第19話 肉体改造のススメ(望月ヒカリ)

「はい、こんにちは。今日はですねー、皆さんの生活にコミットする新しいポーションの販売をですね、していきたいと思ってやってまいりました」


「突然申し訳ないね。これこれ、こういう事情で。皇帝様から直々にお願いされたんだ。国民の士気向上のための知恵を貸して欲しいって。それでしたらツテがありますって、そんなわけでして」


「それ、説明になってないと思いますよ?」


 私の解説に便乗するようにクトゥルフの使いと先輩に性癖を歪められる前の大塚さんのご子息が言葉を続ける。


 売り込み先は帝国の兵士達。

 何かしらこちらを思い通りに動かそうとするよりも先に、こちらの味方につけてしまおうとする腹積りである。


「皇帝様からの? 一体どんな効果があるか飲んだ後で判断していいか? 当然金は払えない。ただでさえ生活が困窮していてな」


 初手代金踏み倒しの交渉から入るあたり、筋金入りの強盗気質。

 ここに先輩がいたら、ヘソを曲げると思う。

 なんせ作るのにそれなりの資金が投入されてるからだ。

 

 けど、私たちなら?


「そこは問題ありません。こちらは善意での提供です。もし、不調がありましたらこちらまでお電話おかけください」


 クトゥルフの使徒が名刺を差し出す。

 ファンタジーの住人に電話なんて高尚なアイテムが通じるわけもなく、それ以前に文字だって読めないだろうに。


「? なんだそれは」


 それ見たことか。初めて聞く言葉に困惑しているじゃないか。


「おっと失礼。こちらの方々にはあまり馴染みのないものでしたね。こういうものです。同じタイプのものを持っていますと、遠く離れたお友達とお話しできるんですよ」


 シンプルに上から目線である。

 売り込み先に商品どころかケンカもサービスするつもりか?


「そんな貴重なアーティファクトを皆が持ち歩ける世界があるだって?」


 意外なことに食いつきが良い。

 煽り慣れてるのは見ていてハラハラするが、案外食えない存在なのかもしれない。


「はい。ですが残念なことに、私たちは電話のセールスマンではありません。そこでこの商品! 飲むだけでお仲間に直接脳内にメッセージを送ることができる魔法の薬。今ならなんと帝国兵士様には無料でお配りしています」


 うまい。相手にその気にさせたところで、一旦話を引かせ、射倖心を煽りながら代用品を持ち出す。

 副作用で一体何に生まれ変わるかは相手の思う壺だが、念話ができるというメリットのみをうまく相手に伝えることに成功していた。


 私の売り込みたいポーションもそういう類だ。

 もしかしてこの人(?)営業のプロだったりしたんだろうか?


「いただこう! ただし、直接体に不調があった場合、それなりの処置をとらせてもらうがよろしいか?」


「問題ありません」


 それこそ飲んだら終わりだろうからでしょうね。

 私のポーションは少しだけ遅効性。

 飲んですぐ効果は出ない仕様。

 さて、相手のポーションはいかほどか。


「う、なんだこの非常に生臭い香りは。決して飲み物が放っていい匂いじゃないぞ?」


「慣れたら美味しいですよ? 少しクセがありますが、むしろこれが欲しくてたまらなくなる時があります」


 クトゥルフの使いが、本当に美味しそうにその場で飲み干す。

 訝しんでいた兵士たちも、飲んですぐに不調を訴えないことを確認して、我慢して飲み干した。


「いい飲みっぷりです。ですがごめんなさい、飲んですぐに効果が出るというものではないんです」


「騙したのか!」


「いいえ、お話を聞いてください。この薬、ポーションと名はつきますが、実は肉体を少しづつパワーアップさせる効果があるのです。つまりは非常に強い副作用があるんですね、それを希釈して福作用を少なくしたのがこちらの商品でして、飲みやすくなった分、効果もそれなりとなっております」


