お客さん、東京?

白川津 中々

◾️

「今日は適当に食べよ」


朝、妻にそんな事を言われたのを帰宅の途中に思い出した。「適当に食べよ」とは、「本日は忙しいから各々勝手に夕食をすませよう」という意味である。お互い仕事があるから三日ずつ交代で作り一日は外食か惣菜かなんて話をしていたがそれも絵に描いた餅。机上の空論で現実は語れず、結局二日に一度は「適当に食べよ」となるわけだった。気楽だし好きなものが食べられていいななどと思っていたがそれも最初だけ。コンビニ飯もスーパーの惣菜も飽きてしまってもう食べたくない。外食、出前などは値が張る。老後のための貯金はおろか日々の生活さえカツカツの……いや、カッツカツの状態であまり贅沢はできない。本当は簡単なものでも作りたいが仕事で気力を出し尽くした状態で料理をするなどしんどいが過ぎるため、「適当に食べよ」の日は空腹を満たすための喜びがない食事を胃に入れるのだった。妻は三食カップラでいけるタイプであるから気にしないようだが俺は雑魚飯、妥協飯に逃げたくなかった。だがわどうにかしないとと思いつつ結局どうにもならず、苦し紛れにブンブンにある高めの値段設定なレンチン食材を買うのだ。さもしい。



今日もブンブンのレンチンか。



そんな風に意気消沈のまま電車から出る。ビュウと吹く風が冷たい。あぁ早く帰ろう。



あ。



インスピレーション。昔、蕎麦を美味そうに食べるアニメを見た記憶が蘇る。主人公が追加で卵やら稲荷やら頼んで邪道を振る舞う中、すっと暖簾をくぐりやってくる男。頼んだのはネギなしのかけ。それに七味をふって手繰る姿はまさに粋でいなせなトレンディガイだった。


寒い中、あぁいう風に食べたいと常々思っていた。それが今日ではないか。あぁそうだ。今日なのだ。今日は立ち食い蕎麦屋だ。それに決まり。

閃きから即行動。向かいのホームにある立ち食い蕎麦屋へ向かう。階段ズダズダ上がり下がり。年甲斐もなく小走り息切れ。血流よくなり汗ばんでいたが関係あるか。辿り着いた俺は三百四十円を手にして食券を購入「ネギなしで」のコールが完璧に決まり雄々しく待機。大したものだと一連のスムーズな対応を自画自賛。



「お待たせいたしました。かけそばネギ抜きの方」



呼ばれる俺のオーダー。スピーディな対応が嬉しい。早速受け取り七味をかけてからカウンターに持ち去る。この独特なファストフード文化、庶民的でありながら気品を感じるのは俺だけではないだろう。蕎麦と同じ色をした丼など侘び寂びそのもの。真のクールジャパンが、この立ち食い蕎麦屋にあるのだ。さぁ、実食。食べるぞぉ!




「……」




一口入れて言葉を失う。まずい。


コシも何もあったもんじゃない麺。雑巾みたいな匂いがする出汁。七味は砂利みたいだし抜いたはずのねぎは丼底にインしていて気持ちはどん底。なんだこれ。馬鹿にしてんのか。返品したい。だが、頼んだ以上もはや手遅れ。味以外に瑕疵はみられないわけだから、返す道理がない。しかも他の客は黙々と食っているのだ。こんなものを、ありがたそうに!




俺は何故こんなものを食わねばならぬのだ。何故……




後悔に暮れ涙。俺は怨嗟を抱いたまま残飯に匹敵する食事を終わらせて帰宅した。既にリビングでくつろいでいた妻から何を食べてきたのと聞かれ、「思い出」と答えたら鼻で笑われた。踏んだり蹴ったりである。もう二度と、立ち食い蕎麦は食わない。

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