エピローグ
ルネの発動した術により、帝国は侵攻を辞めた。一時の物とはいえ、平和が訪れたのだ。背中の魔方陣がなくなり、ようやく肩の荷が下りた。これで、宮廷魔導師として仕事を果たせた。
そんな折り、国に帰るため荷物をまとめたレグルスが言った。
「ルネ、旅に出ましょう」
「えっ」
「この国に伝わる魔術だけでは、宮廷魔導師を救うことなどできませんよ」
「でも」
外に出たい気持ちを押し殺してルネは言った。彼に貰った命ではあるが、自分の役目はもう一度、宮廷魔導師としてこの国に命を捧げることだと思っている。
「私もようやく旅に出られることになったのです。ですから、貴方もどうか」
「私の一存では――」
「それならば、許可を貰いに行きましょう」
レグルスは笑顔でルネの手を引く。そして辿り着いたのは宰相の執務室だった。
彼は二人から話を聞くと、溜め息を吐いて一呼吸おいてから言う。
「行けば良いでしょう。今朝、クララ・アドラーから申し入れがありました」
「申し入れ?」
「戦争で大きな傷を負った貴方の代理として、宮廷魔導師を務めても良いと」
「
「彼女にとっても、宮廷魔導師を救うことは悲願なのでしょう。ルネ・ヴァイス、行きなさい。私だって、仕事を終えた宮廷魔導師の身体を運ぶのは良い気がしません」
ルネは術を発動する間、彼が扉の向こうに控えていたことを思い出す。その口振りからすると、宮廷魔導師の亡骸を片付けるのは宰相の役割だったのだろう。
「私、行って参ります」
「ええ」
彼は鉄面皮のまま、そう言って二人を送り出した。
荷物をまとめたルネは、王城を出てレグルスに問いかける。色の抜けた白の髪、漆黒のローブを脱いだ今となっては、誰もルネを宮廷魔導師と思わない。
「レグルスさん、どこに行くのですか?」
「とりあえず、北に行きましょう。貴方の両親に会いたい」
「両親にですか?」
「お嬢さんをお借りするのですから」
レグルスの言葉に、ルネは赤面する。両親に挨拶をするだなんて、まるで婚約するみたいだ。そう恥ずかしがっているのはルネの方だけで、レグルスはいつものように余裕を見せていた。
彼は胸にしていたブローチを外してルネに渡す。
「このブローチ、貴方に返しておきますね」
「いえ、付けていてください。そのブローチ、昔、父が母に贈ったものなのです」
「なるほど。ヴァイス家では伴侶に贈るものなのですね」
「そ、そこまでは言っておりません!」
「私は欲深いですから返しませんよ」
クスクス笑ったレグルスは、胸にブローチを着け直して、肩に乗る蛇のヘレナに言う。
「ヘレナ、ルネが泥棒しないように見張っていてくださいね」
するとヘレナは舌をちょろちょろと出して返事をした。
『ルネ、ご主人様に愛されてるんだね』
彼女の言葉に、ルネは余計に体温が上がる。
「ヘレナも揶揄わないでください!」
「おや、蛇語がわかるようになったのですか?」
「だって……ヘレナは貴方の家族だから、その――」
『ルネ、ヘレナもルネのことだいすき!』
ヘレナはスルスルとルネの肩に移動する。初めて出会った時のように服に潜り込むようなことはせず、彼女はルネの頬に鼻先を擦り付けた。レグルス相手にしているところをよく見る行動だ。きっと愛情表現なのだろう。
「私も、ヘレナが大好きだよ」
「ルネ、私は?」
「その……大好き、です」
「ありがとう。私もルネを愛している」
微笑むレグルスに恥ずかしさの限界を超えたルネは彼に背を向ける。そして着いてきてくださいと言って、北の村へと続く道へと歩き出した。
世界は接吻と引き換えに 南木 憂 @y_ktbys
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