額縁と花束

南風野さきは

額縁と花束

 曇天が降り落ちて地面をえぐっているような日だった。さほど過去を覚えさせない街並みが、霧と雨の境のような灰色にぼやけている。

 各地へと足を伸ばすのに便利な鉄道の駅を持っているこの街の日中は、ひとけがなく、静けさを友としているようだった。

 等間隔に置かれたベンチと、その間に根づいた街路樹。駅前にある広場から覗く教会の欠片が気になって、一緒に駅から街に入った同行者の、用事が済んだら見学に行こうという提案を断り、あなたの用事が済むまで眺めていると言い張った。そうであるならばと、レインコートと焼き菓子の袋を渡された。この時期は雨が多いから、もし本降りになったとしても、からだを冷やして風邪をひかないように、と。用事はすぐに終わらせてくるから、戻ってくるまでこの場所を動かないように、とも。

 レインコートを着て、ベンチに座った。建築物という年月の堆積を眺める。膝の上には焼き菓子の袋。


「こんなところに子どもがひとり」


 聞いたことのある声がした。聞いたことがあると、思いこんでいるのかもしれない音がした。仮にその声がまぼろしではなくて、本当に発した誰かがいるのだとしたら、その誰かはベンチに座っている僕と背を合わせるようにして立っているようだった。


「見放されたか」


 その問いかけは愉しむことだけを目的としていて、こたえをもとめてはいない。


「僕をここに連れてきてくれたひとは、この土地にゆかりがあるという角瓶のリキュールと花束を持って、誰かに会いに行った」

「取り入るのは、得意だったな」


 それは喉を鳴らす。居心地の悪さを隠すために、僕はレインコートのフードをかぶる。顔を呑んでくれるようにフードを深くひきさげる両手には、力がこもっていた。


「おまえをここに連れてきた者が会いに行ったのは、おそらく、額縁のなかの笑顔だろう。ここでは、いまはそういった時節だ。額縁におさめることに耐えきれず、なにものかにかたどらせ、その笑顔を存続させようとするなど、それこそ、微笑ましく滑稽だ」


 フードを握り締める手が白いのは、骨が浮くほどに力をこめてしまっているのは、そうしなければ震えてしまいそうになるのは、寒さのせいだけではない。


「待たせた」


 僕に雨具と焼き菓子を手渡してくれたひとの声がした。顔をあげると、その弾みで

焼き菓子の袋が膝から落ちかけたから、慌てて腰を浮かし、両手で掬いとる。しゃがみこむような格好になった僕は、周囲を見回しているおとなを見つけた。


「誰かいたのか」


 角瓶と花束を誰かのところへ置いてきた同行者はこたえをもとめてくる。僕は首を横にふる。


「本当か。困ったことはなかったか」


 同行者は疑わしげだ。


「帰りの便、決まっていましたよね。これ、あのお酒と似たかおりのお菓子だと、お

店の方がおすすめしてくれたじゃないですか。車窓の景色を楽しみながら、一緒に食

べましょう」


 満面の笑みをつくってみたはずなのだけれど、それに誤魔化されてはくれなかった

ようなのだけれど、それでも、同行者は頷いてくれた。

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額縁と花束 南風野さきは @sakihahaeno

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