恋する月

クロノヒョウ

第1話



 月の欠片を拾った夜のこと。


 落ちていた月の欠片を手に取ったボクはあまりの美しさに息を飲んだ。


 そしてそれを誰にも渡したくないと思ったボクは欠片を自分の胸に押し込んだ。


 ボクの胸の中で欠片はどんどん大きくなった。


 ボクの胸も頭も体も、ボクの全ては月の欠片でいっぱいになった。


 その時強い風が吹いてボクの体は空高く舞い上がった。


 ボクは風に乗って高く高く上昇した。


 気が付くとボクは丸くなって宇宙の一部になっていた。


 ここからは地球がよく見えた。


 地球からもボクが見えているようだった。


「月が戻ってきたのね」

「やっぱり月は綺麗だな」

「今までどこに行っていたんだろう」


 なんて声も聴こえてくる。


 ああ、そうだ思い出した。


 ある日突然月が消えたんだ。


 みんなは驚いていた。


 宇宙で何があったのか。


 月が消滅した?


 破壊された?


 そんな話題でもちきりだったっけ。


 ボクも夜になると空を眺めていた。


 本当に月はどうしちゃったのだろうって。


 心配したよ。


 もうあの綺麗な月が見れなくなるのかと思うと悲しかった。


 ボクが変わりに月になってあげるのに。


 そう思っていた時だったよね。


 月の欠片を拾ったのは。


「君に頼んでいいかい?」


「えっ?」


 ボクの胸の中から声が聴こえた。


「もしかしてお月様?」


「うん」


「ねえ、月はどうしちゃったの? 何があったの?」


 ボクはボクの中の月に聞いた。


「ここからは地球がよく見えるだろ?」


「うん、よく見える」


「地球を眺めていたら恋をしてしまったんだ」


「恋?」


「そう。毎晩僕のことを見つめてくれる美しい女性に恋をしてしまった」


「そうか……」


「僕はどうしても彼女に会いたくなって、彼女とお話してみたくなって」


「それで居なくなっちゃったの?」


「違うよ。そう願っていたら僕の体が地球に引き寄せられたんだ。そして僕は人間になっていた」


「人間に?」


「うん。だから僕は残っていた月の欠片を落とした。僕の変わりに月になってくれる人が見つけてくれるようにね」


「それをボクが拾ったんだね」


「そうだよ。だから、君に頼めるかい?」


「わかった。ボクがここで月になるよ」


「助かるよ。ありがとう……」


 ボクの中の月はそれっきり居なくなってしまったようだった。


 月になったボクは寝転がって両肘をついた。


 夜はたくさんの人に見られちゃうけど、昼間は誰も見ていないから自由なんだよ。


 みんなのお話も聴けるから楽しいし寂しくもないよ。


「おーい」


「ん?」


 月になってしばらく経った頃ボクを呼ぶ声がした。


 見ると若い男の人と女の人がボクに向かって手を振っていた。


「あ! あれはもしかすると……お月様?」


 人間になった月は女の人と寄り添っていてとても幸せそうだった。


「ありがとう!」


 お礼を言う笑顔のお月様に向かってボクは精一杯丸くなって輝いて見せた。


 二人は喜んでくれた。


 いいなぁ。


 ボクもいつか恋をしてあんな風に愛する誰かと月を眺めていたいな。


 そうしたらまた月が突然消えてみんなびっくりするんだろうな。


「あはは」


 そんなことを想像しながらボクは今日も宇宙で静かに地球の様子を眺めていた。



           完





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恋する月 クロノヒョウ @kurono-hyo

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