第10話 四人の聖女
泉の浄化をしてから三日後、私は神官長に呼び出された。
(報告書はちゃんと出したし、新しい任務の話かな?)
私はそんな風にのん気に考えていた。神官長と話すまでは。
「リアナ、報告書を読みました。今日はその件でお話があります」
「え? また何か問題でもありましたか?」
「いいえ。あの件について、他の聖女にも情報を共有すべきだと判断しました」
「他の、聖女……」
他の聖女と聞いて身体が強張った。エドガーを邪神にした関係者がいるはずだ。
(どうしよう、あまり私のことを話さない方がいい気がする。どの神から加護を受けたとか聞かれたら困るし……)
「上位魔獣の話は……私が神の声を聞いたというのは、内密にしていただけませんか?」
神の声が聞こえるなんて、歴代聖女の中でも貴重な能力だ。目をつけられたくないし、神について追及されたくない。
「なぜですか? 重要な手掛かりになるかもしれない情報です」
神官長の目が鋭くなった。当然の反応だろう。邪気問題を解決するための糸口かもしれないのだから。
私は慎重に口を開いた。
「聖女になりたての新人が神の声を聞けるなんて、私でしたら信用できません。自分の手柄を大きくするための嘘であると思われるでしょう。もっとお三方の信頼を得てからお話ししたいのです。瘴気の中心にあった魔獣の亡骸を埋葬したら瘴気が治まった、ということだけお伝えください」
重要なのは瘴気の原因が魔獣の亡骸であることだ。その情報が共有できれば問題ないはずだ。
私の信用に関わることだと主張すれば、神官長も無下には出来ないだろう。
「そうですね……リアナの言うことも一理あります。リアナは聖女になってから、他の聖女と交流がありませんでしたからね。能力の詳細を話すのは控えましょう」
「はい、お願いします!」
(良かった……! これからはエドガーとの繋がりがバレてしまいそうな情報は徹底的に隠さないと)
警戒心を持てと言われたばかりだ。神官長への発言も気をつけた方がいいだろう。
「三人を待たせています。行きましょうか」
「はい」
神官長に連れられて会議室に入ると、すでに三人の聖女が座っていた。
「遅いですよ~。あ、新しい子がいる! 私よりお姉さんかな? わーい!」
一番若そうな子が私を指さしてニコニコと喜んでいる。くるくるとした赤毛が特徴のメアリー様だ。
「お待たせしました。会議を始める前にご紹介します。こちらが新しく聖女になったリアナです」
「リアナ・クラウスナーと申します。よ、よろしくお願いします!」
私が挨拶をすると、三人とも微笑んで歓迎してくれた。
「よろしく! リアナお姉さま」
メアリー様が隣の椅子を引いて、「ここに来て!」と誘ってくれた。
言われるがままに座ると、正面に座っている二人と目が合った。
「仲間が増えて嬉しいわ。よろしくね」
私より少し年上のスティファ様。サラサラの黒髪をかき上げながら優しそうに微笑んでくれている。
「初任務を単独で成功させたと聞きました。優秀な子が来てくれて助かります。これから頑張りましょうね」
威厳と柔らかさを持つ口調で私を迎えてくれたのは、一番聖女歴が長いオリヴィア様だ。皆からの信頼も厚く、母のような存在だと聞いたことがある。
三人とも、信頼感のある雰囲気を纏っている。
(でもこの中にエドガーを陥れた人がいる……。気を引き締めないと!)
「皆さんに集まってもらったのは、中央区の邪気の件です。原因の手掛かりとなる情報をリアナが提供してくれましたので、皆さんにも共有しようと思います」
神官長が邪気の話を出すと、皆の表情が真剣なものになった。
「リアナに瘴気浄化を依頼した泉では、瘴気の中心に魔獣の亡骸があったそうです。そしてそれを埋葬したところ、瘴気の発生が治まったのです」
神官長の言葉に、三人とも少し驚いたような表情を見せた。
「えぇ?! 魔獣の亡骸?」
「まぁ……」
「神官長は、それが邪気の原因かもしれないと考えているのですね」
「えぇ。魔獣が亡くなった時の感情、状況によっては邪気が発生する可能性があると思っています。何者かが魔獣を殺し、中央区に亡骸をばらまいているのかもしれません」
神官長の言葉に三人の聖女は黙り込んだ。
しばらく沈黙が続いた後、オリヴィア様が少し困惑した様子で口を開いた。
「神官長の仰ることは理解できますが、浄化の際に魔獣の亡骸を見たことはありません」
「お姉さまの言う通りです。私も見たことがありません」
「私も……ないですね」
そう、人間界に魔獣の亡骸があれば大きな事件となるはずだ。だけどそんな話は私も聞いたことがなかった。
「そうなのです。亡骸が何らかの方法で隠されている可能性が高いです。ですから今後浄化を行う際には中心部周辺を注意深く探してください」
「オッケーでーす!」
「気をつけておきますね」
「浄化の際には、市民の避難と探索を優先しましょう」
邪気を浄化しながら中心部の亡骸を探すのはかなり難易度が高い。
それなのに三人とも簡単そうに返事をしていた。これが経験の差なのだろう。
(さすがこの国を支えてきた聖女たちね。頼もしいし、絶対に大丈夫という安心感があるわ。本当にこの中にエドガーの敵がいるの? 一体誰が……)
三人ともこの国を守ろうという強い意志を感じる。悪い人がいるとは思えなかった。
私が三人を眺めながら考え込んでいると、オリヴィア様が口を開いた。
「リアナ、そんなに不安がらなくても大丈夫ですよ。中央区の浄化は皆で行きますから。私達と一緒に頑張りましょうね」
「あ、ありがとうございます……」
微笑む彼女は慈愛に満ちていた。まるで聖書で見た初代聖女のような眼差しは、全てを明るく照らしてくれるような温かさがあった。
でも、何かが引っかかった。
(オリヴィア様っておいくつなのかしら? 聖女は長くは生きられないことが多いのに、よく見たら私の親世代くらいの年齢じゃないかしら)
聖女なのに短命ではない。それだけの事だけど、違和感があった。
もしかして……と思い、エドガーの方をちらりと見た。
「正解だ」
ニヤリと笑うエドガーを見て、これからの立ち回りの難しさに頭がクラクラした。
【完】
「世界を変える運命の恋」中編コンテスト応募用のため、ここで一旦完結となります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
邪神と歩む聖女の道 ~加護のない聖女は邪神と契約しました~ 香木あかり @moso_ko
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