第4章 雪の王子(第7話)


《第7話》


私はいつも綺麗なドレスを身につけて、

5人の王子と一緒に大きなお城に住んでいた。

王子達は皆、私の事が大好きで

全てを受け入れてくれる。

赤ん坊のように甘やかされ、恋人のように愛してくれる。


ここでは嫌な事は起こらない、嫌いな人間もいない。

私と王子以外の生物に自我はなくて、

この世界そのものが私の延長だった。

王子も、お城も、空も全てが私で、けれどその私は現実の醜い自分じゃない。

理想の私だ。


それこそが永遠の幸福。


そうやって幸せな毎日を過ごして、腐り落ちていく。

少しずつ迫る暗闇から目を背けて腐敗していく。


そしていつの間にかこんな所まで来てしまった。



階段を降りる音。

無機質で規則的な音。


私と王子はひたすら下へと降りていた。

話す事も特にない。

王子は氷のように美しいけれど、

何を考えているか分からなくて不気味だ。

手は死人のように冷たく、表情もあまり変わらない。


「ひまりさん、僕疲れたよ。

少し休みたい。」


半分くらい降りた所で、王子はとろんとした眠そうな瞳で私を見つめる。

あの時と同じ縋るような視線。

助けを求める時だけは可愛げのある表情になるようだ。


「分かったよ、休憩しようか。」


私達は手を繋いだまま、椅子に腰掛ける。


「ずっと気になってたんだけど、その鏡は何?」


そう言って王子は、彼を探す途中で手に入れた鏡を指差す。


「これは途中の階で拾ったんだ。

不思議と私だけ鏡に映らなくて。

……あれ?」


鏡を覗き込んで気付く。

私だけじゃなく王子も映っていない。


「王子もいないね。

もしかして生き物は映らないのかな。」


私の問いかけに返答する事なく、王子は黙ったままだ。

彼はしばらく下を向き

それから少しして、とても小さな声で呟いた。


「きっと見たくないものは映さないんだよ。」


見たくないもの?

私の姿が映らないだけならまだ分かる。

けれど王子が映らないのは変だ。

だって彼はこの世界にとって必要なもの。


でも、“必要”と“見たくない”が同時に

成り立つなら。


鏡には部屋の風景だけが映る。

それは私の心のように殺風景だ。


もしかして本心では

王子さえも見たくないのだろうか。

本当は王子も、私を傷付け否定する存在なのだと気付いてしまったから。


だとしたら、私はどこに逃げれば良いの?

頭の中にさえ、心の中にさえ安寧がないのなら

私は一体どこに…。


「ねぇ、ひまりさん…鏡が…。」


王子の声でハッと気がついた。

いつの間にか手に持っている鏡がブルブルと震えている。

私の手を握る王子の手にぎゅっと力がこもった。


締め殺される動物の鳴き声みたいな音がする。

鏡が発しているのだろうか?


「どうしよう…あいつが来る…。」


王子は元々青白かった顔を更に青くして、

震えていた。


「…あいつって誰?」


私が王子に問いかけると、

彼は怯えた目でこう言った。


「ひまりさん、後ろ。」


ゆっくりと振り向く。

そこには花の王国で出会った大きな胎児が立っていた。

ピチピチの子供服を着て、私を睨んでいる。


「女王は…2人もいらない。」


胎児はそう言うと私から鏡を取り上げる。

鏡はよりいっそう震え出し、

表面にピキピキとヒビが入る。


「危ない…!」


私は反射的に叫ぶ。

次の瞬間、鏡は砕け散り

その破片が私達に向かって飛んできた。


身体に衝撃が走り、意識が消えていく。

バラバラの自分の中に

冷たい鏡の破片が混じりこむ。


私はひまり。

だけど、それはどのひまり?


視界がブラックアウトする。


ミキサーにかけられた果物のジュース。

それはりんごでもバナナでもない。

私も同じだ。


ぐちゃぐちゃの意識が

ぐちゃぐちゃのまま消えていく。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛の王子 イースター @humpty8dumpty8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