第2話‐千年という時の流れ
「——こうして、かつて世界を脅かした最悪の邪神ウルは討たれたのだ。『
場所はオレが目覚めた遺跡から馬車で数日ほどの距離にある都市。
『独立貿易都市ラッセル』である。
現在オレ達は、ラッセルの街並みを分断するように街の中央にある巨大な峡谷——メディストス大峡谷に架かる第三大橋にいる。より正確に言えば、落下防止の為に橋に備え付けられた古めかしい柵の上で、
「大魔導士アベルに
テメラリアは片翼を大きく広げ、高らかにそう言い切ると、周囲に集まった子供たちやその両親達がパチパチと拍手をした。精霊そのものが珍しいのだろう。人だかりは中々に大きく、かなり大きめの拍手が鳴り響いた。
「ケケッ、以上——『四大英雄のサーガ』はこれで終わりだ。クソガキ共、英雄たちを忘れるんじゃねェぞォ~? じゃねェと化けて出て来るからなァ~?」
「なにが化けて出て来るのー?」
「大英雄ベオウルフの亡霊だ……首の無い邪神の眷属になって、オマエを『
「ホントかよー?」
「あはは! このハトへんなの~! 食っちゃおうぜ~!」
「……あっ、バカ! 止めろ! 俺様の羽を引っ張るな! このクソガキ!」
ピィッ、ピィ~ッ! と。テメラリアは情けない悲鳴を上げながら、自分の羽を引っ張って来る子供たちの手を掻い潜る。英雄譚を語る為に
オレもその後ろに続きフワフワと空を漂うと、「ハトきえたー!」「どこいった、ハトの丸焼きー!」と消えてしまったテメラリアを探して右往左往している。
——どうやらオレ達の姿が全く見えていないようだが、それもそのはずだ。
なにせオレ達は精霊——完全なる霊的波動体だからである。
オレ達は自身が持つ
人間と
『……ケケェェェ~~ッッ! クソゥッ、あのクソガキ共!
『丸焼きの具材じゃね?』
『俺様は精霊だぞ!
『……キレんなよ。子供のやることじゃねぇか……大人げねぇなー。——まぁ、それはそれとして……
ぷんすかと怒りを露わにするテメラリアを
「たった千年で、こんなに変わったのか……!?」
整備された石畳の街道。
そこを進む人々は、やはりラッセルが独立貿易都市であり、各国の貿易の要所という事もあってか、人間種だけに留まらず、進化の過程で人間種から枝割れした人間たち——亜人種や獣人種などの幅広い人種に溢れている。
オレの記憶の中にある人々はトゥニカやトーガを着ていたものだが……やはり時代が変われば流行も変わるものなのか、多種多様な素材や染料で作られた未来の服装は、否応なしに『文明』というものを感じずにはいられない。
獣人種は特に多種多様で、
皆どこぞの集落出身なのか、自らの部族や民族のアイデンティティを主張するように、人間種や亜人種などの服装とは違う特徴的な刺繍や色の組み合わせをした……民族衣装? のような服を着ている。
——勿論、服も変われば建物も変わる。
建築物とは、服や食べ物に並ぶ文明の象徴だ……
見慣れない建築様式の建物も多いが、千年前と変わらぬ建築様式が未だに現役というのは、少しガッカリ感がある。まぁ、簡単に文明は発展しないという事なのだろうが、『それでも』と、つい思ってしまうのはオレが薄情だからなのだろうか?
