第19話 ゲームセット
打球が、上がった。
白球はふらふらと、レフト方向へと向かって上がっていく。
その途中で力なく失速していくボールを、後退した三塁手が捕まえた。
『ゲームセット!』
審判がそう宣言すると同時に、球場内は歓声に包まれた。
この試合最後の打球を放ち、一塁ベースへと向かっていた藤畑選手が、うなだれながらベンチへと引き返していく。
正捕手の伊森さんがマウンドへと向かい、内野を守る選手たちも駆け寄ってくる。
その中心にいる片崎さんの顔は、大記録達成直後だというのに笑っていなかった。
(……まさか、見逃し三振でゲームセットにできなかったから?)
もし本当にそうなのだとしたら、なんて傲慢なんだろう。
長いプロ野球の歴史の中で、名だたる投手でも、それこそ殿堂入りしているような選手でも未達成者はいるのに、それでも思うようなアウトの取り方ができなかっただけでそんな顔をしちゃうなんて、そんなのは傲慢だ。
傲慢なんだけど、片崎さんらしいなとも思って、笑ってしまう。
もっとも、これくらいの傲慢さがないと、女の子がプロ野球選手になって、ここまで活躍することなんてできないのだろうけれど。
(いやまあ、私だけどね。彼女をうちの球団にスカウトしたの)
超ファインプレーだ。球団は私に金の一封や二封くれてもいいと思う。もう3年くらい待ってるんだけど、まだかな。
……でも、そんな私でもさすがに、ここまでの活躍を想像できたわけじゃない。
女性選手がプロ野球の世界で生きていくことのハードルは、身体能力の差だけじゃない。競技人口や環境の差だけじゃない。
先駆者がいない、前に誰もいない道を歩くのは、それだけで不可能と隣り合わせだ。
そんな道にはそもそも、誰も進もうとしないし、それ以前に普通は、そんな道のスタートラインに立つことさえできない。
それでも私の目に留まるところにまで行き着けたのは、彼女自身の力だ。こんなところまで歩みを進められたのは、紛れもなく彼女の功績だ。
だからきっと、誰も成し遂げられなかったことを成し遂げるのは、誰も前にいなかった道を進み続けるのはきっと、これくらい傲慢な子でないとできないんだろう。
(でもさすがに、今このときくらいは素直に喜ぶべきじゃないかなぁ……?)
何度だって言う。
ノーヒットノーランなんて、ほんの一握りの選手にしか達成できない記録だ。
たとえ彼女が納得していなくても、今日の結果は間違いなく歴史に残る大記録なはずで、
(だから、おめでとう。……で、いいよね? 片崎さん?)
部長! ストレートで空振りの取れる女子高生なんていかがですか? みなゆ @mny25
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