第18話 帝国崩壊の危機(磯貝章)
「その話は……ありがたいが。それは過去に戻った場合、今の俺たちが救った人達は?」
栽場有樹と名乗った少年はオレに聞いてきた。
どっちも取れる可能性があるなら乗る、と。
だがそんな上手い話があるわけがない。
過去に戻るっていうのは、今ある世界を捨てることだ。
過去を変えれば、当然今の世界は変わる。
対価に救った全てを差し出す覚悟はあるか?
「もちろん、救えない。当たり前だろ? 過去に戻るっていうのはそれくらいのリスクを犯すんだ。自分さえ良ければいい、そういう考えのやつはいる。でも、それをしたとして、今救って手に入れた平和は捨てられるか?」
「なら無しだ」
「それでいい。俺のスキルは規模がでかい。小規模で個人的に、というのはあまり得意じゃなくてな。試すような質問をして悪かった」
「いや、俺も覚悟が足りなかった。転移といっても便利なだけじゃないんだな」
「俺も持て余してるよ」
お互いにニット笑ってガッチリと握手する。
なんかこういうのいいね、こいつとは気が合いそうな予感がする。
畑に連れてこられて、農業してるやつだからもっと歳いってるのかと思ったら違ったし。
頼忠とは違う感じのタイプだ。
案内役のレオの懐きっぷりから頼りになる兄貴みたいな感じかな?
「友情だねぇ」
一部始終を見たリコさんが頷きながら手を叩く。
見た目は若いのに言動が一々年寄りくさいのは自称してるとおりおじさんだからなのかな?
キャラ作りではなく。
「いや、ちゃっかりエリクサー売り込もうとして人が何言ってんすか」
「嘘は言ってないよ? 実際に死者の蘇生はできるから。問題は死後時間が経ちすぎてると効果が落ちると事実を述べたまでさ」
「悪魔の証明なんだよなぁ」
「君のほうこそ、意地の悪い質問をしてたじゃん。僕ばかり責めるのも違うよね?」
胸にトン、と拳を置いて、さっさとレストランへと入ってしまった。
なんでいちいちかっこいいんだろうな、この人。
俺も後に続いて、話し合いの場に入る。
「ちょっとあんた! 遅刻だよ、先に皿洗いしな! シフトの時間はとっくに過ぎてんだよ! 人手が足りないんだから早くしな!」
直後に浴びせかけるおばちゃんの声。
まるでドラゴンの咆哮のような威力で、有樹とレオをその場に釘付けにした。
「悪いみんな、先に仕事終わらせてからでいいか?」
「おう、頑張ってなー」
特に堪えた様子もなく、二人は定位置についた。
同年代っぽいのに、ここでは一端のメンバーなのだと感嘆する。
異世界にきて、なんでこいつらアルバイトしてるんだと思うが、どんな生活しようと人それぞれか。
俺も冒険者しようとしてジョブが商人だったからわかるわ。
与えられたスキルによっちゃ、冒険者もままならない時ってあるよな?
俺たちはその間に昼飯を兼ねて情報のすり合わせ。
つっても、離れ離れになった奴らがどこに飛ばされたかもし利用がない。
電波、普通に死んでるんだよなぁ。
「異世界に電波はなかったか」
「木村を呼んでくればワンチャン繋がるんすけどね」
「でも君、自分の世界に帰れるの? ここ、全く知らない場所だっていってたじゃない」
そうなんだよなぁ。
こんなところ見たことも聞いたこともない。
その上で俺の転移先に登録されないときた。
秋生のいた世界はかろうじて登録されてるが、少し様子を見に行こうとしたら弾かれてしまった。
きっと今の時間軸ではリコさんがいったように消失してしまっているんだろう。
だからどこかで過去に戻り、そこでもう一度入り直す必要がある。
そのためにも過去に戻れるなら戻りたかったが、それをしたら俺がこっちに戻ってこれなくなるのもあり、気にはなるが他の世界で試すしかない感じだ。
「自分だけなら戻れるっぽいんですけど、他の人間を連れてくと転送陣がバグるみたいなんすよね」
「きっとその世界の特異点が紛れてるんだろうね」
「そのうちの一人がリコさんである可能性もありますけどね」
「ははは、ナイナイ」
乾いた笑いを浮かべながら顔の前で手を振る。
本当かなぁ?
