第13話 反復横跳びは次のステージへと
暫くの間、沈黙が流れていた。その中で口を開いたのは先生だった。
「は、羽鳥、理由を聞かせてもらえるか?」
「僕、最神さんと仲良くなって口説かないといけないので。なんか立場が違うとかで距離を置くのは違うかなって」
僕の言葉を聞いたクラスメイトは唖然とする者半分、無言でゴソゴソとカバンをあさる者半分だった。
「皆、落ちつけ。鈍器を出すのはまだ早い」
え、皆が出そうとしていたの鈍器だったの?
あ、本当だ英和辞典とか漢字辞典手に持ってる人いる。
「ですが先生! この異端者は最神様と仲良くしたいなどと馴れ馴れしいことを吐いただけでなく、口説くという危険思想まで持ち合わせています!」
「そうです。巫女たる最神様の身は絶対神ハピスト様のもの」
「この異端者の発言は、絶対神ハピスト様のものに手を出すという蛮行予告に等しい!」
「「「罪には罰を! 異端者には粛清を!!」」」
さっきまでとは打って変わって目を血走らせたクラスメイト達が思い思いの鈍器を掲げる。
金属バットに剣道の面、柔道の帯を握りしめるものもいればサッカーのスパイクを手に装着するものまでいた。
「静まれ!!」
今にも僕に飛び掛かってきそうなクラスメイトを止めたのは先生だった。
先生は僕を庇うようにクラスメイト達の前に立ち、優しく語り掛ける。
「皆、まだ羽鳥が異端者と決まったわけじゃない。羽鳥は雛鳥と一緒だ。まだ何も知らないだけ。なら、私たちが教えてあげればいい。違うか?」
「それは……」
「学校とは知らないことを学ぶためにある。知らないことは何もおかしなことじゃない。寧ろ、知らないことを何故知らないのかと糾弾する方がおかしいことだ。皆、手に持った鈍器を下げよう」
先生の言葉に思うところがあるのか、クラスメイト達は静かに鈍器を下げていく。
さすがは先生だ。見事な統率力と言える。
クラスメイトが大人しくなったことを確認した先生はゆっくりと僕の目の前にやってくる。
そして、僕に優しく微笑みかけた。
「羽鳥、皆が言っている通り、最神様は絶対神ハピスト様のものだ。私たち下民が手を出していい相手じゃない。よーく考えて答えてくれ」
先生の目から光が消え、表情から笑みが消えた。
「最神様に敬意を払い、最神様と呼ぶよな?」
「え、嫌です」
無表情の先生と目が合ったまま数秒が経ち、先生はニコリとほほ笑んだ。
そして、静かに告げた。
「やれ」
「「「罪には罰を! 異端者には粛清を!!」」」
クラスメイトが一斉に鈍器を片手に僕に飛び掛かる。
その数およそ三十。
残念だ。これから最幸の人生になるかもしれないと期待したのに。
「貰ったあ!」
金属バットを持った生徒が全力で僕の胴体をぶん殴る。
だが、それは……。
「残像だ」
「な、なんだと……!?」
来るなら来い。
僕の回避力は夏の夜に枕元で飛ぶ蚊を超えるレベルだ。
*
『緊急警報発令、緊急警報発令。二年二組に異端者が出現。異端者の名は羽鳥トビ。異端者は現在廊下を反復横跳びしながら逃走中。特徴は黒髪黒目。幸薄そうな平凡顔。至急、目撃者は粛清者に連絡を。繰り返す――』
校内に響き渡るアナウンス。
「待てや羽鳥ィイイイイ!」
「今なら生爪はがす程度で許してあげますから!」
「愚かな異端者に魂の救済を」
廊下に響く怒声。
「残像だ。それも残像。あ、それも残像ね。そっちとあっち、向こうのも残像」
次から次へと僕の頭上に降り注ぐ鈍器。
それを躱すたびに僕の「残像だ」も学園に響き渡る。
最神さんに狂っていると言われる学園なだけある。
ちょっと反抗しただけなのに学園全体で鬼ごっこをすることになるとは思わなかった。
「先生、もうそろそろ一限始まりますよ?」
「ああ、そうだな。じゃあ、異端者の捕縛を急がないとな!」
爽やかな笑みを浮かべながら巨大な三角定規を振り回す先生。
どうやらこの学園では授業よりも異端者の捕縛の方が優先順位が高いらしい。
「てめえら、やみくもにやってもそいつは捕まらねえ! そいつに出来ることは反復横跳びだけだ! 並んで防壁を作れば逃げ場はなくなる!」
どうしようかと悩んでいる間にも、生徒たちは僕対策に動く。
気付けば僕の周囲には壁が出来ていた。
人と人の間に隙間は全くない。
「ははは! 袋の鼠だぜ異端者ァ。泣き叫び、絶対神ハピスト様に許しを請うなら減刑を考えてやらなくもないけどな」
「生憎と、僕は神様を信頼しないって決めてるんだ」
「……哀れな。羽鳥、先生は残念だ。お前が神様を信じることも出来ない本物の異端者だとは思わなかった。皆、羽鳥の目を覚まさせてやれ」
先生の言葉を合図に人の壁が押し寄せる。
確かに僕に出来ることは反復横跳びくらいだ。
そして、反復横跳びに必要なものはスペース。動くスペースが無ければ反復横跳びは出来ない。
全方位を囲んでしまえば反復横跳びは出来なくなる。反復横跳びは。
「捕らえろ!!」
手が届く位置まできた生徒たちが一斉に僕に腕を伸ばす。
