ってることは増えた。
クラスメイトも、だんだんと僕が白根さんに声を掛けても揶揄うようなことはしなくなった。見飽きたのかもしれないな。文化祭の準備も僕と白根さんは雑用を割り当てられ、やれ備品を借りてこいだの、片づけをやって置けだの、ゴミを捨ててこいだのとこき使われていた。
◇◇◇◇◇
文化祭が終わり、本格的に受験勉強に力を入れ始めると、白根さんをわざわざ揶揄うようなクラスメイトは居なくなった。ただ、僕だけは白根さんに声を掛け続けた。
放課後、いつもなら真っ先に教室を出るのに珍しく席に着いたままの白根さん。僕と白根さん以外帰ってしまったので、途中まで一緒に帰らないかと話しかけた。
「なんで刈谷は私に声を掛けるの?」
そう聞いて来た彼女。初めて僕の名を呼んでくれた。
「白根さんが好きだっていつも言ってるし?」
ちょっと浮かれて上げ調子で言ってしまう。
「私ならやらせてもらえるとか思ってるの?」
「やらせてって何を?」
「……わかって言ってるんでしょ」
「いや、わからんし」
「みんな、私をビ……ッチって言ってたから」
「白根さんに限ってそんなことない」
「どうしてそんなこと言えるの」
「白根さんが……河野の告白を受けた時、目が輝いて見えるくらい凄く嬉しそうだったから。そんな白根さんが河野以外を好きになるわけない」
心からそう思った。思った通りを口に出したわけだけど……。
言っていて何だか自分がむなしくなった。つまり、僕にはチャンスはない。
「――はぁ……ま、僕にチャンスが無いのはわかってた」
そう告げて、僕は白根さんを残し、教室を後にした。
◇◇◇◇◇
翌日、登校すると教室で白根さんがクラスの女子に話しかけているところを目撃した。
相手は河野や三岳とはそれほど親しくない女子。
僕は陰に隠れて聞き耳を立てる。
……相手の女子の反応は思ったより良かった。普通に会話していたことに安心したのもあって、僕は白根さんに声を掛けるのをやめておいた。昨日のこともあったし。
昼放課、彼女は少しずつ周りの女子と会話しようとしていた。
周りの女子たちも、流石にあれだけ白根さんをイジメていたので罪悪感もあったのだろう。申し訳なさそうに謝ったりして少しずつ会話を繋げていた。
白根さんはその日から、手探りするように会話できる相手を探していった。
時には無視されることもあるけれど、委員の仕事を通じてさらに何人かとは会話できるようになった。相変わらず河野や三岳、それから周りの人間は白根さんを嫌っていたけれど、クラス全体としては白根さんを巡る環境は落ち着いてきた。
僕はと言うと、あれから白根さんに話しかけることは無くなった。
残念ながら、彼女からも僕には話しかけてこない。
◇◇◇◇◇
高校受験を終え、無事に僕は進学。
結局、僕は白根さんどころか、あの事件以降口を利かなくなってしまったクラスの友達ともそのまま会話が無くなり、皆がどこの高校へ進学するかとか詳しく知らないまま卒業を迎えることとなった。
卒業式ではみんな感慨深げに涙まで流すやつも居たけれど、まあ、僕は中学の想い出なんて、最後の半年で何もかも吹き飛んでしまった。最後のSHRが終わると、教室の会話も在校生からの見送りも躱し、僕は帰路についた。
◇◇◇◇◇
高校の入学式の日、クラス分けに従って教室へ入ると、白根さんの姿があった。
廊下側のいちばん後ろの席が僕の席。そして三列左のいちばん前の席が白根さんだった。
彼女は一時期、落ち込んでいたころが想像もできないほど綺麗になっていた。白根さんはすぐにクラスで注目され、以前のような人気を取り戻していた。女子だけでなく、男子にも囲まれている彼女は相変わらず僕には眩しかった。
――不意に白根さんがこちらに目を向けほんの一瞬、微笑んだ。ただ、その笑顔はすぐにクラスメイトの陰に隠れてしまった……。
そう。あの話を知る生徒はそう多くないし、わざわざ口に出す生徒も居ないだろう。そんな奴が居たら今度こそ白根さんを守ってやろうと僕は決意した。
--
続きませんぬ。
ここで完結でいいのでは。
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