第2話 ハル・エンド―の朝は早い
ダンジョンというものがこの世に出現し、ダンジョン探索によって得たものによって発展した日本。
多くの人間はダンジョンに次々と突入し、地上では手に入らない物を見つけ、それを高値で売り払い大儲けをしていた。
中でも魔法鉱石は魔法エネルギーを生み出す燃料となり、日本が抱えていたエネルギー問題を解決する、その一手となり、魔法石を大量に採掘した人間はもれなく大金持ちになった。
やがて、ダンジョン財産保有禁止法というモノができる。
ダンジョン内の燃料鉱石や異世界財産を一人の人間が独占できないようにする制度だ。
それと同時に———ダンジョン配信義務という制度が生まれた。
ダンジョン財産保有禁止法がちゃんと守られているかチェックするため、ダンジョン探索を配信で全世界の人間が視聴できるようにしなければならないという制度だ。
これに関しては多くの反発があったが、大型オンライン配信プラットフォーム『DanTube』は配信画面に企業の広告を表示することができる。それにより配信者に広告収入を与えることができるのだ。
———ダンジョンから得たものは必ず政府に提出しなくてはならない。
———替わりに一定の再生数を稼げる配信者にはスポンサーが付き収益が得られる。
それが現在のダンジョン配信の図式で———多くの夢見る者がダンジョンへと突入していく土壌を作っている。
その裏を俺達が支えているとも知らずに———。
◆
「ふわぁ~……」
遠藤ハルの朝は早い。
ビルの隙間から零れる朝日をガラス越しに浴びる。
東京、新宿区・高田馬場のマンションの一階。日当たりの悪い部屋だが家賃がそこそこ安く、壁の防音機能も高いのでそこそこ満足している。
「おはよ~、ハル」
背中に声をかけられる。
眠そうな目をこする緑のパジャマを着たセミロングの女。
「おはよう。リョーコ」
「ランニング?」
俺がジャージ姿なのに気が付き、腕を組んでトロンとした目で壁にもたれかかる。
「ああ、ダンジョンに常に潜る身としては体は常に鍛えておかないといけないからな」
「そうだよね。30も超えてるんだから、油断するとすぐにお腹出ちゃうよ~」
「うるせ。お前だってもうすぐだぞ」
「あたしまだ28だも~ん」
くるりと背を向け廊下の奥へと向かっていくリョーコ。
「そっちは今日仕事か?」
「そ。だけど私の会社始まるの遅いから……二度寝する~」
ひらひらと手を振って、寝室に戻っていくリョーコ。
「ああ、頑張ってこいよ」
「あんたが、ね」
寝室に入る直前に、リョーコは立ち止まり、手でピストルの形を作り俺に向けた。
「絶対に死んじゃヤダよ」
そして「バ~ン」と言って俺の胸を撃つ振りをする。
「安心しろって。ダンジョン内で死んでも、蘇生魔法でいつか誰かが助けてくれるから」
「ばぁ~か、そういう問題じゃないっての」
呆れたように言って、寝室に入りバタンと扉を閉じる。
俺はジャージのジッパーを締めて、玄関へと向かう。
「好きな人が死ぬのなんて、一回でもイヤに決まってんじゃん……」
扉越しにそんな愚痴が聴こえてきた。
◆
俺の家の近くに戸山公園という大きな公園がある。
ランニング用の道路もあり、子供が遊べる遊具もあり、体育館のような巨大施設もあり、結構な敷地面積を誇っている場所で何でも昔は陸軍士官の養成学校があった場所らしい。
今では俺のジョギングコースだ。
「ハッ……! ハッ……! ハッ……!」
一定のペースで息を吐きながら、焦らないように一定のペースで足を動かす。
「は~い! 下がってくださぁ~い! はい、そこ焦らない!」
遠くから大きな男性の声が聞こえる。
「いいだろ! 速くダンジョン入らせろよ!」
群衆が見える。
戸山公園の西にある小高い丘。そこに小さな洞窟の入り口のような穴がある。
その前にはロープが引かれており、何人もの鎧を着た集団が集まっている。
その彼らは今か今かと青い制服を着た警察官がロープを取っ払うのを待っている。
「おはよ! ハルちゃん!」
「あ、田中のおばちゃん!」
正面から肩にタオルをかけたジョギングウェアのふくよかな壮年の女性が声をかけて来る。
ラーメン屋を亭主と一緒にやっている、ここいらの人間に顔が利く気のいいおばちゃんだ。
ランニングの時間が被っているので、よくここで会う。
「大変だね~、昨日の放送見てたよ。頑張ってたね」
「ハハ……おばちゃん。放送じゃなくて配信だよ」
「? 何が違うんだい?」
「ネットを使うか電波を使うかで……まぁいいや」
あんまり俺もそこら辺の違いが判っているわけじゃないし、テレビ放送とネット配信なんて言葉が違うだけで似たような物だろと言われれば、そうと納得してしまうし。
「そんなことよりも……嫌でしょう? アレ」
田中のおばちゃんは、ダンジョン前に集まる集団を指さす。
「探索者って言うんでしょ? あの中で馬鹿やった奴を助ける配信でしょ? ハルちゃんの配信って……大変だねぇ……みんなダンジョンなんか潜んなきゃいいのに……」
そんなことを言うが、俺は苦笑してしまう。
「ハハ……いいことですよ。元気があるのは」
「確かに若い子は元気がある方がいいけどさぁ……いつもあんたが尻拭いをしてるんじゃない」
「ハハ……」
なんと言ったらいいか……少し考えこみ、
「田中のおばちゃん。俺は馬鹿をやらかした奴の尻拭いをしているわけじゃないんです。ミスしたヤツのフォローをしているんですよ。ミスっつーのはどんな人間でもやっちゃうでしょ? 俺は頑張ってる奴を———そういうふうに支えているだけなんです」
心から思っている言葉を、整理して伝えた。
するとおばちゃんは———、
「ンマッ! 立派だねぇ! 本当、あんたみたいないい男にで会えて嬉しいよ!」
そう言って小突いてくる。
「アハハ……おばちゃん、ちょっと痛い……」
「あれま」
力加減が強すぎて、少しわき腹が痛かった。
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