第3話 貪食者の洞窟

氷凪は毎日、自分のブログに新しく買ったアンティーク小物、

お気に入りのスイーツの画像なんかを投稿している。


毎日といっても一件程度だし、

スイーツは仕事帰りにコンビニで買った、

お菓子やらプリン程度のものだ。


仕事の昼休みにブログを覗くと、

昨日はロールケーキの画像を投稿していた。


ショートケーキ風なのか、上にクリームが乗っている。

とりあえず、いいねを押しておく。


夕方、また画像を投稿していた。

今度はポテトチップス、大きな袋の方だ。


簡単な食レポと、

次に食べたいもののコメントが添えられていた。


二つも投稿があるのか、珍しい。

あいつ、今日は仕事を休んだのかな。

とりあえず、いいねを押しておく。


仕事の帰り道、ケータイを覗く。

今度は、ブログにリンフォンの

画像が投稿されていた。


お、鷹ができたんだな。

そう思い、画像を拡大してみる。


太く曲がったクチバシ、扇状に広がった尾。

羽を広げ、今にも飛んでいきそうな鷹がそこにいた。

素人の俺から見ても精巧な造りだった。


「ブログ見たよ、ホントに鷹みたいだね。

後は魚だっけ、でも夢中になりすぎるなよ、

今日は会社休んだろ」

メールを送ると、すぐに返信がきた。


「なんか疲れちゃって、ずる休みしちゃった。

明日はちゃんと行くよ。

なんかお腹すいちゃったからコンビニ行ってくる」


そのときは、とくに大事ではないかと思い、

気にしないで帰ることにした。




自宅の駐車場に車を止める。

車から降りる前に、

どこか胸騒ぎを感じた俺は、またケータイを覗いた。


ブログには、新着の記事が五件もあった。


プリン、パスタ、うどん、お弁当・・・。

異常な量の食べ物の画像をアップしている。


これ、全部食ったのかよ。

さすがにおかしい。


慌てて登録してある番号に電話した。

数コール鳴ったあと、氷凪が出る。


大丈夫かと聞こうとしたが、声が出せなかった。

電話の向こうで、氷凪が泣いていた。


「やめれないの。

食べても食べてもお腹がすいて、

食べるのをやめられないんだよ」


どうやら朝から、

食べて吐いてを繰り返していたらしい。


そんな状態でブログに投稿していたのは、

何もなかった頃の日常に、

すがりつきたいための行動なんだろうか。


よく聞くと、声が枯れている。

吐きすぎて胃液で喉がやられているのかもしれない。


「それじゃあ、

これからリンフォンの続きをやらないと」


氷凪が電話を切ろうとする。


「ちょっと待って」

自分でも驚くくらい大きな声を出してしまった。

しばらく沈黙が流れる。


俺は大きく息を吸って、

気持ちを落ちつかせる。


「ちょっと待ってろ、今いくから」

車のエンジンをかけた。


少しの沈黙のあと、氷凪が喋る。


「ユウくん、明日は出張でしょ、

出張が終わったら、うちに来てよ。

私は大丈夫だから、今日は早く寝て」


大丈夫な訳なかった。

ただ情けないことに、

俺は何をしたらいいか分からなかった。


車を飛ばして彼女の部屋に行って、

それで、なんて声をかけてやったらいい。


「・・・わかった」

情けないのは分かっていたが、

俺は車のエンジンを切った。

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