第20話_R鳩(余暇人のVRMMO誌)

 ふと気がついたら、見知らぬ場所にいた。

 はて、こんな場所はあっただろうか?

 NAFが拡張されたなんて話は一切聞かない。


 何かの拍子に全く知らない場所に取り込まれてしまった?


 まぁ、それはそれで楽しむとしよう。

 どうせここはゲームの中。

 楽しまなければ損だ。


 それを彼は教えてくれたからね。


 彼、ムーンライト君の知識はこのゲームを再開発するのになくてはならないほどの量を誇る。


 彼の特筆すべきはその知識量にとどまらず、探究心や知的好奇心。


 誰もが途中で諦めてしまいそうな果てしない道のりをやり遂げたと言うだけで勇者扱いだ。


 何せこのゲーム、運営側から情報の秘匿が恐ろしいほどされてるからね。


 ほぼ詰んでるんだ。


 だから多少のテコ入れをして再起動した。

 その時役に立てたのが彼の残した手記だ。


 出戻り組の彼が再び戻ってきた時は大層驚いたそうだよ?


 私は後期組だったから詳しくは知らないけど、同じように知識でトップを取る賢者様はみんな彼を基点にして大成したって言うんだからその凄さがわかるだろう?


 私も彼の人の良さに惚れ込んで、このゲームにやってきた。


 しがない料理人の私が、孫の勧めによってやってきた。


 右も左もわからずに、すぐにログアウトする日を、彼の知識が塗り替えてくれた。


 今じゃもう、彼をどう驚かせようかだけが私の楽しみだ。


 そして彼の知識で知ってしまった毒物への欲求。

 確定で死ぬし、なんならキャラロストするけどそこには魅惑的な旨みが眠っている。


 元帝国ホテル料理長としての腕が試されている。


 そんな気がしてね、私が人柱になって世の中にうまい(毒)料理を振る舞おうって寸法さ!


 なんだかんだ毒耐性もつけてまでも食べに来るんだから、みんな物好きだよね!




 と、そんな暮らしを数ヶ月もした頃、面白いスキルが生えた。


「キャラロスト耐性? こんなのあったんだ。結構犠牲にしたもんなぁ」


 用意したサブアカウントは200。

 サブアカウントは一つ5000円と高いが、大人の資金力を舐めてもらっては困る。


 今の私はR鳩180。

 つまり179人の犠牲の上にこの結果が収束されたと言うわけだ。とんでもない食材に目をつけてしまったが、それも今日まで。


 最初の50人で死亡耐性をつけたのに比べて少なくない犠牲ではあるが、乗り越えた。やり切った感がある。


 ムーンライト君もこのような誰も見向きもしない達成感に喜びを見出していたんだろうなぁ。


 そんな余韻にしみじみ浸っていたところで来客があった。


「ブハァ! ようやく陸に着いた!」


『だらしないですねぇ』


「ようこそ、忘れ去られた孤島に。第一避難民のR鳩だ。水から這い上がってきたってことは体も随分と冷えてるだろう、どれ温かいスープを作ってあげるよ」


「やっと人がいるスペースに来れた!」


『あれ、今この人自分のことを避難民って言いませんでした?』


「こまけぇこたぁいいんだよ。それより飯、飯! 俺お腹すいちゃってさー。モンスターがいないことには俺のスキルも宝の持ち腐れでさ」


『途中で全部食料平らげちゃったのが原因ですねー』


「だってモンスターが居ないなんて誰も思わねーじゃん!」


 なんともまぁ、奇妙な二人組だ。

 会話が通じてるところから察するに、あれは珍しい食材ではなく、お友達なんだろうね。


 なら好奇心の赴くままに調理したい欲求は隠すべきだろう。


「あいにくと、ここの食材は毒物が多くてね。お口に合えばいいんだけど」


「ああ、俺の場合即死系ダメージは全部ウサギが肩代わりしてくれるから。まだストックも六匹いるし、餌も与えられてないダメな飼い主でさ。今は俺が生き残るのが先決でおなしゃーす!」


『ボクも人族の毒には強い耐性を持ってますので』


「よし、じゃぁどんどん毒料理を作るね。自分だけで楽しむのは勿体無いと思ってたんだ」


 さて、この二人組はどこまで私の料理に耐えられるだろう?

 今からワクワクしてくるね!