「すぐに通話は出来ないというわけか」


「はい。ですが、飲んだ分の肉体向上の成果はすぐにでも実証できますよ。兵士さんと同じ力量を持つお仲間さんと組み手をしてみればわかります。」


「疑わしいが、今は信じるしかないか。おーい、スケルターこっちにきてくれ」


「どうした? へルター」


 うまいこと丸め込んで希釈したポーションを1人の兵士に飲ませたクトゥルフの使い。

 やはり回数を飲ませることで異形化させる狙いか。


 それに能力向上効果をつけるとはうまいこと依存性を高めている。私のポーション廃業かに特化しすぎてそこまで見てなかった気もする。少し改善しないと。


 兵士たちの組み手は一見互角の状態からスタートした。

 しかしポーションを飲んだ兵士の動きが開始5分を切った辺りからキレが良くなり、最終的に圧倒してしまう。


 対戦した兵士は信じられないとポーションを飲んだ兵士を見上げ、そして飲んだ兵士はこれが自分の力なのか? と驚いていた。


「どうです? 薄めた状態でこの力。一度に摂取しないだけでも効果は劇的でしょう?」


「おい、なんの話をしてるんだ?」


「ああ、実はこの人たちがな」


 組み手をした兵士と、ポーションを飲んだ兵士の力の拮抗は同じ兵舎の仲間も知れ渡ることだった。


 ほんの些細な力の向上だけだとしても、それが飲むだけで手に入るというのはいささか信じられず、しかし飲む前と飲んだ後では明らかに差が出るとして用意していたポーションは瞬く間に売れてしまった。


「……ああ、こうして被害者が増えていくんですね」


「失礼な。私はこの国の人たちを思って良かれと思って施したんだよ?」


 べっと舌を出しながらいけしゃあしゃあと言う。


 嘘は言ってない。

 ただし副次効果でどうなるとも言ってないのがこの人がタヌキと思わせる。


 油断できないが、ついでに私の眷属になれるポーションも捌けた。


 そこだけは感謝した。


 おおよそ召喚されてから三日が経過した頃、兵士たちは次第に力に飲み込まれていくようになった。


 兵士なんて強ければ強いほどお給料が良くなるお仕事だ。

 昨日より強い自分になれる薬、なんて危ない代物であろうと実感が勝ればブレーキは壊れるものだ。


 そして一度ブレーキが壊れてしまえば?

 あとはもう交通事故があちこちで起こるのは歴然で。


「どうです、少しは暮らしも楽になったんじゃありませんか?」


「ギャッギャッ(これは素晴らしい薬ですね、いあいあ! くとぅるふ・ふたぐん!)」


「ハッハッハ。クトゥルフさんもきっと喜ばれていることでしょう」


「こんなことしちゃっていいんですか? その、異世界といえど同じ人間相手に」


「大塚君、彼らは事前に説明を聞いた上で自らが望んで欲したんだよ? 確かに結果はこうなってしまって遺憾を拭えないが、彼らに自制心があればここまでの結果にはならなかった筈だ」


「アキカゼさんがこの薬をばら撒かなければ良かったってお話じゃないんですか?」


「でも大塚さん、よく考えて見てください。この人、最初に選択肢はあげてましたからね。無理やり飲ませてこうなたわけじゃないんですよ。選ばせた上で、向こうが選択したんです。それとあなたもすでにそれを飲んでいるんじゃありませんか? その上で自制はできています。この違いは一体なんでしょう?」


「え、僕もこれを飲んでる?」


「覚えはありませんか? ルリーエさんから提供された妙に磯臭いお茶を」


「ああ、あれがこうなるお茶だったんだ」


「え、あの子大塚君にもあげてたの?」


「はい、良かったら飲みますって?」


「そうなんだ。あの子ってほら、人見知りするじゃない? だからよほど気に入った相手じゃない限り、そのお茶を出さないんだ。直近では私か飯句君にしかあげてないと思ってた。まさか君も飲んでるだなんて」


「あれ、そう言う類のものだったんですか?」


「そうだね、彼女なりの愛情の印だね。結果的にはあなるけど、量を飲まなければ泳ぎが上手になるくらいだから」


「あはは、僕カナヅチだから助かります」


 果たしてそれは喜んでいいことなのか?

 と、うまい具合に話をそらされた。


「それで、飲んだあなたは今もう一度それを飲もうと思いますか?」


「うーん、特には。取り急ぎ、必要ではないですね」


「これがあなたとここの兵士の差です」


「つまり、欲に溺れたものからこうなると?」


「結果、泳げるようになるので、ズッポリ欲に飲まれていきますね」


「誰がうまいことを言えと言いましたか」


「はは、これは失敬」


 和気藹々とした雰囲気の中で、サハギンと半分スライムの兵士たちは今日もどちらが上か鎬を削り合う。


 ぱっと見は普通の兵士だけど、気分が高まると素が出てしまう。

 サハギンの本性、スライムの本性。


 サハギンの方はわからないが、スライムは私がいる支配域ではリスポーン可能、分裂での繁殖で無限に数が増やせるのもあり、帝国兵士どころか貴族、そして国民にまでその手が回るのは時間の問題だった。


 どんどんこの世界を侵略していくぞー!

 先輩への手土産を増やすついでに、私の独占欲を満たす作戦は大きく動き出していた。


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