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新次郎があかねの茶屋に着き、商売道具を奥から出しながら、ふと軒先を見ると、「いづみや」と屋号が墨書された四角い板看板の横に七、八個ほどの根付けが、風に揺れて、カチカチと音を立てていた。


そう、この茶屋は「いづみや」という名前なのだが、誰もその名では呼ばず、「あかねちゃんの茶屋」とか、単に「茶店」で通っていた。


その軒下に、吊るされている根付。

動物や七福神などを型取ったものが普通なのだが、その中に二つだけ、将棋の駒の形をしたものがあった。

駒の中央に、「馬」の字を反転させた、いわゆる「逆さ馬」が彫ってある。

縁起が良いと、動物などよりこちらの方が売れ行きが良い。


実はこれ、あかねの父親の吉蔵から要領を教わった、新次郎の作品なのであった。

他の動物や七福神は、吉蔵の作だ。

新次郎はのんびりした性格の割に、細かい手作業も得意なようであった。


あかねは、父親の根付より新次郎のものの方が売れ行きが良いことを吉蔵には黙っていた。気を悪くするのは、目に見えていたからだ。

新次郎の根付の売り上げは、「店先使用料」として、いづみやの主人に渡されたので、主人の機嫌は良くなるし、新次郎も胸を張って商売出来るという、一石二鳥であった。


新次郎が将棋商いを始めるとすぐに、背後の永代橋の上から、読売屋のかん高い声が響いてきた。


「さあさあ、またも出たよ、深夜の辻斬りだ!! られたのは、今度もお武家。しかも武州の甲源一刀流の師範と来た!! 詳しくは、この読売に全部載ってるよ!!」



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将棋サムライ~江戸の青空~ コーシロー @koshirou

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