第1話 0.2割の好奇心

 4月25日。春だ。


 さほど暖かくない空気に触れながら歩いて学校に向かう。通学の途中で見える草や花はない。あるのは同じ高校に通う生徒と......



 0.2割の好奇心だけだ。




 早く着いたところで何もすることはないが、ついつい早めについてしまう。中学生の時の癖だ。ここからまた退屈な3年間が始まるのかと思うと憂鬱な気持ちになる。憂鬱というよりかは恐怖だろうか。

 気の合うやつと友達になって、特に変化なくそいつらと3年間過ごして学校生活は終わり。何も起こらない、退屈な日々。


 もちろん自分で何も行動を起こさなかったわけではない。中2の12月にこの退屈な日々に嫌気がさしてギターを始めた。だけどそれも長続きはしなく、今も大してうまくない。だがこの高校生活にまったく興味がないわけではない。ほんのすこしなら興味はある。


 なぜなら今みたいな状態は初めてだからだ。


 目の前に女子がいる。いや、これ自体は普通のことなのだが、ギターケースを持ってなんだかそわそわしている。


「ん?どうしたの?」


 その女子を見ていると話しかけてきた。まっすぐな瞳をこちらに向けてくる。髪はショートでうっすら茶色がかっていおり、身長は俺より少し低い......170cm弱ぐらいか。


「おーい、聞いてるー?」

「あっ、ごめん......」


 こういうとき、なんて返すのが正解なんだろうか。地元の中学は男子と女子がそれぞれ別の校舎に分かれていたから、女子とまともに話すのは小学校以来か。

 まあ、とりあえず思ったことを普通に質問すればいいか。


「あのさ、なんで学校にギター持ってきてるの?」

「あーそういうことね!実は私、高校入ったらギター仲間見つけて一緒に文化祭のステージに立とうと思ってるの!君もここの文化祭すごいこと知ってるでしょ?」

「それは...まぁ、知ってるけど......」


 確かにそれは知っている。ここの高校は文化祭にかなり力を入れている。1週間前から授業は午前だけになり、前日とその前の日は午前の授業もなくなる。

 だが、逆を言えばそのぐらい本気ってことだ。半端な演技では舞台に立てないし、バンドを組むのなら技術面はもちろん、それなりのやる気も必要になってくる。

 文化祭までは今から2ヶ月と少しあるが、オーディションなんかもやるから本格的に練習ができる時間は1ヶ月半もないだろう。そんな中で今からメンバーを集めるとなると、とてもじゃないができないと思う。


 そんなことを考えながらその場に立ち尽くしていると、


「そういえば君は?何かやってないの?」

「えっ?俺?」

「そうだよ、君以外に誰がいるの?」

「俺は...一応ギターを...」

「ほんと?ギター始めてどのぐらい?」

「1年とちょっとかな...」

「そうなんだ!じゃあ大抵の曲は弾ける感じ?」

「いやいや、そんなわけないよ、1年って言っても全く弾かなかった時期もあるし」

「あっ...そうなんだ、でも持ち曲みたいなのはあるでしょ?1曲弾いてみてよ!」

「...............」


 返す言葉が何もなかった。

 そもそも俺はギターを全然弾けない。途中で飽きてやらなかった時期もあるし。やってた時期も1日5時間とか弾いていたわけではない。それと、今こいつなんて言った?大抵の曲は弾けるだと?そんなわけ無いだろ。1年間真面目にやっててもそうはならない。もしかしてこいつギター持ってるだけで弾いたことないのか?


 そんなわけ......あるかもしれない。


 こいつの発言から考えられることは2つ。1つはこいつが超絶ギターの才能があって1年弾いた頃には大抵の曲は耳コピできるぐらいの実力が備わったということ。

 もう一つは俺がさっき思った通りこいつがギターを舐めているということ。根拠は薄いがおそらく後者だろう。そもそもギターがそんなに弾けて本当にステージに立つ気があるんだったら、もうメンバーを集めているだろう。中途半端な思いだったらこの文化祭には出られない。

 聞いた話だが、少し名の知れたバンドとかが見に来るレベルらしい。だが前者の可能性もゼロではない。こいつが中学の時に周りと全く話さず、ただ黙々とギターを弾いているとかなら別だ。だがその可能性は.........


「大丈夫?なんか固まってるけど......私、聞いちゃいけないこと聞いちゃった?」

「っ!ご、ごめん」


 またやってしまった。中学の時からの癖だ。大してどうでもいいことを真剣に考えてしまう。この癖も早く直さないとな。............聞いてみた方が早いか。


「君はギターを弾き始めてどの...」

「弾いたことないよ!」


 こいつ食い気味で答えてきやがった。やっぱりそうだ。1年でそんなにうまくなれるわけがない。


「だって文化祭まであと2か月ぐらいあるでしょ?それまでに弾けば余裕じゃん」

「おいおい、ギターをあんまり舐めるなよ?そんな2、3か月で弾けるわけない!これだけは断言できる」


 やってしまった。つい腹が立って言ってしまった。高校生活のスタートで一番最悪なスタートを切ってしまった。今からでも謝るべきだろうか。だが今の俺の気持ちは怒りが5割、不安が3割、好奇心が2割だ。


「でもそれは君だからでしょ?私は大丈夫だから」


 この発言で俺の中の何かが切れた音がした。


「......」

「ん?さっきからどうしたの?具合でも悪い?」


 いい加減我慢できない。


「おい!えっと......」


 俺は筆箱に書かれていた名前を見た。


「おい!松下月凪まつしたるな!俺が1週間本気でギターを練習する、もちろんお前もだ。それでどちらが上手く弾けるか勝負だ!お前はギターを舐め過ぎだ!格のを違いを見せてやる!」

「............」

「あ、ごめん...少し言い過ぎた。だが、ギターって言うのはな...」

「......ろそう。」

「ん?」

「おもしろそう!!!」


 目をキラキラと輝かせてこっちを見てくる。まるで始めて「かっこいい」という言葉を知った子供のような目だ。心配した俺がばかばかしい。


「じゃあ、来週のこの時間、この場所で発表ね!」

「お、おう!」

「よ~し、この一週間頑張るぞー!よろしくね、えっと...名前、なんだっけ?」




村井奏真むらいそうまだ」




 こうして俺の高校生活はなんとか始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ルックバックパスト!!! 秋氷柱 @akiturara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