第21話 誕生! クトゥルフ帝国(アキカゼ・ハヤテ)

「これは一体どういうことだ!」


 私たちが良かれと思って施した、兵士さんたちの肉体改造カリキュラムを、案の定帝国のお偉いさん方は認めてくれなかった。


「あ、こんにちは。どうです? みんななかなかの面構えじゃないです?」


「そういう話ではない! きちんと自由意志を尊重して悩みを消すようにと、あれほど念押ししたではないか!」


「え? みなさん毎日楽しそうですよ? もしかして皇帝様。見た目が変化したからあれは自分たちの兵士じゃないと、そうおっしゃられるおつもりですか? それは酷い、あまりにもあの方達が可哀想だ。あの方達はあなた方帝国のために望んでこの姿になったというのに。見てください、あちらの方なんて是非家族にもこの満足感を得てもらいたいとご自分のご家族まで参加させてましたよ!」


 私が指差した先には人から随分と変貌したサハギンの家族がいる。もう人であったことを忘れてしまったかのように、ギャッギャッと語り合っていた。

 人類語は今の彼らに必要ない。なんせ会話の殆どが念話に頼りきりだからね。


「なんで! なんでこうなるんだ! おい、大臣!」


「ギョギョ!」


「大臣さんは受け入れてくれたみたいですね」


「うわーーー!!」


 もうこの国に人のままであり続けようと願うのは皇帝様ただお一人のようだ。みんなに受け入れられてよかった!


 やっぱり一人だけその姿は嫌だもんね。

 でもみんな一緒なら怖くないって、歴史で学んでいるもんね。


『アキカゼさーん、流水工事終わりました。いつでもお水流せまーす』


 水道工事を任せていた、リモさんからの念話がはいる。

 一度肉体改造をしたあたりから、彼女とは打ち解けたんだ。


 どうも私が人の形にこだわるタイプではないかって疑ってかかってたみたいで、敵対するんならきっと厄介なタイプだろうと線引きしていたみたい。


 酷いよねぇ、私は見た目でなんか相手を選ばないというのに。


『残りは皇帝様だけだから、お水流しちゃっていいよ。皇帝様は私の浮遊で浮かせるから』


『オッケー!』


 クトゥルフさんの眷属であるサハギンと、リモさんの眷属であるショゴスは基本水棲系。

 太陽の下、陸上でも生きられないことはないが、近場に水場は絶対に欲しいところだった。


 その上で陸の孤島となりつつあった帝国領に、新たに水路を増設し、住民の皆さんにも住みよい暮らしを提供したい。

 そんな思いが私の中にあり、それをリモさんに話したら是非やりましょう! と快諾してくれたっけ。


 え、ここで皇帝様に相談しないのかって?

 まぁ、なかなか面会もできなかったし、みんなこの生活から一足早く抜け出したいって言ってたから、ついつい後回しにしちゃったんだ!


 でも今、用聞きしたから大丈夫だよね?

 大丈夫だってことにしておこう。


「うわーーー、私の帝国がーー!! エルフを奴隷に落としてマナをかき集め、妖精を使って魔導兵器を完成させたのに! 全て水底にーー!」


 今何かとんでもないこと言ってなかった?


「貴様! 殺してやる! 殺してやるぞアキカゼ・ハヤテ!」


「あ、はい。できるモノならどうぞ」


 記憶はだいぶ戻ってきている。

 そこで顕になるスキル群は、大人でも面白いくらいに強い。

 前の私はそれをあまり使ってこなかったようだけど、まぁテイムモンスターだけで事足りると考えればわからなくもない。


「ふん、私をただの王族と思うなよ? こう見えて元Sランク冒険者だったのだからな! 闇の中で震えて眠れ──シャドウプリズン!」


 私を中心に、頭上と足元から紫色の魔法陣が現れ、サークルで囲うようにこちらの行動を封じてくる。


 確かに一般人相手ならこれで解決するかもだけど、私の場合はこれがあるからね。


「領域展開──〝ルルイエ〟」


 私の祝詞とともに私と皇帝様を閉じ込めた空間が現れる。

 世界に海が満ちている。

 ああ、良いね、海の底はとても落ち着く。

 ここはすでに私の世界だ。

 