「僕としては、ほらルリーエちゃんとかアキカゼさんとかがそうだと思ってるよ」
「あー。色物でしたもんねぇ」
おじいさんとサハギンのタッグ。
後にも先にも見たことのない異色のコンビである。
「お水です、メニュー決まりましたらベルを鳴らしてください」
「はーい、ありがとうね。ってことでここは御相伴に預かろうか。頼忠君の缶詰もいいけど、やはりここは熱々の料理が食べたいね」
「いや、それはいいんすけどお金あるんすか?」
「そこはほら、レオ君の奢りで」
「あー、一応協力者だしな?」
じゃあお言葉に甘えますか。
「ここ、普通にスパゲッティあるんすね」
「僕はこのパフェを頼もうと思う」
「あー、異世界じゃ珍しいですもんね」
「そうなの?」
「基本的に日本で食えてる系列は全滅です。場所によっては冷蔵機器はお貴族様じゃなきゃ扱ってなくてアイスとかは市民の口に入りませんからね」
「へー、やっぱりそうなんだ。じゃあここで食べられるのはラッキーだね」
ベルを鳴らし、注文を取る。
看板娘は元気いっぱいで、注文を取った後厨房に引っ込んだ。
しばらくして、注文が運ばれてくる。
そのどれもが想像通り……いや、想像以上の味だった。
トマトソースが俺の知ってるどのメーカーのものより美味く、目を見開く。
「なんっだこれ! 今まで食ってきたどのスパゲッティとも比じゃないくらい美味いぞ?」
「そっちも? こっちのアイスもめちゃくちゃうまー。なんだここは、天国か?」
「店が盛況なのもわかりますね」
「これは通うレベルの味だな。それには彼らの働きによるものかもしれないが」
厨房では忙しそうに有樹やレオが動き回る姿が見える。
ただのアルバイトではない、この店になくてはならない柱としての存在なのだと理解する。
どこかでバイトかよ、と見下していた自分を恥ずかしく思うほどだ。
冒険者だからって偉いわけじゃない。
アルバイトだって、ここでは貴重な存在なのだ。
腹ごしらえを終え、アルバイトが終わるまで待つ。
アルバイト仲間で一番知恵の回る存在、天城洋を交えての話し合いで、俺たちはレオ達の陣営と敵対している組織の名前を聞いた。
それがバルムンク帝国。
さらには彼(?)の予報では、彼の国に不吉な予報が出ているのだそうだ。
それが『晴れ、時々邪竜注意報』というものだ。
俺は「あー」と何かを理解し両腕を組んで頷いた。
確実にアキカゼさんだな。
「章、何か心当たりがあるのか?」
「その邪竜、もしかしなくても俺の知り合いのペットかもしれない」
「なんだって?」
有樹たちの間に緊張が走る。
戦力でもなんでもなく……ペットなんだよ、その邪竜。
「そこにアキカゼさんがいると?」
「他に誰がいるかはわかりませんが……アキカゼさんの飛ばされた先はそこでしょうね」
「ここにきて間も無くで申し訳ないが、僕たちをその場所に送り届けることはできるかね?」
「危険を伴うから今すぐってわけにはいかねーけど」
そりゃ敵対組織として危険視してる場所だ。
レオの能力は高いが、俺と同じで自由は効かない面倒臭さもわかる。
「早くしないと危ないんだ」
「帝国にその人が操られるかもしれないんだろ?」
レオが深刻そうな顔で言う。
あれは頭を振って否定する。
「いや、危ないのはその帝国だ」
「え?」
レオたちの心配は全くの的外れだ。
アキカゼ・ハヤテ。
一緒に行動したことはないから詳しくは知らないが、秋生や頼忠の発言から察するに、無自覚で事故を引き起こすタイプの人なんだよな、その人。
悪気がないだけで被害は甚大だ。
「下手すればこの世界はあの人のうっかりで滅びかねない。急ごう!」
緊迫した俺の様子に、レオたちはそんな人を引き取って大丈夫なのか? と本気で心配していた。
それは俺もわからん。
なんだったらここにおいて行ったほうがいいのかもしれないな。
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