第6話 凪いだ草原

外の喧騒で目が覚めた。


いつの間にか寝ていたようだ。

重く沈んだ足を引きずり、

玄関から外に出てみる。


空を見上げ風を感じ、

思いっきり空気を吸った。


頭のなかに渦巻いていた重い気持ちが、

いくぶん楽になった気がする。


一息ついてから、氷凪のケータイを解約するため、

近所のケータイショップに向かった。


日曜日ということで、店はそれなりに混んでいた。

整理券をもらい、しばらく待つ。


店内には、

順番を待っている客でごった返している。


若い夫婦、幼い子供。


俺も氷凪といつか結婚して、

あんな風に家族として暮らせるんだろうか。


そんなことを、ぼんやりと考えていた。


ふと、リンフォンを買ったあの店が頭をよぎる。

店内の喧騒が、遠くに消えた。


リンフォンを買ってから

氷凪が、どんどんおかしくなってしまった。


あの店主に問い詰めたほうがいいんだろうか。

俺は見逃さなかった。


リンフォンを目にし、目を見開き、戸惑っていた。

あの挙動、明らかにおかしかった。


また、あの店に行かなければ。

あの店がまだあれば、だが。


ようやく受付番号を呼ばれ、

若い男性の店員に事情を話す。


委任状や本人確認書、氷凪の免許証などを提出し、

代理人として手続きを終えた。


これで、氷凪のケータイの件は片付いた。

謎の着信に悩まされることは無くなるだろう。


とりあえず、一息つこう。


近くの公園のベンチに座り、

自販機で買ったコーヒーを飲む。


久しぶりに、静かな時間が流れた。




唐突に、ポケットの中のケータイが鳴る。


氷凪からだった。


慌てて出ると、

今から退院して部屋に帰るとのこと。


医者からは、

三日ほど検査入院を勧められたが断ったらしい。


俺は車を飛ばし、病院に向かった。


病室の中は慌ただしかった。

氷凪は荷物をまとめ、着替えも終わっている。


看護師から向けられる、

不信感をもった眼差しが辛い。


一階の受付で手続きを済ませると、

そのまま車に乗り、氷凪の部屋まで戻った。




部屋の中では、何を話したらいいか分からなかった。

多分、氷凪もだったんだと思う。



俺はケータイを眺め、氷凪は雑誌を読んでいた。

しばらく、無言の時間が流れた。


「ねえ、これ見て」


唐突に、見開いた雑誌を俺に差し出す。


毎月愛読している雑誌、

その占いのページだった。


「このページを担当してる

『猫おばさん』ってひとがいるんだけど、

すごく良く当たる占い師なの」


「毎月、この占いを楽しみにしてるんだ。

ねえ、この人の店に行ってみない? 」


一瞬、何を言っているのか信じられなかったが、

ふざけている雰囲気ではなかった。


俺は、あの骨董品店か、

それかいっそ寺か神社に駆け込もうと思っていたが、

とりあえず、氷凪の気持ちを優先することにした。


「猫おばさん」は、自宅に何匹も猫を飼っていて、

本来は自宅で占いをするのだそうだ。


その占いはかなり当たるらしく、

業界ではちょっとした有名人らしい。


雑誌を受け取ると、

猫おばさんの連絡先を調べる。


ケータイで連絡を取ると、

「明日の昼なら開いている」

とのことだった。


氷凪は喜んでいた。

ただ、その顔は覇気がなく、

無理をしているのが俺でも分かった。

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