その瞬間、僕は跳んだ。
「「「なっ!? 飛んだ!?」」」
究極の反復横跳びを追及し続けた僕は、速さに一時期限界を感じていた時があった。
だけど、ソフトボールの授業中に打ちあがり、落下するボールを見て気付いた。
この世界には重力が働いている。
つまり、万物は落下するという行為に関しては自然から力を借りることが出来るのだ。
僕だけの力でこれ以上早くできないなら、自然からの力を借りればいい。
そう考えた僕は上下の反復横跳びを始めた。
しかし、それはただその場でジャンプするだけの行為だと気付いた。
上下のジャンプでは反復横跳びにならないと気付いた僕は、そこに横の動きも加えることにした。
こうして生まれたのが反復横跳びの新境地――反復斜め跳びだ。
天井を蹴り、人の壁を越えていく。
反復出来なかったことは反復横跳びを愛するものとしては悔しいが、今は逃げることが最優先だ。
廊下に降り立ち、そのまま逃走する。
「ま、待て!!」
後方からはまだまだ僕を追いかける生徒たちの声が聞こえてくる。
同じ手は二度通じないだろう。廊下の天井まで埋め尽くすほどの人の壁で囲まれれば、さすがに逃げ場はない。
どうしたものかと悩んでいると、進行方向に見慣れたブロンドヘアーの最神さんが見えた。
「こっちよ」
最神さんに手招きされ、部屋の中に飛び込む。
物置部屋なのか、部屋の中は色々なものがあってごちゃごちゃしていた。
扉に鍵を閉めてから、最神さんは壁を背にこちらに振り返った。
「大変なことになったわね」
「そうだね。流石に鈍器で殴られるのは勘弁して欲しいよ」
「だからいったじゃない。この学園は狂ってる。頼みの教師でさえあの様なの」
はあ、と最神さんはため息を漏らした。
やっぱり、彼女はこの学園をよく思っているわけではないらしい。
「あなた、やっぱりここから逃げなさい」
「ごめん無理」
「彼らの中には異端者にならなにをしてもいいと考える危険な人だっているわ。軽い怪我で済めばいい方。下手したら、死ぬわよ?」
「それでも、逃げるつもりはないよ」
最神さんの目つきが厳しくなる。
その表情には僅かながら苛立ちがにじみ出ていた。
「はっきり言わないと分からないの? 迷惑なの。あなたのせいで授業は始まらないし、狂ってるクラスメイトや先生を見ていると頭が痛くなる。『最幸の会』に入るつもりが無いのなら大人しく街を出て行って。私はただ普通に生活したいだけなの。その邪魔をしないで」
普通の生活か。
「じゃあ、聞くけど最神さんにとっての普通の生活ってなに? クラスメイトから様付けされて崇められるのが普通なの?」
「そうよ。それが私の普通。あなただって反復横跳びを馬鹿みたいにしてるじゃない」
「僕はそれを望んでやってるからね。最神さんはどうなの?」
最神さんの表情が歪んだ。
「……私だって、あなたみたいに自由に生きたいわよ」
それは多分最神さんの本音だった。
「でも、私にはもうそんな生き方は出来ない。私に出来ることはなんとかして自分の世界を守ることだけ。その邪魔をしないでって言ってるのがどうして分からないの」
「ごめんね」
最神さんの気持ちはよく分かった。
それでも、僕にも引けない理由がある。
だけど、彼女に迷惑をかけていることも事実だ。
「最神さんを様付けはしない。でも、授業が始まらなくて困るのは僕も賛成」
「ちょ、ちょっとなにを考えているの!? 待ちなさい!」
扉の鍵を開け、廊下に出る。
僕が廊下に出ると、僕を見つけた生徒たちが一斉に飛び掛かってきた。
絶好の「残像だ」チャンスだ。でも、僕は大人しく捕まった。
「捕ったどおおお!!」
「「「うおおおお!!」」」
「僕は魚かな?」
電子辞書で一発殴られるくらいは覚悟していたのだが、僕を捕まえた生徒は穏健派だったらしく殴られずに済んだ。
代わりに僕は学園の地下にあるコンクリートに囲まれた部屋に入れられてしまった。
「羽鳥、ここで反省するんだな。放課後にまた来る。その時にはお前が正気を取り戻していることを祈っているよ」
と、僕を閉じ込めた張本人の先生は優しく言った。
「先生」
「なんだ? 命乞いか? 許さんぞ」
「最神さんが授業を早くしたいって言ってましたよ」
「なんだと!? それを早く言え! 最神様が俺の授業を楽しみにしてくれるとは……ああ、最神様今行きますよおおお!!」
先生の足音が遠ざかっていき、やがて部屋には静寂が広がった。
部屋の中には何も無い。
囚人にでもなった気分だ。
まあ、落ち込んでも仕方ない。
それに悪いことばかりじゃない。
部屋は大体一辺三メートルの立方体。反復横跳びをするには十分な距離がある。
それに、これくらいの狭さなら反復斜め跳びも可能だろう。
屈伸運動を十分にしてから、深呼吸をする。
「よし、やるか」
好き放題反復横跳びが出来るのだ。僕にとっては幸せと言っても過言じゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます