第三話:「俺じゃなくて、この街が最低なんだよ」
君は希望だった。
俺は田舎の一軒家に生まれ、それなりに不自由なく育ち、大学進学とともに状況。卒業できる程度には単位を取り、それなりに適当に遊んで、それなりの就活をした俺は、人並みの企業に就職した。
残業が多いわけでもなく、給料が高いわけでもなく、将来性があるわけでもない。かといって、現状を変えるほどの向上心もない。流されるまま過ごしていたら、気づけば30歳を超えていた。
そんな中で君に出会った。
こんな俺のことを肯定してくれて、夢に向かって努力してて、キラキラと輝いて見えた。
君に出会うための人生だったかもしれないって、本気で思えたんだ。
――――――――――――――――――――
俺たちは用意を済ませ、長らく居座っていたバーを出た。
外は化け物だらけ、かも思いきや、とても静かだった。眠らない街歌舞伎町では静かっていうのも異様な光景だ。道端には血痕吐瀉物死体だらけで、最悪な気分だ。
「生きてる人間も、化け物も意外といないな」
「まぁ、殺し合ったあとなんでしょうね。いい感じに両方減ったんですよ。」
ばっさりと、結構ひどいことを言うなこの子。油断しきっていると後ろから「動くな!!」と叫び声。振り返ると、刃物をこちらに向けた30代くらいのスーツを着た男がいた。
「殺す?」
「殺意が強すぎるだろ、待てって」
すかさず歌恋が刃物を取り出すが、それを制する。目の前の男は手も身体も震わせ、恐怖で支配されているのが見るからにわかる状態だった。彼は、叫び続けながらこう言った。
「お前!!!その男の肩!!もしかして化け物に噛まれたやつか!?!」
「は?」
「聞いたんだ!!!噛まれたやつは感染して化け物になるって!!!おまえ…お前もそうなんだろ!!!」
噛まれたやつも化け物になる。まぁゾンビものの王道ではあるからそうなっても不思議ではないのか。化け物になったみゆに噛まれた肩に手を当てる。
「医者の見解としては、どう思う?」
「え!?私に聞くんですか!?前例がないのでなんとも…薬が原因なら、噛まれたときに相手の口に付着していた粉末が体内に入ってれば可能性はあるかもしれないですが……」
「試せばいい」
歌恋は、震える男に指を指す。
「貴方が一回噛まれてみて。」
「は?」
一瞬の出来事。走り出し、間合いを詰める。男が逃げようとするがもう遅い、彼女は手元の刃物で彼の両足を切った。
「は、は、あ、!?ああああ!?!」
着ているスーツが血塗れになっていく。からん、音を立てて男の手元から落ちた刃物が床に差さる。絶句。何してるんだあいつは。水希が「何してるんですか!」駆け出した。
「治療しなきゃ……!」
「何もしないで」
刃物を、今度は水希の喉元に当てる。
「邪魔したら貴方も切るから。」
ごく、と喉を鳴らす音がした。「ひ、ぅぁ、」痛みで唸りながら、蹲る男の首根っこを掴み、詩音は引きずっていった。
「なに、するつもり、」
「通りすがり、あのコンビニから唸り声がした。そこに貴方を放り込むから噛まれてきてくれる?」
「……は?」
「それで、どうなるかわかるでしょ」
「まて、まってくれ!!!」
身体を震わし、汗を流し必死な形相の男が懇願する。それとは対照的に涼しい顔をしてどんどん進んでいく。
「おい、待て」
後ろから俺が声をかけると、ぴた、と進む足をとめた。
「やめよ、なんのメリットもない」
「でも、貴方が危険じゃないことを証明できない」
「する必要もないだろ、しないと歌恋と水希ちゃんが不安なら1人で行動するよ」
「何があってもついてく。1人にさせない。」
「そ、じゃ問題ない」
隣の水希は、「感染するかも、とか何も考えてませんでした……。」「まぁ化け物になったらなったで全力で逃げるか殺すので大丈夫です!協力して頂いてる立場ですし!!」さらっと笑顔で薄情なことを言う。
「歌恋が、わざわざ手を汚す必要ないよ」
「でも……」
「俺は、君が味方でいてくれたら、それだけでいいから。」
彼女の顔が赤くなっていく、ちょろいな〜。
「ねぇ」
しゃがみこみ、首根っこを掴まれている男と目を合わせる。
「これまで、1人で逃げ回ってたんですか?」
「ひっあ…」
「答えて」
「ひぃ!」
恐怖で言葉が紡げなくなっているところに、詩音が首元に刃物を当てて返事を急かす。逆効果だろ、それ。
「映画館の!映画館のところに、みんな避難してたんだ。だけど急に化け物が出て、パニック状態になってるところを逃げてきて。そのとき、噛まれたやつが化け物になったんじゃないかって話だったから、」
生き残った人達の集まりがちゃんとあるのか。まだどこかで、避難してるところもありそうだな。
「水希ちゃん、この人治療してくれるかな?ひとまず、俺たちがいたバーに連れてって休んでもらおう。お怪我させて本当にすみませんでした、俺たちもこんな状況でパニックになってしまって。」
ふざけんな、と言いたそうな、顔を歪めたが特に男は何も口に出すことはなかった。からん、とポケットからスマホが落ちる。
「この子…」
男のスマホの待ち受けは、俺の肩を噛んだ、化け物になる前の、みゆの写真だった。
「知り合いなんですか?」
「みゆちゃんのこと知ってるのか!?」
「ええ、まぁ…」
「今、無事か知ってるか!?心配で、探してたんだ。本当にいい子で、優しくて、こんな状況耐えられないかもしれない…。学費のためにって新宿で夜遅くまで働いてたから、巻き込まれてるかもしれないって。」
学費のためにじゃなくて、俺に貢ぐために風俗してたんだけどな。この男はみゆの客だったらしい。
まあ、よくある話だ。学費のために頑張ってますってほうが、大変だけど頑張ってます。ってほうが男も金出す気になるから。
「ええ、新宿にいなかったらしくて、無事みたいですよ。」
俺も、男のために、優しい嘘をついた。
――――――――――――――――――
「うわっしけてんなぁ」
その後男をバーまで連れて行き、しれっとくすねた男の財布の中身を見る。1万しか入ってねぇじゃねぇか。キャッシュレス派なのか、ただ金のない細客だったのか。
「まぁ身分証入ってるし個人情報売れば金になるか。この預金口座もいくら入ってるかな。」
みゆの客なら俺の金も同然。みゆの作った借金も、お前らが払ってくれよ。
「貴方、ちゃんと最低ですよね」
水希が、引いた顔で言った。
俺はこう返す。
「俺じゃなくて、この街が最低なんだよ。」
全部殺してあげるから生き残れたら結婚して ウタガ @uta_g
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