リンフォン

密室

第1話 暗き門

俺は昔から、言葉を組み替えて別の単語を作る、

アナグラムが好きだった。

「ビール」と「ルビー」とか、

「ドラゴン」と「ゴンドラ」とかがアナグラムだ。


やってる本人は楽しいのだが、

よく彼女の前で披露しては、うざがられていた。



先日、アンティークな小物が好きな彼女と一緒に、

いくつか骨董品店を回ったときのことだ。


俺は、氷凪という彼女と付き合っている。


氷凪は、入手したアンティーク小物や

お気に入りのスイーツの紹介記事を、

ブログに投稿するのを趣味としていた。


俺は俺で、古いゲームや古着などが好きなので、

よく一緒に店をまわってはお宝グッズを集めていた。


買うものは違っても、

そのような物が売ってる店は同じなので、

休日は予定を合わせ、

ふたり楽しんで様々な店を巡ることが多かった。


その日も、俺の車でいくつかお店をまわり、

お互い掘り出し物を買うことができたんだ。


帰り道の途中には、〇〇の森公園がある。


三十分ほどで一周できるほどの広さがあり、

遊歩道や小さな池が特徴の、

地方都市にはよくある公園だった。


運転席から、

サイドウィンドウ越しに広がる公園を横目で見る。



すると、公園沿いに立つ、

一軒の骨董品店が目に付いた。


公園の木々に、

半分埋もれるようにして立っている。


あんな店、今まであったかな。

この道は何度か通ったことがあるが、

今までまったく気づかなかった。


氷凪も知らなかったようで、

ちょっと寄ってみることにした。

店の横の駐車スペースに車を止める。


いい感じに寂れているが、

はたして営業しているのか不安になる。


店に近づくと、窓から明かりが見えた。

良かった、営業している。

俺と氷凪は、安心して店の扉を開けた。


初めて入る骨董品店は、

理由もなくテンションが上がる。


「こういう店に『夕闇通り探検隊』なんかが

眠ってたりするんだよね」


熱く語ると氷凪から、

かなり冷めた視線をプレゼントされた。


とりあえず、ぐるっと店内を回ってみる。


店内は薄暗く、

大量の古本に埋め尽くされていた。


その隙間を埋めるように、古いツボやら掛け軸やら、

よく分からない雑貨が詰め込まれたカゴなどが置いてある。


残念ながら氷凪が好きそうな小物や古着、

そして俺が目当てだったレアなゲームソフトなどは

見当たらなかった。



俺が、「もう出ようか」と言いかけた時

「あっ・・・」

唐突に氷凪が声を上げた。


何か見つけたのかと俺が視線を向けると、

古いシダ編み籠の前に氷凪が立っていた。


「これ、すごい」


目を輝かした氷凪は、

なにやら手に古いパズルを持っていた。


それは、籠の一番底に詰め込まれていた、

ソフトボールくらいの大きさの、

正二十面体のパズルだった。


色は全体的に黒っぽく、

いくつかの面にはアルファベットとも違う、

なにやら不思議な文字が描かれてあった。


今思えば、なぜ籠の一番底にあり、

外からは見えないはずの物が、

氷凪に見えたんだろう。


不思議な出来事は、

既にここから始まっていたのかもしれない。


「何これ? 有名なものなの? 」

「分かんないけど、なんかステキ。

このパズル、買っちゃおうかな」


アンティークモノはよく分からないけど、

雰囲気はいいと思う。


インテリア小物としては悪くない。

俺は「安かったら買っちゃえば」と言った。


氷凪がパズルを手に持って、レジに行く。


レジでは、丸メガネをかけた白髪頭の店主が、

古本を読みながら座っていた。


「すいません、これおいくらですか? 」


店主は古本から目線を上げ、

レジのある机に置かれたパズルを見る。


そのとき、俺は見逃さなかった。


店主が目を見開き、一瞬固まる。

そして数秒後、元の表情に戻ったんだ。


「あ、あぁ、これね。

えーっと、いくらだったかな。

ちょ、ちょっと待っててくれる? 」


そう言うと店主は、

奥の部屋に入っていった。


姿は見えないが、かすかに奥さんらしき人と、

何か言い争っているのが聞こえる。


やがて、店主が戻ってくると、

一枚の黄ばんだ紙切れを机の上に置いた。


「それは、いわゆる玩具の1つでね。

リンフォンって名前なんだ。

この説明書に詳しい事が書いてあるんだけど・・・」


店主がそう言って、

持ってきた紙をこちらに向ける。


紙の上部には、

掠れた文字で「RINFONE」と書いており、

隣に正二十面体が描かれていた。


その下に、三つの動物の絵が見える。


多分、リンフォンが

「熊」→「鷹」→「魚」

と変形する経緯を絵で説明していたんだと思う。


「 Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate 」

紙の下側には、わけの分からない言語が書かれてあった。


たしかラテン語だったかイタリア語だったかと、

店主が言っていたと思う。

文字の意味は、分からないらしい。


「この紙に書いてあるとおり、

色んな動物に形が変わるんだよ。

まず、リンフォンを両手で包み込んで、

おにぎりを握るように捻ってごらん」


氷凪は言われるがままに、

リンフォンを両手で包み、そっと捻る。


すると、「カチッ」と言う音がして、

一つの面が盛り上がったんだ。


「あ、形が変わった」


「その出っ張りを回したり、押したりしてごらん」


店主に言われるとおりにすると、

今度は別の一面が引っ込んだ。


「すごい! パズルみたいなものなんですね」


氷凪はリンフォンに興味深々だった。

隣で見ていた俺でさえ、目が釘付けになったほどだ。


しばらくリンフォンをいじっていた氷凪が、

おそるおそる値段を聞く。


「それねぇ、結構古いものなんだよね。

でも、私も置いてあることすら忘れてた物だし・・・」


店主が、何もない空間を見つめる。


「よし、特別に六千円でどうだろう?

貴重なものだから、好きな人は十万円でも買うと思うよ」


氷凪は即決し、

千円札を六枚、財布から取り出した。




次の日は月曜日、お互い仕事がある。

その後は一緒にファミリーレストランで夕飯を食べ、

解散となった。


寝る前に彼女のブログを覗いてみると、

さっそくリンフォンの画像がアップされていた。


そのリンフォンからは、熊の頭部のようなものが

飛び出しているのが見える。

ハマっているなと笑い、いいねをしておいた。

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