第9話 邪神の正体
「リアナ様のお部屋はここです。何かありましたらお申し付けください」
「ありがとう」
「では失礼します」
礼儀正しくお辞儀をして去っていったのは、若い神官見習いだ。
以前だったら敬語なんて使われないような立場だったのに、本当に聖女として皆に認知されたのだと実感した。
新しい自室に入ると、思わず「わぁ!」と声を上げてしまった。
「広い……エドガー見てください! 見習いの時のお部屋と全然違います。日当たりが良いし、ベッドも大きいし、ふかふか!」
「確かに前の部屋よりはマシだな」
「十分すぎます! こんな良い部屋をいただけるなんて……ふふっ、聖女になって良かった」
部屋の中を見て回りながら、気になる家具をアレもコレもと観察していく。
一通り見て満足する頃には、エドガーがベッドに腰かけて暇を持て余していた。
何となく隣に座ると思ったより近くて、少しドキッとした。
「ま、まったりしている場合じゃないです! お話していただこうと思ってたんでした!」
部屋に夢中で忘れかけていたけれど、一番大事な話がまだだった。
「別に俺は忘れてくれても構わなかったが」
「いいえ、答えていただきます! エドガーって何者なんですか?」
しれっとしているエドガーの腕を掴んで問いただす。
エドガーはしばらく黙っていたけれど、ぽつりと口を開いた。
「リアナは四神を知っているか?」
「知っているも何も……この国をお守りくださる代表的な神ですよね? 大地の神、光の神、水の神、風の神、で四神です。神殿にもいくつか像がありますし、聖書にも載っています」
四神の加護でこのクルガンド王国は繁栄を極めてきたとも言われている。
それだけに他の神々よりも祀られることが多い。四神の像は国中のいたるところにあった。
「実際の姿は見たことあるか?」
「ある訳ないじゃないですか……私がお会いしたことがある神はエドガーだけです」
歴代聖女の中で、四神の姿を見たのは初代聖女だけだと言われている。
彼女の日記には神々の特徴が記されており、聖書に描かれている絵は彼女の日記が基になっているらしい。
(どの神も強くて美しい姿で描かれていて素敵なのよね。四神すべてを見た初代聖女が羨ましいわ)
神々の姿を思い出していると、エドガーがおもむろに立ち上がった。
「じゃあ、これに見覚えは?」
「へ? え……?」
そう言うと跪いて私の手を取った。
そして私が戸惑っている間に、手の甲に唇を近づけてきた。
慌てて手を引っ込めようとした瞬間、なにかが引っ掛かった。
(この姿どこかで……あっ!)
先ほど思い浮かべたある方の姿と重なったのだ。
「か、風の神ウェルニマ?!」
「正解」
エドガーはすっと立ち上がると、ニヤリと笑った。
「ど、どういうことですか? あなたの名前はエドガーですよね? 契約の時、その名前で……」
契約が問題なく結ばれたということは、名前は間違っていなかったということだ。偽名を使えば契約が成立しない。
エドガーは間違いなくエドガーという名前だったはずなのだ。
(エドガーが風の神ウェルニマ? ウェルニマは名前じゃないの……?)
私が混乱して黙り込んでいると、エドガーが再び私の隣に座った。
「今はこの通り、風の神ではない。単なるエドガーという邪神だ。……リアナの浄化で随分と浄化されたがな」
頭をポンポンと撫でられると不思議と冷静になれた。
「今クルガンド王国には四神の加護がないということですか? この国は……危うい状態にあるのですか?」
「俺以外の神は健在だから心配するな」
「そうですか……良かった」
とりあえずこの国に問題がなければいい。それを聞けて安心した。
それにしても風の神が邪神になっているなんて、神官長あたりが知ったら腰を抜かしそうだ。
「どうして邪神に? 私達の信仰心が原因ですか?」
「皆の信仰心が薄くなったことも理由の一つだが、直接的な原因は……また後日話そう」
「後日?」
「もう少し聖女らしくなったら教えてやる。リアナは神殿内では気が緩んでいるから、もう少し警戒心を持った方が良い。迂闊にケルベロスの姿を見たと神官長に報告するし……他の聖女に会って、『勉強』するんだな」
「え……」
まるで神殿に問題があるみたいな言い方だ。しかも聖女に会えというのは含みがありそうだ。
(神殿内にエドガーの敵、四神の敵がいるってこと? しかも相手は聖女かもしれない……?)
見習いの時には遠くから見るだけだった聖女だけれど、怪しさを感じたことは一度もなかった。
「警戒をすべき人物がいるのですね? その方とお会いしろってことですか」
「そうだな、誰が要注意人物か当てられたら原因を話そう」
「……」
ケルベロスの件といい、エドガーの件といい、私は知らないことが多すぎる。
天界の事情にも疎いし、神殿内の力関係もよく分かっていない。聖女になることに必死過ぎて、そんなことを気にしたことがなかった。
(でもそれじゃダメだ。聖女になったんだから、神殿内の問題や天界について知っていかないと!)
「分かりました。もっと神殿内での言動には注意します。要注意人物も当ててみせます!」
「頼もしいな」
「頑張ります!」
聖女になればそれでいいと思ってた。
だけど今は違う。エドガーの役に立ちたい。それがこの国のためになるなら尚更だ。
同じ聖女の中に神を陥れるような人物がいるなんて許せない。
気合を入れている私を横目に、エドガーは笑い交じりに机の上を指さした。
「まずは報告書を書かないといけないんじゃないか?」
「そうだった……!」
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