絵のない絵本シリーズ「なみだの泉をこえて」
kgin
第1話 なみだの泉をこえて
あなたも知っていますか?
つかれたおとなが森をぬけると、そこには動物たちがなかよく暮らす村があります。
ぴかぴかの木の実といい香りの花がたくさん。木々の葉がふれあう音が心地良くひびいています。
かめさん、りすさん、きつねさん、くまさん。
みんななかよく暮らしています。
村の真ん中に大きな泉があるその村は、いずみ村と呼ばれていました。
大きな泉の真ん中には、小さなしまがあって
橋を渡ってしまへ行くと村長さんのおうちがあります。
村長さんと一緒にうたったり、おどったり、時にはけんかしたり
みんな、村長さんのことが大好きでした。
しずかな雨が紅い葉を濡らした、ある朝
「コツコツ」
村長さんのおうちのまどをたたく音。
村長さんが窓を開けると、つばさを濡らしたとりさんが息をついていました。
濡れ羽色の瞳が不安に揺れています。
「そんなに急いでどうしたの? とりさん」
「大変だよ、村長さん! かめさんが星になっちゃったんだ!」
かめさんは、この村の長老。物知りで優しくて
みんな、かめさんのことが大好きでした。
村長さんの耳が、萎れたように垂れ下がります。
喚くとりさんを余所に、
村長さんはそっと窓を閉めました。
部屋中をぐるぐると歩き回りました。
ぐるぐる
ぐるぐる
そして
そっとドアを開けて、外に出ました。
泉の畔に立つと、朝靄に包まれた村が見えました。
べそをかいたように静まり返っていました。
不意に
何かに打たれたように、村長さんは座り込みました。
俯くと、泉の水面が歪んで、
「もう会えないんだよ」
と言いました。
不意に
何かに打たれたように、村長さんは泣き始めました。
「うえええええええん」
大粒の涙が、雫となって、泉に流れ落ちていきます。
大粒の涙が、川となって、泉に流れ落ちていきます。
そうして涙は降り続けました。
昼も夜も降り続けました。
そうして泉は水を増して、橋が流され、
村長の島はただひとつぽつんと泉の中に取り残されてしまいました。
村長は、
島に籠もって、カーテンを閉めて、湿った部屋で
ベッドに腰掛けて頭を抱えました。
静寂が耳を刺します。
村長は、
ベッドの上に立ちました。
そして我武者羅に歌いました。
無理矢理に笑顔を作って歌いました。
歌って、歌って、知っている歌を歌い尽くしたら
まだ虚しく静かになりました。
もう、世界には誰もいないかのように思われました。
そのときです。
ドンドンドン
激しくドアを叩く音。
「……誰?」
鍵のかかっていないドアがバタリと開くと
飛びこんできたのは、ずぶぬれのくまさんです。
ずかずかと歩みいると、無骨なてのひらが花のように開かれて
中から村長さんの大好きな木の実が出てきました。
それは、かめさんの大好きな木の実でもありました。
「元気だして」
と、くまさんは言いました。
コンコンコン
遠慮がちにドアを叩く音。
「……誰?」
鍵のかかっていないドアがバタリと開くと
飛びこんできたのは、息を切らせたりすさんです。
「いろんな枝を渡して、つたってきたの」
と、りすさんは言いました。
そのままりすさんは力なくたいいく座りした村長さんのとなりに
ぴったりよりそって座りました。
カンカンカン
声高にドアを叩く音。
「……誰?」
鍵のかかっていないドアがバタリと開くと
飛びこんできたのは、荒けずりのオールを持ったきつねさんです。
袋からおもむろに取りだしたスケッチブックを開くと
村のみんながかかれた絵でした。
もちろんそこにはかめさんもいました。
いつになく真剣な顔で、
「村長さんだけじゃないから」
と、きつねさんは言いました。
村長さんは、きつねさんの目がいつもより赤くなっていることに
そのとき初めて気がつきました。
「ほら、来てみて」
りすさんは村長さんの手をとります。
連れられるまま外へ出てみると、
すっかり雨はやんで、夜のとばりがおりていました。
声がする方へ近づいていくと、
泉の向こう側で村のみんなが手をふっています。
中には
木材を用意して、橋をかけ直そうとしている村人もいます。
村長さんは空を見上げました。
満点の夜空にあまたの星がかがやいています。
その中に、新しい星がひとつ、
優しくかがやいているのが見えました。
村長さんは前を向きました。
そして、村のみんなに手をふりかえしました。
おしまい
絵のない絵本シリーズ「なみだの泉をこえて」 kgin @kgin
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