第12話 最幸の会
「おはよう、最神さん」
朝、最神さんに笑顔で挨拶すると、彼女はお化けでも見たかのような表情をしていた。
「昨日の僕の晩御飯はハンバーグだったよ。神様でも間違えることがあるんだね」
「あなた、何を考えているの?」
「何って、反復横跳びのこととか?」
「そうじゃなくて、どうして逃げなかったのよ! 昨日、あの人たちに追いかけられたでしょう?」
最神さんは声を抑えていたが、その表情には怒りや哀れみといった色々な感情がにじみ出ていた。
「追いかけられたよ。熱心な人たちだよね。そういえば、昨日は最神さんのおかげもあって逃げ切れたんだ。ありがとう」
「あなただって気付いているでしょう? この街は狂ってるわ。最初は平気だと言っていた人も朝も昼も夜も追いかけられれば消耗していく。そうして、心が折れていった人を私は何人も見てきた。これが最後の忠告よ、逃げなさい」
「逃げないよ」
「……っ!」
最神さんの赤い瞳が揺れる。
それから彼女はもう知らないと言わんばかりに僕から顔をそむけた。
「そう、なら好きにすればいいわ」
「理由を聞かないの?」
「聞いても無意味だもの」
残念だ。理由を聞かれたら朝から温めておいたとっておきのセリフで最神さんを口説こうと思っていたのに。
「よーし、席つけー。朝のHR始めるぞー」
もう少し最神さんと談笑したかったのだが、担任の先生が教室に入ってきた。
朝の会話はここまでにして、前を向く。
「さて、今日の連絡事項だが――」
HRが始まり、早速先生が連絡事項を伝えていく。
そして、一通り話が終わったところで先生は僕に視線を向け、ニコリとほほ笑んだ。
「どうだ、羽鳥? 最近幸せか?」
随分と違和感のある問い方だ。普通は「学園生活に慣れたか?」とか、「クラスメイトとうまくやっていけそうか?」とか聞くところじゃないだろうか。
「幸せです」
「そうかそうか! それはよかった。だがな羽鳥、お前の幸せは最幸ではない」
先生はひどく残念そうに告げる。だが、直ぐにぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
「でも、心配するな! お前も直ぐに私たちと同様最幸になれる! そう……」
「「「『最幸の会』に入れば!」」」
先生だけでなくクラスメイト皆が一斉に僕に向けて満面の笑みを浮かべていた。
「え、今以上の幸せがあるんですか?」
「ああ、もちろんだ!」
「昨日の晩御飯ハンバーグで凄く幸せだったんですけど、それ以上というと?」
「なんとハンバーグの中にチーズが入る」
それは確かに幸せだ。
「しかも、それだけじゃない。ハンバーグの上と下にもスライスチーズだ。さしずめ、ハンバーグのスライスチーズ挟みといったところだな」
な、なんだって……。
ファミレスでさえ、チーズをハンバーグの中と上に仕込むのが精いっぱいなのに……。
いや、落ち着け僕。そんな夢のような話が合法なはずがない。
キリちゃん先生も言っていた。『最幸の会』は違法薬物を使用している可能性がある、と。
そんな危険な集団だ。ハンバーグへの違法な量のチーズ混入をしていたっておかしくない。
「ぼ、僕がその程度の幸せに屈するとでも思っているんですか?」
「声が震えているじゃない」
横から最神さんの横やりが入る。
ふ、震えてなんてないやい。
「時に、羽鳥。君には恋人がいるか?」
と、先生が僕に問いかける。
「いえ、いませんけど」
「それでは羽鳥の人生は最幸とは言えないんじゃないか?」
「別に恋人がいることが幸せとは限りませんよ。いない方が幸せって人もいますよ」
「じゃあ、羽鳥は恋人がいらないのか?」
「めちゃくちゃ欲しいです」
「なんで一度抵抗したのよ」
食い気味に返事をする僕に再び最神さんから横やりが入る。
それはあれだ。反抗期だからだ。
「羽鳥! 実は俺も生まれて十五年間、彼女が出来たことはただの一度も無かったんだ。幼稚園の頃、幼馴染に「大きくなったら結婚しよう」って言ったけど「え、嫌だ」と言われるくらい、恋愛には縁が無かった!」
と、クラスメイトの一人が拳を上げ熱弁し始めた。
彼は誰なのか、僕は名前も知らない。
「だけど、今では毎晩彼女とイチャイチャしている! それが出来るようになった理由は何だと思う?」
「「「『最幸の会』に入信したから!!」」」
答えが見え見えの問いに答えたのはクラスメイトたちだった。
「羽鳥君、私は白馬の王子様に憧れていたの」
次に立ち上がったのはおかっぱの眼鏡女子だった。
「少女漫画に出てくるようなイケメンで、お金持ちで、運動も勉強もできる。そして、何より私に夢中な王子様。でも、現実にそんな人はいない。いつだって現実は非情だった……。だけど、そんな私の前に現れたの!! 王子様が! それからは毎晩王子様とのひと時を楽しんでいるわ。それが出来るようになった理由は何だと思う?」
「「「『最幸の会』に入信したから!!」」」
CMかな?
「『最幸の会』に入信すれば、彼女がいないあなたも理想の相手を探している君も、必ず最幸になれる! さあ、皆!!」
「「「おいでよ! 『最幸の会』に!!」」」
先生が、クラスメイトの男子が、最神さんを除いた女子が、一斉に僕に手を差し伸べる。
その目は真っ黒に濁りきっていた。せめて光り輝いていて欲しかった。
「やれやれ、僕も舐められたものだね」
「なに? それはどういうことだ、羽鳥。まさかお前は私たち『最幸の会』に仇なす異端者だというのか?」
先生とクラスメイトの表情が険しいものに変わっていく。
本当に舐められたものだ。僕がその程度の
これでも僕は『最幸の会』を調査する任務を請け負った忍びだ。そんな僕が『最幸の会』にそう易々と入信するわけ――。
「入信させてください」
「「「え?」」」
「僕も最幸になって彼女とイチャイチャしてみたいです」
――あるに決まっているじゃないか。
勘違いしないで欲しいのだが、入信する理由は彼女が欲しいというだけじゃない。
これは調査だ。『最幸の会』に入信すれば本当に彼女が出来るのか。
出来なかったら、彼らは嘘をついていることになる。嘘はよくない。そうなったら、僕は全力で彼らを法廷に引きずり出すつもりだ。
でも、もし本当に彼女が出来たら?
好きな人と結ばれてイチャイチャハッピーライフを送れるのなら、その時は彼らを罰する必要は無いんじゃなかろうか。
なにはともあれ調査が必要だ。キリちゃん先生も言っていた。
調査を頼む、と。
「羽鳥、先生は信じていた。お前なら必ず正しい選択が出来ると」
「流石羽鳥だ!」
「即断即決する男ってチョーイケてる。時代は羽鳥っしょ」
「ふっ。やはり俺の目に狂いは無かった」
「「「ハ・ト・リ! ハ・ト・リ!」」」
皆が喜び、僕を讃えていた。
こんな経験は今までにない。僕もテンションが上がってきてその場で反復横跳びを始めてみる。
「はええ!」
「ただもんじゃねえ!」
「ふっ。やるじゃない」
「「「ハ・ト・リ! ハ・ト・リ!」」」
賞賛の声が鳴りやまない。
まるでスーパースターにでもなった気分だ。ただ一人、僕の隣の席の最神さんはげんなりした表情をしていた。
「ああ、そうだ羽鳥。一つお前に忠告しなくてはいけないことがある」
両手を挙げ反復横跳びをしていた僕だが、先生に呼び止められ足を止める。
「なんですか?」
「お前は知らないかもしれないが、お前の隣の席にいらっしゃる最神様は私たち『最幸の会』の絶対神ハピスト様の声を唯一聞くことが出来る巫女様だ。私たちのような下民とは立場が違う。今後は敬意を払い、最神様、あるいは巫女様と呼ぶように」
「え、嫌ですけど」
その瞬間、先生たちの笑顔が一斉に固まった。
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