第7話 邪神の姿

 たっぷり数十秒たった後、ようやく私は解放された。


「なっ……何するんですか?!」


 慌てて唇を手で隠す。

 息を整えながら後ずさり、エドガーから距離をとった。近くにいると何をされるか分からない。


「文句を言われるとは……せっかく瘴気を吸って、力を回復させてやったのに」

「へ?」


 エドガーは呆れながら「力を確認しろ」と言ってきた。

 胸に手を当てて身体の内側に意識をやると、確かに聖なる力が回復していた。


(さっきの口づけ……本当に回復してくれたんだ。まあ突然口づけなんてする訳ないわよね。突然だったから気が動転しちゃった……)


 慌てた自分が馬鹿みたいだ。


「あ、ありがとうございます……」

「不満そうだな」


 当然不満はある。回復するなら先に言ってほしいし、そういう方法をとるなら事前に許可を取ってほしい。

 だけど回復したのは事実だし、神には人間の常識が通用しないと言うし、もう何から言っていいか分からなかった。


「……私がお願いする前に勝手に動かれると、エドガーの浄化が進みません」


 ようやくそれだけ言うと、エドガーが意外そうに目を少し丸くした。


「俺の浄化を気にしてくれたのか」

「一応契約主ですし……私の寿命を使って実験までしたんですから、絶対に浄化してほしいんです!」

「じゃあ俺が動く前にリアナが願いを言えば良い」

「簡単に言いますけど、私が考えている間にエドガーが勝手に動いちゃうじゃないですか! どうすれば効率良くエドガーを浄化出来るか、とか悩んでるのに……」


 私が役に立てるなら協力したいのに、全然上手くいかない。

 ここまで来るまでに瘴気から保護してくれたのだって無償労働だ。


(もっと私がエドガーにたくさん頼ることが出来たら、大きな願い事がたくさん思いついたら、エドガーはあっという間に浄化出来るかもしれないのに……)


 そう思うと悔しかった。


 私が少し俯いていると、頭にぽんと優しい感触があった。

 顔を上げると、エドガーが柔らかく笑いながら私の頭を撫でている。


「そんなこと気にしなくていい。浄化が出来るってだけでも俺は幸運だ。いくら時間がかかったって構わないさ」

「……分かりました。でも、次から力を使う時は教えてください」

「なるべく気をつけよう」


 エドガーが私の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。髪型が崩れるのが気になったけれど、その手が優しくて、どうでも良くなってしまった。

 

(もう……いーっぱい働かせて、すぐに浄化してあげるわ!)


 私はエドガーの目をまっすぐ見つめて口を開いた。


「泉を浄化するための力を私にください」

「承知した」


 エドガーの神力が私に流れてくる。そして流れるように聖なる力に変換されていくのが分かった。

 自分の容量を超える力が生み出されていくことに恐ろしくなったけれど、気にしている場合ではない。


(ここが動物たちの住みやすい土地に戻りますように……)


 心の中で祈りを捧げながら、聖なる力を周囲に放つ。力が広がっていくにつれて瘴気が消えていくのが感じ取れた。

 完全に瘴気が消えたことを確認して、私は浄化を終えた。


「終わりました! ありがとうございます。エドガーのおかげです」

「少し力を貸しただけだ」

 

 初任務が無事完了したことに心底ホッとした。

 神官長に一人で大丈夫だと大見得を切った手前、失敗したら目も当てられなかっただろう。


「それにしても、瘴気の原因が上位魔獣の亡骸だったなんて驚きました。こんなことは今まで聞いたことがありません」

「そうだな……天界も人間界と同じように、一枚岩ではないってことだろう」


 まるで天界で揉め事でもあるかのような物言いだ。


(天界は神々が管理する平和で幸福な世界だって教えられてきたけど、色々あるのかも)


 神々のいざこざに人が首を突っ込んだって、塵のように吹き飛ぶだけだ。あまり関わらないようにしたい。

 今回のことは神官長に報告しなければならないが、防ぎようがない以上、対策も出来ないだろう。


(触らぬ神に祟りなし。同じように瘴気が発生しても、すぐに浄化することしか出来ないわ)


「今のは聞かなかったことにします」

「ははっ賢明だな」


 まるで私が話に食いつくか試していたみたいだ。

 神の考えることはよく分からない。でも深入りしない方が良さそうだ。

 

(今だって笑っているけれど本心はどうか……あら?)


 にこにこしているエドガーに少し違和感を覚えた。

 顔をじっと見つめると、その違和感の正体に気がついた。

 

「あなた……」


 エドガーの瞳の色は赤だったはず。けれど私の目の前にある二つの瞳は、スカイブルーだった。


 金髪、スカイブルーの瞳、青いブローチ。

 最初に会った時とはまるで別人になったエドガーに、どこか既視感があった。


(誰かに似ているような……誰だったかしら?)


「そんな不思議そうな顔をして、どうかしたのか?」

「……今どれくらい浄化が進んでいますか?」

「そうだな、体感では五割程度だ。最初に加護を授けた時が一番浄化が進んだが、今日でだいぶ良くなった」

「そうですか……」


 五割でこの変わりようなのだ。完全に浄化したらどうなるのだろう。


(最初は恐ろしさを纏ったような美しさがあったけれど、今は少し神聖な感じがする)


 エドガーが邪神になる前、彼は神だったのだろうか。

 神だとしたら、この既視感はなんなのだろう。


「浮かない顔をしているな。俺の浄化に何か問題でもあるのか?」

「いえ、問題は特にないのですが……あなたは誰なのですか?」


 考えても分からないものは仕方がない。本人に聞くしかない。

 私が質問すると、エドガーは真面目な表情になった。


「帰ったらその話をしようか。リアナにはいつか話そうと思っていたんだ」

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