 そして数分後。

 見事に私の目の前っで伸びてる二人。

 面白いことに口から泡を吐く姿までそっくりだ。


「ちょっと毒が強すぎちゃったかな?」


 どうやら複合毒は人類にはまだ早すぎたみたいだ。


 実際、耐性アイテムなしで食べられる、キャラロストしてまで食べようとするのはムーンライト君ぐらいだもんね。


 まだまだストックはいっぱいあるんだけどなぁ、仕方ない。

 それは私が食べるとしよう。


 うん、美味しい。

 早くこの旨みをこの二人にも教えたい限りである。


「ブハッ! ハーッ、ハーッ! 死ぬかと思ったぜ」


 そして一人目の男の子が起き上がる。

 お早いお目覚めだね。


「言ったじゃない、毒があるけど大丈夫かって」


「まさかここまで強力だとは思わないじゃんよ。多少は俺の幸運が働いて毒にかからずに済んだけど、一口でウサギが全滅するなんて思わないじゃんよ!」


「私の中ではこれは軽い方なんだ」


「うっそだろ、これから口にする料理全部これかよ。味は最高にうまいのが最高の罠だよな!」


「そう言ってもらえて何よりだよ。私はこう見えて料理人でね。毒料理に魅入られたのは、そこに旨み成分が含まれるから、ついつい楽しくなっちゃってね。今じゃちょっとした中毒者だよ」


「それ、一才誇れる場所ねーからな?」


「残念だ。それでもう一人のお仲間はどうなっちゃったんだろうね。君が起き上がれるのに死んだってことはないだろうけど」


「ルリーエちゃんか。タフそうな見た目してるけど、中身女の子だからな」


「ふむ、もう一人は女性と。あの見た目でも一緒に旅するくらいは気がしれてる二人。これは逃避行の邪魔をしてしまったかな?」


「俺たちはここの世界の住民じゃねぇ。ちょっとした手違いで一緒にいたやつに飛ばされちまったんだ」


「なるほどね。元々の知り合いではあったが、他にも離れ離れになってしまったと」


「そんなところ」


「ふぅむ。実は私もただゲームで遊んでただけなのに、目が覚めたらここにいてね。ログアウトもできないし、これが噂に聞くデスゲームなのかと身構えていたのにイベントも一つも起きやしないだろう? あたりには毒キノコに絶海。私は泳ぎが得意じゃない方でね。だったら毒の方がまだ食えるとそっちの研鑽を磨いてここで暮らしているんだよ」


「まじか。ここ毒キノコ以外なんもねーの?」


「あとは君たちが這い上がってきた絶海があるくらいだよ。そう言う君たちこそ、魚の一匹でも見かけたかね?」


 少年はうーんと考えた素振りをした後、ルリーエと呼ばれる少女をじっと見て、すぐに頭を振った。


 それだけでここに生物が住んでいないことがよくわかる。


『う、うぅん……』


 そうこう話しているうちに、もう一人のお客さんが目を覚ました。


 よかった、死んでなくて。


 死んじゃったら、まだまだあるレパートリーをお披露目する機会も無くなってしまうものね。


「ルリーエちゃん、おはよう」


『死ぬかと思いました、なんですか、あれ!』


「言ったじゃない。毒あるよって」


『あんなに強いだなんて思わないじゃないですか!』


「ルリーエちゃん、実はな。この人の毒料理、あれで弱い方らしいぞ?」


『え? それは流石に冗談ですよね?』


 あれほど人類の毒には強いと言っておきながら、この有様である。ハハハ、まぁそうだろうねぇ。


 私もここの毒に慣れるだけで耐性のあるキャラを49人失ったし。そりゃそうだよなぁとしか言えない。


「と、言うわけで改めて自己紹介でもしようか。私の名前はR鳩180。この孤島の毒料理で179人分のキャラロストを果たした男だ。気軽にアルバートさんて呼んでくれて構わない」


「今サラッととんでもないフレーズ聞いたぞ? 179回は死んでる? それを俺たちにもてなしたのかよ。まぁ、ただ飯ご馳走になって俺も人のこと言えないけどな。俺は飯句頼忠。ダンジョン探索を生業にするSランク探索者だ。苗字と名前、どっちも呼び捨てでいいぜ」


『そんな毒がここにはたくさんあるんですね。それって普通に廃棄された場所ってことじゃないでしょうか? あ、ボクはルリーエです。この姿は世を偲ぶ仮の姿ってことでお願いします』


 こうして私たちは出会った。


 そしてルリーエさんから提案されたドリンクを飲み干すことで次のエリアに進めるようになる。


「これ、私が料理する素材にしていい? これはこれで美味しく作れそうな気がする」


「これが旨くなるんですか? ルリーエちゃん的にはどう?」


『毒はないほうがいいです。死んじゃったら元も子もないので』


「残念、諦めるとしよう」


「おっさん、あんた全ての料理を毒まみれにしないと気が済まないのかよ!」


「失礼な。毒は美味いんだぞ? 私はその味を広めたいんだ」


「食う方の立場になれって言ってんの!」


 久しく忘れていた、人と会話する楽しさ。


 彼、頼忠君とルリーエさんのコンビは私の枯れていた心に水を注いでくれたようなものである。


 さぁ、次のエリアに進もう。

 そこにはさらなる毒物があると信じて。

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