「な、なんだこれは!」


「ここは私の領域内。私の攻撃が一方的にあなたに通る、というわけではありませんが、割と私の願ったことがなんでも叶います。このように」


 その場の空間を掴んで綱引きの要領で後ろに引っ張れば……


 私を捉えて離さない魔法の檻に皇帝様は勢い余って顔面から顔をぶつけた。


「ヘブゥ!」


「おっと、失礼。勢いが強すぎましたか?」


 魔法の檻は私の両腕を広げた広さがあるので、いつも通りに動くことができる。


 本来であれば、その場に縛り付けるのが目的だろうけど、私は空を飛べるからね。

 それに引っ張られるように魔法陣はついて回るが、行動をする上でなんら問題はない。


「貴様、皇帝の私にこんな真似をしてタダで済むとは思っておるまい?」


「え、そうなんですか?」


「そうとも、私の一声で兵士が貴様たちに一斉に襲いかかるぞ?」


「それは困りますね」


『いえー、きっとそうはならないんじゃないかと』


 私の影からにゅっとリモさんが現れる。

 ルリーエみたいなことをする人だなぁ。


 まぁ、領域展開中だから、直接お話しするにはそれしかないんだろうけど。


 スライムが上に伸びながらもふもふのスタイルをとる。


 それを見た皇帝様が尻餅をついて恐れ慄いた。

 まぁ、スライムが人に変化したら誰でも驚くよね。あ、人じゃなくて獣人か。


 スズキさんがルリーエになった時のことを今でも思い出すもの。


「やぁリモさん。工事は完了した?」


『みなさん喜んでおられました。うおー、これで俺たちは百人力だー! 生意気な王国を攻め滅ぼしてやる! って活気づいてましたよ』


 なるほどね、帝国の明確な敵はその王国か。


 なんだったら今この窮地にあるのは王国を敵に回した結果なのかもしれないんだね。


「だ、そうですよ。よかったですね!」


「その前に貴様を殺してやるぞ! 良いや、ただ殺すだけではつまらん。隷属に落として大切な身内から順になぶり殺しにしてやる!」


「ですって」


『無理だと思いますよ?』


「さっきから貴様はなんだ! 私は皇帝だぞ!?」


『でしたら私たちは新たなる宗教の創設者です。クトゥルフ教とシュブ=ニグラス教の二柱になります。神を打とうというのに兵士さんたちが従ってくれたら良いですね?』


「おやおや、リモさん。私は別にクトゥルフさんを語るつもりはありませんよ?」


 そんな大層なことできませんって。

 私なんかが恐れ多いですし。


『いえいえー。あそこまでクトゥルフの力をお使いできて、他人扱いは無理がありますってー』


「神だというのか? 神ならば、なぜ私たちの窮地に駆けつけてくださらぬのだ! どうしてこのような惨事を与える! 私たちが神に何か粗相をしたというのか!」


 何か喚いてらっしゃいますけど、普通に良かれと思って協力しただけですよ?

 惨事だと私もリモさんも思ってませんし。


『この人何言っちゃってるんでしょうね? むしろ窮地を救ってあげた側だというのに』


「ねー?」


「ならば私は異形化してでも生き延びねばならぬというのか? それが罰だと」


「え、罰じゃないですって。これからもこの帝国はずっとあなたのものですよ? 私たちはちょっとお力添えしたまでですって」


『はい。みなさんを統率できるのは皇帝様だけです! ファイト! 皇帝!』


 リモさんの雑な応援に、心底今回の勇者召喚はハズレだったみたいな顔になる皇帝様。

 まぁどんまい?


 そもそもの話、そんな一朝一夕で無理難題の『暗闇からの解放、大陸を空に上げる』だなんて願いを叶えられると思ってる方がどうかしてますって。


 だったらみなさんの肉体を根底から改造した方が手っ取り早いと思うのは私だけではないはずです。


 みなさん屈強な兵士に生まれ変わりましたし、国民の皆さんも笑顔に包まれました。


 確かに空は暗く、息苦しい暮らしは残ってますが、それは肉体の改造によって乗り越えられましたからね!


 いやー良い仕事したなと自分を褒め称えたいくらいですよ。


 何せ、今回は一匹もテイムモンスターを使わずに済みましたし。前回は些細なミスを繰り返してリコさんを失望させてしまいましたし、散々な結果でした。


 皇帝様が大人しくなっちゃったので、私とリモさんは顔をむき合わせた後にじゃんけん。


 勝った方が皇帝様に肉体改造ポーションを飲ませることを即座に理解し、私が勝った。


 と、言うわけで帝国は絶賛海中に沈んでるので、皇帝様には濃縮還元のお茶を飲んでもらいました。


 めでたし、めでたし。


 その後、ショートワープで魔法の檻の中身の対象を私と皇帝様を入れ替え、領域展開を解除し、玉座に皇帝様(檻付き)をそっと置いてから皇宮を後にする。


『あ、アキカゼさーん!』


 そこで私に念話で訴えかける大塚くんを見つけて合流。


『ハヤテさぁん』


 そこで無事ルリーエ、飯句くんと、もう一人、見慣れない人物と合流した。


「初めまして、私はR鳩179」


 変わった名前だなぁ、と思いつつ同時にゲームっぽいネームセンスだと窺い知る。


「私はアキカゼ・ハヤテです」


 顔を見合わせ握手して、そして思い至ったことを尋ね合う。


「もしかしてアキカゼさん、VRMMOの世界からやってきてます?」


「そういうR鳩さんもですか?」


「いやぁ、やっぱり!」


「まさかこんな偶然があるだなんて」


 そう、私はゲームのアカウントを引っ提げてこの世界に迷い込んでいた。


 偶然記憶を無くしたところへ、法螺吹きのルリーエの話を鵜呑みにしてしまって飛んだ大恥をかいてしまった。


 しかし他にもゲーム世界から能力を引き継いできた人もいたんだとホッとする。


 話し込めば、お互い遊んでいたゲームは全くの別物だと知るが、それでも帰還するアテはあるからと磯貝君との合流を急いだ。

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