第8話 軽い報告のつもりでした

「リアナ、お疲れでしょうが、もう少し詳しくお話を聞かせてもらえますか?」

「えっと……」


 任務を終えてのんびり休もうと思っていたのに、神官長からの言葉で休憩はなしになった。


 任務完了の報告を軽くして、報告書は後日提出する。それが普段の流れのはず。

 それなのに私はソファーに座らされ、お茶まで出されている。どうみても軽い報告で終わりそうもなかった。


(エドガーと話がしたいのに……!)


 チラリと後ろを見ると、エドガーがすまし顔で立っている。

 帰る道すがら話がしたかったのに、さっさと瞬間移動で神殿まで帰らされてしまったし、神殿に着いたらずーっとすまし顔で黙っている。

 私が話しかけれないからって面白がっているみたいだ。


 とにかく報告を終わらせないと。

 気を取り直して神官長へと向き合った。


「今話したことが全てですが……何か不審な点がありましたか?」


 報告自体はちゃんとしたのだ。瘴気の範囲や濃度、その原因であったケルベロスのこと、浄化が無事完了したこと、全て過不足なく伝えたはずだった。

 これ以上何を聞く必要があるのか。そんな気持ちを込めて神官長を見つめた。

 神官長は、にっこりと微笑んで口を開いた。


「リアナの報告に問題はありません。ただ、中央区の邪気の件も魔獣が関係しているかもしれないと思いまして。もう少し魔獣についてお聞きしたいのです」

「魔獣について、ですか……」


 神官長の言うことはもっともだ。邪気の手掛かりになりそうな話であることは間違いない。

 原因不明の邪気と今回のケルベロスによる瘴気、何か関連がある可能性も高い。


(だけど今じゃなくてもいいじゃない!)


 なんて、神官長の真剣な眼差しを前にして言える訳がなかった。


「上位魔獣ケルベロスの亡骸があったと言いましたが、なぜそれがケルベロスだと断定出来たのですか? 上位魔獣の正確な姿はほとんど確認されていませんが」

「そ、それはっ……」


(そうだった。あれはエドガーがケルベロスだと教えてくれたんだった……)


 思いがけない質問に返答を迷ってしまった。

 上位魔獣の姿を見たことがある人なんている訳ない。本に描かれているのも空想上の絵だ。

 実際のケルベロスも本で見た絵とは随分と違っていた。


(仕方がない。心苦しいけれど……)


「信じてもらえないかもしれないですが、声が聞こえたのです。『このケルベロスが瘴気の源である』と。空耳だとは思えず、そのまま信じてしまいした。ケルベロスを埋葬したら瘴気が薄まったので、『声』の言うことは正しかったのだと思います」


 完全な嘘ではないけれど、真実でもない。でもこれ以上言いようがなかった。

 神官長は私の話をじっと聞いていたけれど、私の話が終わるとしばらく何かを考え込んでいた。


「そうですか。リアナは神の声が聞こえるのかもしれませんね。大変貴重な力です。もし今後もそのそうな『声』が聞こえたならば、尊重しなさい」

「え……分かりました」


 まさかそのまま信じてもらえるとは思えなかったので、神官長の言葉に少し驚いた。

 神職者の中には神の声を聞く者もいるというから、信じてもらいやすかったのかもしれない。


 とりあえず誤魔化せたことにホッとしていると、神官長が続けた。


「ちなみにその『声』は男性でしたか? それとも女性?」

「え、えーっと……何とも言えない中世的な声、だったように思います」


 これもまた予想外な質問で、少し目が泳いでしまいそうだった。

 柔らかなエメラルドグリーンの瞳は、微笑んでいるのに何でも見透かしているようだ。

 もしかしたら神官長はどの神なのか特定しようとしているのかもしれない。なんとなくそう思ったので、答えを濁してしまった。


(まさか邪神の声だとは思わないだろうけど、バレたら聖女ではいられないわ。神に関する質問には慎重に答えるべきね)


 チラリと神官長の様子を窺うと、相変わらず優しい表情でこちらを見ていた。


「分かりました。……話を聞く限り、予想より広範囲の浄化作業だったように思います。一人で行かせたことを後悔するくらいには」

「そんなことないです!」


 今後は誰かつけますと言われたら、かなり動きづらい。今回の成果をもって単独任務を認めてもらいたかった。


「気になさらないでください! こうして無事に戻ったのですから。それに範囲は広くても、ケルベロス埋葬後の瘴気は薄かったので、浄化はそこまで大変ではありませんでしたよ」


 私が捲し立てると、神官長は呆れたように笑って頷いた。


「分かりました。長く引き止めて申し訳ありません。遅くなりましたが、あなたの部屋を用意しました。今日からそちらを使ってください」

「良いのですか?!」

「はい、あなたはもう立派な聖女ですから」


 聖女になると見習いの時とは違う部屋を与えられる。

 今までは神殿の敷地内の端に住んでいたけれど、これからは緊急時にすぐ動けるよう、中央の塔に住むのだ。


(嬉しいっ! ようやく聖女だって皆に認めてもらえた気がするわ)


 長い話もようやく終わったし、新しい部屋が待っている。

 嬉しさを隠しきれないまま立ち上がって部屋から出ようとすると、神官長が思い出したように言った。


「ああそうだ、今日の任務についての報告書を作成しておいてください。出来れば明日までに」

「あ、明日?」

「はい、お願いしますね」


 神官長は最後まで笑みを絶やさなかったけれど、厳しい面もあるのだというのがよく分かった。

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