番外編
祠を前に日輪の契約者はしゃべくる。
「よし、さぁて、これで完成だ」
「……これ、本当にオカルト部の活動なんですか?」
「何を言っている。オカルト部が集まって何かすりゃあ、それは全部オカルト部の活動さ」
「いやまぁ、そりゃあそうなんでしょうけれど」
はぁ、と青年は溜め息を吐いた。
場所は学校の裏手の小さなスペース。何かがある訳でもなく、何もない空間だ。
どうしてそこに何もないのか、と言えば自販機二つ分くらいの小さなスペースで、置く物が何もないからというのが多分きっと分かりやすい理由だろう。
「それで、結局これは何をしているんですか」
「何って、そりゃあまぁ祠を作っているのさ」
どこか得意げに笑うのはオカルト研究会部長、晴夜ハル。ハルに大量の木材と工具を運ばされ、今も尚ぶつぶつと文句を言っているのは古屋奏音だ。
「ああ、ネットで話題の」
「まぁそれにまつわるものだ」
つまるところ、彼らはオカルト部の活動として学校の空き地に祠を作ったのだ。ちなみに当然ながら学校には無許可である。
なんでそんなことを、と言えばとてつもなく簡単で、ネットで流行っているから。
ほんの一週間程前辺りに、SNSで祠を壊したことを咎められる時、どんな相手に咎められると怖いか、といった趣旨のツイートが大バズリした。しわくちゃのお爺さんに「お前、あの祠を壊したのか!?」と言われるよりも、無精髭をたくわえたタバコくさいおじさんに「祠、壊したんだ。あー、じゃあもう無理だ、君、死んだよ」って言われる方が怖い、といった内容だったはずだ。
「あれ、面白いですよね。やっぱりみんな大喜利大好きですよね」
「まぁ、みんな大喜利が大好きというのは肯定しよう。そして、みんな結構懇親の答えを持っているものだ。一生に一度、もしもこんなことを言われたこう答えてやろう、みたいなことを考えているものだったりする」
「ですね~」
「で、だ。みんながあまりにも気軽に祠を壊すものだからね、私達は逆に建ててやろうと、そういう訳だよ」
「どういう訳ですか」
ハルの行動原理を奏音はあまり深く理解していない。奏音がオカルト研究会にいるのは、あまり活動自体が少なく、ちょっくら付き合えばそれでいいから、――つまりは部活として楽だから、でしかない。
だからハルのオカルト的なものについての講義など、右の耳から入ってそのまま左の耳から抜けていく。ハルもまたそれを承知の上で、ダラダラと話し続ける。
お互いに対して相手に興味がなく、だからこそ上手く言っている関係である。まぁおかげで、そんな関係に割り込める人間も少なく、オカルト部は研究会としてひっそりとしか活動できないのだが。
「で、これどうするんですか? やっぱり壊すんですか?」
「ん? いや、今日は壊さないよ。また明日、私が適当に壊しておくさ。今日の活動は、これで終わりだ」
「ああ、へぇ、そうなんですか。なんか良く分からないですね」
「オカルト絡みで、よく分かったらマズいだろう?」
「まぁ、確かに」
「それでいいんだよ。分からない。だから知らない。知らなければ関係がない。そういうものさ」
「へぇ。まぁ、何でもいいです。とりあえず、じゃあ今日は解散ってことで?」
「ああ、ご苦労さま。次は再来週くらいかねぇ」
「分かりました。じゃあ、また活動日が決まったらメッセください」
それでその日は解散となった。
☼
「さてさて。しかし、本当に面白いことを考えるものだ。こんなにもSNSを、人心と、数の暴力を上手く活用した呪術は、初めてだよ」
深夜。
ピシリ、と何もしていないというのにヒビが入り始めた祠を前にハルは言う。
「みんながみんな思い思いに祠を壊して大喜利をする。別にそれは構わないが、『祠には何かしらの邪悪な存在が封じられている』、『その祠が人災によって破壊された』ということが大前提になっている。つまりは既成事実として、インターネットという広く大きな空間と多くの人間に認識されている。多くの人間が認識し、意識すればするだけ現実にもまた影響を及ぼす。あれだけの規模の大規模なネットミームになれば、まぁ最低でも「祠に封じ込められていた邪悪な存在」を怪異として生み出す程度の影響はあるだろう」
ガタン、と更に大きなヒビが入る。
元来、ハルはおしゃべりな性格である。それは奏音がいてもいなくても同じだった。奏音がいなくとも、そこに誰もいなくとも『何か』がそこにはいるからだ。
「しかしながら、一点だけ欠点がある。対策は簡単な訳だ。『祠に封じられていた邪悪な怪異』を、ここに再現してしまえばいい」
場所をここに固定させる。
突然、祠が破壊されるというムーブメントが起こる。が、この世に正しく現存する祠には当然ながら、既存の存在が祀られている。だから祠にいるはずの存在はこの世に存在できずにいた。
ならば簡単なこと。今ここに、新たな空きのある祠を作ってしまえばいい。そうすればインターネットによって認識された『祠に封じられていた邪悪な存在』は律儀に、新たな祠の中に集束し、そして産声をあげようとする。
「――そして、それすらもまた途中経過でしかない、というところまで読まれているとは思ってはいなかっただろう?」
祠が、完全に壊れる。
現れたのは形容しがたきモノ。当然だ。あのネットミームにおいて邪悪な存在の姿は確定されていない。だからこの世に形をもっては出現できない。
あやふやで、ただそこにいる。そういう存在だ。だが、しかし、明確にハルを視ていた。
「やぁ、『ドッペルゲンガー』。全く……、上手く考えたものだ。新たな怪異を出現させ、出現と同時に割り込むことで新たな怪異を殺し、自分が成り代わる。策士だと素直に褒めてやろう」
形容しがたき新たな怪異のドッペルゲンガーは、そのままハルに襲いかかる。ドロドロとした液体のような、気体のような、ソレはハルを飲み込み、そして。
――弾けた。
「はぁ……」
これで、終わり。あっけなく、そしてつまらない。
ハルは、怪異に対して超絶的な特攻を持っている。怪異が触れれば怪異が死ぬ、そういう体質なのだ。
『――上手くいったみたいだね、ハル』
声が聞こえる。姿はなく、ただ、ただ、声だけが天から届く。
「ああ、勿論。そりゃあそうだろう。あらゆる怪異は、日輪たる貴方の存在の前には太刀打ちできない。とはいえ、貴方程の格を宿すのは、やはりちょっとばかりにキツいねぇ」
『――それが私、アマテラスの契約者たる貴方の役目でしょう』
「だからイヤイヤながらに、ちゃんと仕事はやっているだろう? 第一、確かこういう面倒な存在を殲滅する部隊があるんだろう? 全く……、どうして私が」
『――ごめんね、こういう新興の怪異とかには、どうしても鈍いから。だけど、今回はちょっとまずかったからね。ありがとう』
「別に、構わないさ。私も趣味みたいなものだからね。しかし、いつしかその怪異の部隊とやらには会ってみたいものだねぇ」
『考えておくよ』
満月はあの日の全てを見ていた 雨隠 日鳥 @amagakure_hitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます