第14話 孤独な少女
ずーっと反復横跳びをしていると、コツコツと足音が聞こえてきた。
先生かと思ったが、成人男性にしては足音が軽い気がする。
しばらくすると、足音の主は僕の部屋の前で足を止めた。
腰まで伸びたブロンドヘアーに見るものを魅了するような赤い瞳。
訪問者は意外なことに最神さんだった。
「元気そうね」
「まあね。授業に出れないのは残念だけど、楽しくやらせてもらってるよ。ところで、最神さんはどうしてここに?」
「あの人たちに囲まれるのが息苦しいだけ」
「なるほどね」
まあ、なんにせよ最神さんの方から会いに来てくれるのは好都合だ。
最神さんには聞きたいことがたくさんあった。
「今日の昼ごはんは?」
「今日はサンドイッチよ」
「いいね。僕もお腹が空いてきちゃった」
「一つあげるわ」
「え、いいの?」
「ええ。あなたがここに閉じ込められた原因の一端は私にもあるもの」
「それはどうも」
檻越しに最神さんからサンドイッチを受け取り、食べる。
うん、うまい。
「授業は無事に受けられた?」
「ええ。どこかのお節介さんのおかげでね」
「それはよかった。あ、ノート取ってる? 出来たら後で見せて欲しいんだ」
僕の言葉を予想していたのか、最神さんはカバンに手を伸ばすと何枚か紙を取り出し僕に差し出した。
それはノートのコピーだった。
英語、化学、現代文とどれも今日の午前に授業があった科目だ。
「わあ、ありがとう。なにかお礼した方がいいかな?」
「いらないわ。これはちょっとした罪滅ぼしよ」
と、最神さんは自嘲気味に笑みを浮かべた。
罪、ね。
「それにしても、よく僕がノートを欲してるって気付いたね」
「昨日、必死にノート取ってたじゃない。それに、私が言った「授業がつぶれる」という発言に反応していたから、あなたは授業を受けたいと思っていると予想しただけよ」
「大した推理力だね。まるで名探偵だ」
「そんなに褒めてもサンドイッチはもうあげないわよ」
「残念。次はたまごサンドが欲しかったんだけどね」
「奇遇ね。私も好きよ」
「え、それってもしかして告白? ごめん。実は僕心に決めた人が……」
「違うわよ。話の流れで分かるでしょう?」
「なんだ。違うのか」
肩を落とす僕。そんな僕を見て、最神さんはクスリと笑みを漏らした。
「どうしたの?」
「いえ、ただ少し楽しかっただけよ」
「僕との会話が?」
「いいえ、あなたとのって言うよりは普通の会話がよ」
「ふーん」
しばらくの間、沈黙が続いた。
「……朝はごめんなさい」
「なにが?」
「あなたに迷惑って言ったことよ。あなたは何も悪くないのに、ついあなたを責めてしまった」
「そういうこともあるよ。僕だって思い通りに反復横跳び出来なくてイラつくことがあるしね」
「……優しいのね」
「君を口説こうとしてるだけだよ」
最神さんの目が点になる。それから少し曇った
「もしかして、あなたがこの街を出ていかない理由ってそれなの?」
「それもあるかな」
「なら、残念ね。私があなたになびくことは無いわ。だから、諦めなさい」
「それは残念だ。まあ、街はまだ出ていかないけどね」
「はぁ。なんとなくそう言うと思ったわ」
と言うと、最神さんは立ち上がりスカートの汚れを払う。
それから、おもむろに僕の方を見ると檻に手をかけた。
「また明日も話せるかしら?」
「それは僕に口説かれたいってこと?」
「違うわ。ただの暇つぶしよ」
そう言い残して最神さんは立ち去った。
その背中を僕は静かに見送った。
*
「ほら、出ろ」
放課後になって、ようやく僕は解放された。
僕を解放しに来た先生は担任の先生とはまた違う先生だった。
「反省したか?」
「反復横跳びはしましたよ」
「そうか。なら、さっさと帰れ」
この異端者め! と広辞苑で殴られることくらいは覚悟していたのだが、その先生は僕に何も言わなかった。
少し意外だったけれど、ごちゃごちゃ言われるよりはマシだ。
それより今日は早く帰ってナナシさんに成果を報告しないといけない。
我ながらかなり最神さんと会話できたし、今日こそは褒めてもらえる気がする。
「待て、異端者。お前みたいなゴミ虫は美幸様の隣に相応しくない!! あ、ちょっ! 待て! 待てって言ってるだろ!」
恐竜図鑑片手に立ちはだかるクラスメイトの一人を反復横跳びでかわし、急いで家に帰る。
今日の晩御飯は野菜炒めにしよう。ナナシさんも野菜を欲しがっていたしね。
***
「最悪ですね」
時刻は夜の十時頃。
帰ってきたナナシさんに褒めてもらおうと今日の成果を伝えにいった僕にナナシさんはそう告げた。
「そう?」
「ええ。最悪です。あなたは何をしているのですか?」
「なにって、最神さんと談笑?」
「じゃあ、どうしてあなたの名前が異端者として校内放送されているうえに、あなたは学園中から追われる身になっているのですか?」
「最神さんを口説こうとしたからかな」
キリッと決め顔を向けてみる。
ナナシさんは眉間を手で押さえ静かに首を横に振った。
「忍者とは忍ぶ者です。間違っても、人の注目を集め、名前を広めるような者じゃありません。これであなたは色んな人に警戒されます。その状態でどうやって任務を遂行するつもりですか?」
厳しい視線をナナシさんが向けてくる。
こんなに人に叱られるのは小学生の頃に窓ガラスを割ってしまったとき以来だ。
「確かに私はあなたにターゲットと会話することをお願いしました。ですが、普通にと言ったはずです。ターゲットにも周囲にも警戒されることなく会話してくることを普通と曖昧な言葉で表現した私にも非があるかもしれませんが、それにしたってこれはひどすぎです」
「ごめんなさい」
「謝罪が欲しいわけではありません。はっきり言いますが、あなたは忍者には向いていません。口を開けば変なことばかり、移動方法は反復横跳び。嫌でも目立つあなたが学園に忍び込めるはずがなかったんです」
「ガーン」
「言っておきますが、そういうところがダメだと言っているんですからね」
淡々と言葉を並べるナナシさん。
どうやら相当に怒っているらしい。ナナシさんの力になれたらと思ったのだが、僕は失敗してしまったようだ。
「……任務は私一人で行います。あなたはこれ以上目立たないようにしてください」
「最神さんを口説く話は?」
「それももう問題ありません。『最幸の会』の内通者に接触は出来ました。来週にはけりをつけます」
もうお前は必要ないと言わんばかりに、ナナシさんは僕の横を通りカーテンの奥に消えようとする。
そのナナシさんを僕は慌てて呼び止めた。
「ナナシさん、晩御飯野菜炒めあるけど一緒に食べない?」
ナナシさんはチラリとテーブルの上の野菜炒めに目を落とした。
「……今日は外で済ませてます」
と、言い残してナナシさんはカーテンの中に消えていった。
「そっか。なら、仕方ないね」
帰りも遅いしもう食べているだろうとは思っていた。
ナナシさんと食べようと思って待っていたが、今日は一人で食べよう。
そう思い、野菜炒めを電子レンジで温め茶碗にご飯をよそう。
そして、ナナシさんが欲しがるだろうと思って用意しておいた味噌汁を温めてから器に盛り、テーブルに並べる。
「うん、おいしい」
我ながら上手にできた。
でも、昨日より味気ない気がするのは気のせいではないだろう。
反復横跳びを極めても分身の術は使えない わだち @cbaseball7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。反復横跳びを極めても分身の術は使えないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます