最も早くタイムトラベルする方法について

鈴木秋辰

最も早くタイムトラベルする方法について

苦難の研究の末、ついに博士は助手と共にタイムマシンを完成させた。


「博士、ついにやりましたね」助手は興奮して捲し立てた。「早速、実証実験に移りましょう。実は僕、ビートルズの大ファンでしてね。彼らが活動していた時代に飛んでコンサートを生で体験したいんです」


「まあ待ちたまえ」博士は対照的に落ち着き払った様子で続けた。「極端に時代移動を行なってタイムパラドクスなどを起こしてはまずいだろう。しかし、過去へ向かうということには賛成じゃ。我々のような探究心溢れる科学者には未来の技術は刺激が強すぎるだろうからね」


「すると過去のどの時代のどの地点へ向かわれるのですか?」助手が訪ねた。


「一週間前だ。場所もここ、研究所じゃ。あくまで実験だからね小規模に行おう。確か先週は近所で花火大会があったはずだ。我々は研究に夢中で見逃してしまったがね。研究所のバルコニーからも見えるだろう。タイムトラベルで見逃した花火を肴にタイムマシン完成を祝おうじゃないか」博士は答えた。


かくして、博士と助手はタイムマシンに乗り込んだ。タイムマシンといっても見た目はワンボックスカーそのものだった。博士の自家用車に時間遠心機関やタイムバランサーなどの発明品を組み込み、タイムマシンを作り上げたのだ。格納場所もまた研究所のガレージである。



転移先の時代を一週間前に設定。ほどなくすると、車窓の風景はシャボン玉の虹色をドス黒く色濃くしたようなサイケデリックな虹色に覆われ始めた。博士曰く、時間の狭間に滑り込んだとのことだ。それからしばらくの間、その風景が続いた。


「博士、これはいつまで続くのでしょうか」助手が不安そうに訪ねた。「一向に過去へ着く気配が見えません。まさか失敗では?」


「まあまあ落ち着きなさい」博士はやはり対照的である。運転席の座席を目一杯後ろに倒し、くつろいだ姿勢で話し始める。「タイムトラベルには時間がかかるんじゃよ。世界初の機関車と現在最高峰のリニアモーターカーではその速度は十倍以上の差がある。我々の乗っているこのタイムマシンは言わば機関車じゃ、これからの技術の発展次第でより早いリニアモーターカー並みのタイムトラベルが可能になることじゃろうて」


「な、なるほど。それであと何分ほどで一週間前の過去へ到着するのですか」


「一ヶ月じゃ」


「なっ一ヶ月。一ヶ月ですって?!」助手は飛び上がった。


「安心せい。後部座席にあるあれは全て食料じゃ。もちろん、花火宴会用の酒やつまみもトランクに別でつんである。宴会が貧相になる心配もないぞ。なに、一ヶ月などあっという間じゃぞ。なんせ我々はこれからこのタイムマシンについての論文を書かねばならんのじゃからな。では早速取り掛かるとしよう」博士は論文執筆用のタブレット端末を助手に差し出しながらニンマリと笑った。


一ヶ月後、正確には一週間前であるが、博士と助手は研究所のバルコニーから花火を眺めていた。実験は成功だった。彼らは祝杯をあげ、宴会を楽しんだ。


花火大会も終わり、酒も抜けてきたのだろうか、助手は博士にポツリと尋ねた。

「しかし博士、この時代からまた一ヶ月かけて我々の時代に戻ると思うと気が滅入りますね」


「くふくふくふ。心配には及ばんよ」博士は酔っているのか妙な笑い方をしながら答えた。「帰りはもっと早く着くぞ。気にすることはない」


「まさか、時間は戻るのと進むのではエネルギー効率が異なるということですか。指向性による時間エントロピーの差異が存在するとは」助手は興奮し力が入ったのか握っていたビール缶を凹ませながら意気込んだ。「これはまたしても大発見ですね。帰りのタイムトラベルでも論文を書かないと」


そしてまた博士はくふくふくふと笑いながら答えた。

「いーや、ここでのんびり一週間過ごせばいいんじゃよ」


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