第3話 奇妙な依頼

 自宅から電車を使い20分の場所に俺が所属している配信グループ『レスキューライオン』略して『レスラ』がある事務所・ベリー株式会社がある。

 新宿歌舞伎町の一角にあるビル、矢上ビルの二階。


「チィッス」


 階段を登った先にある扉を開けて中に入る。


「あ、おはようございます! 遠藤さん!」


 青いメッシュの入った髪の事務員、フェイ・ユンユンがいつものように声をかける。


「おはようございま~す、フェイさん……またミニチュア増えてません?」


 彼女の机の上には電車の模型がたくさん置いてあり、黒い汽車や最新の新幹線のものまである。


「フッフ~! 新発売のものです~! 見てくださいこの重厚なフォルム!」


 そう言って真っ黒な汽車のミニチュアを手に取り、俺の眼前に近づける。

 古い映画の中でしか見たことがないものだが、かなり精巧に作られておりおもちゃとは思えない。まるで本物の汽車が宇宙人の技術でそのまま縮小されてしまったかのようだ。


「凄いでしょ‼ ね、ね⁉」


 本当にすごいと思う。

 が———、


「すんません……俺、鉄オタじゃないんで……」


 ———だから、何? というのが正直な気持ちだ。

 その気持ちが伝わらないように苦笑を浮かべていたが、やっぱり伝わってしまうものでフェイさんは頬を膨らませた。


「ぶ~……! ロマンがないですね、遠藤さんは。男の子なのに」

「男の子って、もう30歳ですよ?」

「男は何歳になっても男の子です! そうウチの父が言ってました」

「ハハ……」


 両手を合わせてキラキラ目を輝かせるフェイさん。

 フェイさんの父親は重度の鉄ヲタらしい。だから、俺より7歳も年下の女の子だというのに彼女も休日を駅での写真撮影に潰している。

 俺にはそこまでの情熱をかけられる趣味はない。

 だから少し羨ましい。


「そうですよぉ。男の子は何歳になっても男の子なんです。その気持ちを失っちゃあダメですよぉ」


 二メートルあるかと思うほどの巨体がぬっと目の前に現れる。


「あぁ、おはようございます。ジャックさん」

「おはようございます! 僕もいまだに情熱を捨てなかったからこそ、君たちに出会えたんですから!」


 黒い肌を持つ筋肉もりもりマッチョマンのテリー・ジャック係長はニッと歯を見せて笑った。

 アフリカ系アメリカ人で元ボディービルダーだったが、ファンタジー小説が大好きである冒険小説通りの体験がこの日本でできると知り、飛んできた人だ。

 だからやたらとアクティブだし気さくで、


「コーヒー、机の上に置いておきましたよ」

「ああ……ありがとうございます」


 優しい。

 エプロンをかけてお盆をわきに抱えて俺のデスクを手で指し示す。

 いつもそれぞれの出勤時間をちゃんとチェックして、部下の出勤前にアツアツのコーヒーを机の上に置いておく。

 あまりにも親切すぎるので「そんなことしなくてもいいですよ」と何度も言ったのだが、「人に親切をして、損することはないんですよ」と笑顔で答えるばかりだった。

 まぁ、確かにそうかもしれない。

 おかげでことあるごとにジャック係長にはこっちも親切にしようと思うようになっているのだから。


「ところで、ゲストルームに依頼人が来ていますよ」


 昨日の遭難者リストをチェックしようとパソコンを開いた瞬間、ジャック係長が廊下側にある扉を見ながらそう言った。


「直接ですか?」

「ええ」

「緊急かな?」

「さあ、既にメルディさんが出勤していますので対応していますよ」

「ああ……じゃあ俺もすぐに向わなきゃかな……」

「お願いします。ああそれとタイムカードしっかりおしといてくださいね。昨日も退勤のタイムカード、おしてませんでしたよ」

「あ、すんません」


 釘を刺すジャック係長に謝りながら、ゲストルームの正面にある壁の機械にタイムカードを押して、ゲストルームの扉を開けた。


「あ、センパイ。今、出勤ですか? ギリギリですよ!」


 俺の顔を見るなり、メイディ・キャスターはジト目を向ける。


「うるせ。その前におはようございますだろ。社会人として」

「社会人として5分前行動を心掛けた方がいいと思いますけどね!」

「そんなことよりも……依頼人から話は、もう……聞いた?」


 メイディの正面に座っているツインテールの緑髪の少女を見る。

 彼女が依頼人だろう……どっかで見たことがあるような……。


「あ、はい」とメルディが返事をする。

「そうなんだ……」と顎を撫でる俺の興味は既に、依頼内容より依頼人自身に映っていた。

 この子……やっぱりどこかで……。

 あ……!


「もしかして君って、アイドルのMJA24のメンバーの子だよね? 昨日テレビに出てなかった?」

「ちょっと、センパイ!」

「確か名前は……緑川ワカバ!」

「センパイ! 失礼ですよ!」


 ドスッと思いっきりわき腹を手刀で小突かれた。

 メルディの非力な力でやられても痛くもなんともないが、彼女の言葉はもっともだ。

 反省しなければならない。


「あ、すんません……有名配信者には何人も会うんですけど、有名芸能人っていうのは初めてで……ああいつも放送見てます。お仕事頑張ってください」

「い、いえ……! そんな、ありがとうございます。応援していただいて……!」


 緑川ワカバさんはぺこ~っと頭を下げる。

 こんな人……だったのか。

 もっと生意気な人間だと思っていた。十二歳からアイドルとしてデビューしていて、今年で活動五周年だ。

 十七歳になっても、やっぱり小学生時代からのキャラの印象が強くてテレビでは大人を舐めきったような態度を見せるけど……あれは演技ってことかな?


「あぁ……で、緑川さん。二度手間になっちゃうんですけど、依頼内容を聞いていいかな? 俺たちは主にダンジョンで死んだ人間、もしくははぐれた行方不明者を救出するって仕事をやってるんだけど……ウチに依頼しに来るってことは、ダンジョン配信外で死んじゃった友達でもいたの?」


 基本的に『レスキューライオン』に来る依頼というのは、ダンジョン配信者が配信中に死亡し、それを確認した『DanTube』運営本部からリストが送られてくる。それを元に〝今日の要救助者を助ける企画〟というものを立ててダンジョン配信をするのだが、わざわざ直接依頼しに来ると言うことはリストに上がらない、配信外のミスで死んでしまったか、機材トラブルで連絡が取れずに遭難してしまったケース、どちらかであることが多い。

 彼女もそうなのかと、事前に依頼を確認しているメイディに目線を送ると何やら困ったような表情を浮かべている。

 違うのか……?


「あの———依頼というのは、ですね……」


 緑川ワカバは真剣な表情で俺を見つめ、口を開く。


「私をダンジョンの地下108層に———置き去りにして行ってほしいんです」


「はい?」


 耳を疑い聞き返す。


「だから私を置き去りにして、死んだとしても助けないでほしいんです———」

 

 俺の目を真っすぐ見据えながら、そう言った。

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ダンジョン配信者を助ける配信やってます。~ウチの箱のメンバーはやることは地味だけど強いです~ あおき りゅうま @hardness10

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