第6話 泉の主
エドガーと手を繋いだまま森を進んでいくと、開けた場所に出た。どうやら泉に着いたようだ。
「思ったよりも近かったですね。あれ? あそこに何かあります!」
水辺に大きくて黒いものがある。そこの瘴気がひと際強かった。
エドガーの手をグイグイ引いて近づいてみる。
「これっ……!」
「魔獣の亡骸だな。……ケルベロスか」
「じょ、上級魔獣じゃないですか! どうして人間界に……」
通常、上級魔獣と呼ばれる上位の存在は人間界に干渉したりしない。
まして天界の番人であるケルベロスが、人間界で亡くなることなどあり得なかった。
「何か呪いをかけられていたようだな。内側から浸蝕されている」
「そんな……ひどい……」
ケルベロスには深く引き裂く様な傷が無数に出来ていたが、致命傷ではない。おそらく呪いによる痛みで錯乱し、自ら引き裂いたのだろう。
「瘴気はこのケルベロスから発生しているな。亡骸をどうにかしないと、周辺を浄化しても瘴気が発生し続けるだろう」
「そうですね……」
このケルベロスは相当苦しんだのだろう。そうでなければ瘴気を発することはない。
苦しんで、恨んで、憤って……その思いだけがここに留まっているのだろう。
亡骸を封印すれば良い。そうすれば瘴気の発生を食い止めることが出来る。
だけど、それではこのケルベロスは永久に苦しみ続けてしまう。
「封印が必要かと思います。でもその前に、お墓を作ってもいいですか?」
「ん? このケルベロスのか?」
「はい。このままでは……ケルベロスさんが浮かばれません。せめて弔ってあげたいのです」
せめて苦しみから解放されて良き来世を迎えられるように、祈りを捧げたかった。
封印するのはその後でも遅くない。
「分かった。力を貸すか?」
「いえ、このくらいなら大丈夫です」
私はエドガーの手をそっと離して、地面に両手をついた。
「おい!」
「少しの間だけですから」
エドガーと手を離したことで、瘴気が私の中に入り込んでくるのを感じた。
(もう邪気になる一歩手前じゃない。こんな状態になるまで、ここに独りでいたのね)
なるべく息を吸わないようにして地面に聖なる力を流し込み、ケルベロスさんが入れそうな大きな穴を空ける。
そうして開けた穴に、ケルベロスさんをゆっくりと下ろす。初めてする作業で力の使い方が難しかったけれど、どうにか傷つけずにケルベロスさんを埋めることが出来た。
(墓石が必要よね。だけど、大きな石もないし……)
私は右耳のピアスを外して地面の上に置いた。ものすごく小さいけれど墓石代わりだ。
「よし、出来ました!」
そう言って立ち上がろうとしたけれど、目の前が歪んで立てなくなってしまった。
(ヤバい……瘴気を取り込み過ぎたかも……)
座っているのも限界で地面に倒れこみそうになった時、ぐっと両肩を支えられた。
「両手を使いたいなら、最初からそう言え」
エドガーが後ろから支えてくれたようだった。彼が両肩に触れたことで、眩暈がすっと楽になっていく。
「申し訳ありません。短時間なら大丈夫かと」
「大丈夫なわけないだろう。全く……慎重なのに詰めが甘いんだな」
「……おっしゃる通りです」
完全な正論に、言い返す言葉もなかった。
もし私が倒れたら、エドガーに願いを言えなくなってしまう。エドガーはきっと助けてくれるだろうけど、そんなタダ働きはさせられない。
「これから気をつけます。このまま瘴気から守ってくださいますか?」
「あぁ」
エドガーに支えられて立ち上がり、ケルベロスさんのお墓に手を合わせる。
(ケルベロスさん、もう苦しまないでいいんですよ。どうか、ゆっくり休んでください)
どんな理由があって、この地で亡くなったのかは分からない。
けれど、来世では穏やかであるようにと祈らずにはいられなかった。
「おい、見てみろ」
「え?」
エドガーの声に辺りをキョロキョロと見渡すと、泉周辺の空気が少し変化していた。
「あっ! 瘴気が薄くなっていますね」
さっきまでは邪気に似た濃さだったのに、今は少し薄くなっている。
まだケルベロスさんを封印していないのに、新たな瘴気の発生がなくなっているようだった。
「お前の祈りが通じたのかもな」
「そうでしょうか……でもこれならケルベロスさんを封印しなくても大丈夫そうですよね?」
「あぁ、問題ないだろう」
「良かった……!」
瘴気が薄くなったこともありがたかったけれど、ケルベロスさんを封印せずに済むことが嬉しかった。
本来いるべきでない人間界に封印するなんて、ケルベロスさんからしたら不本意だろうから。
「さて、瘴気の発生源がなくなったことですし、浄化しますか! と言いたいところなのですが、少し休んでもいいですか? さっき瘴気を吸い込み過ぎたみたいです」
眩暈は治まっていたけれど、身体に入り込んだ瘴気のせいで聖なる力が弱まっているのを感じる。
本来の力ならばすぐに浄化出来そうだったけれど、無理してまた倒れたら困る。
「弱るほど吸ったのか? 軟弱だな」
「申し訳ありません……」
「仕方ないな」
エドガーは私と向かい合わせになって、そっと腰に手を回してきた。
そして私が声を出す前に、唇を重ねてきたのだ。
「んっ……! んん!?」
突然のことに抵抗しようとしたけれど、どんなに押してもエドガーはびくともしなかった。
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