『どうだ、その目で見た未来の世界の感想は? スゲェだろ?』
『……あぁ、スゲェよ! それしか出てこねぇ……!』
『ケケッ……そいつァ良かった。今日はたっぷり
余程にオレが見入る姿が面白かったのか、先程までの怒りを抑えたテメラリアは、ラッセルの街並みに釘付けとなっているオレを揶揄うように、そう聞いて来た。
千年前なら『
『見ての通り、お前が眠っていた千年の間に人類の世界は色々変わったよ』
どこか楽し気にそう言ったテメラリアは、クイっ、と顎を動かす。おそらくは“ついて来い”という意味合いのジェスチャーだろう。
そのまま西区の街へ
『ほんの五、六百年前くらい前だったか……長い戦争の時代が終わって、世界は聖神オレルスの信徒を中心にした聖教の衰退と、それを切っ掛けに多くの宗教が弱体化してな。それを期に、あらゆる物事に人間を中心に
『そうなのか? ……意外だな。神殿っぽい建物が多いから、てっきりまだ宗教の力は強力なモンかと……』
『あぁ、それはいま言った思想の影響で始まった“ルネサンス期”のせいだな。このルネサンス期に、このラッセルみたいな街並みが大量に産み出されたんだよ』
『ほぅ、
まるで悪戯好きな少年のようにそう話すテメラリア。言葉を聞く限り、どうやらオレが眠っていた千年の間に、人類は大きな文明の変革を迎えたようだ。
『ルネサンス期の人類は中々に面白かったが……俺様は今の方が好きだな。あの時代に誕生した様々な物を利用して、今は“
『ギルド……?』
『あぁ。昔は上下水道の整備とかは奴隷の仕事だったろ? 今は奴隷制度そのものが無くなってな。その代わりを担ってるのが、ギルドって奴らだ。上下水道の整備も、今は公職ギルドの水管工って奴らがやってるぜ?』
『マジかよ! 奴隷制度まで無くなったのか!』
『まァな』
懐かしい話である。
昔は社会の何から何までを奴隷に頼り過ぎただけでなく、【
個々人の能力が可視化されていた分、千年前の人類は能力至上主義への傾倒が非常に強く、よく奴隷の反乱が頻発したものである……。
『ほぇ~、本当に何から何まで変わったんだなぁ。ほぼ異世界じゃねーか……』
『ケケケッ……まァ、千年も経ってるんだ。その位は当然さ?』
世界の劇的な
そんなオレの姿を見て少し楽しくなってきたのか、未来世界の観光ガイドたる我が親友は、少し捻くれた少年のような笑みを浮かべると、少しだけ飛ぶスピードを速めた。
『——ほら、ついて来い? ぽけェ~っとしてる暇なんてねェぞ! お前の千年を埋めるモンが、ここには
『あっ、おい!』と。遠ざかって行くテメラリアの背中。
その背中は何だか少しだけ、嬉しそうに見える。
千年ぶりの友人との再会がそうさせたのか、それとも、お喋り好きなアイツの
『ったく……変わんねぇなぁ、アイツ』
なにはともあれ、千年という長い時間が経っても変わらないものはある。
何もかもが激変してしまった中で、その事実が少しだけ嬉しかったのは内緒だ。
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その後もオレ達は、まるで千年という長い時間を埋めるように会話を楽しんだ。
日が暮れるまでその時間が続き、寿命というものが無い精霊という存在であるにも関わらず、その時間は永遠のようにも感じられた。
やれ人間は戦争をしてばかりだっただの、ダンジョンというものが誕生しただの、デネ帝国は健在だの、スヴェリエ王国のウィーラーフ王がー、ドワーフ達の国で蒸気を利用した超文明がー、と。
ほっこりするような事件から、殺伐したゴシップまで。
『まァ、他にも変わった部分を挙げればキリがねェが……テメラリア様の未来ガイドは
『ハハッ、当ったり前だろ? 満足だよ……満足だ——
『……?』
数時間後。一息つくように柵の上に留まったテメラリアの隣にオレも並ぶ。
昼間に『四大英雄のサーガ』を語っていた場所——第三大橋の柵の上で夕日を見上げながら、今日一日の観光を経て、少しだけ空虚な感覚の中にいた。
まるで心の中にポッカリと穴が開いたような、そんな感覚——。
きっと言葉にするなら、“寂しい”という感情だ。
『いや……本当に千年経ってるんだなぁ~って思ってさ? せっかく観光ガイドしてくれたのに悪いんだけどさ……ちょっとだけ寂しくなっちまった』
もうこの世界には自分の知る物も人も、ほぼ残っていないのだと、ショックを受けてしまったのである。命以上の全てを賭けて戦ったのに、自分達を
今日一日ラッセルを見て回って、それが分かってしまった。
ここにはオレ達を讃える声も、彫像も、詩人も、何も残っていないのだ。
千年前に、英雄に与えられるモノとして当たり前に与えられていたモノが、この時代には無いのである。あらゆるモノが変化した未来では、当然、人々の価値観も変化しているのだ。
『……賞賛される為に戦ったわけじゃない。見返りを求めて武器を取ったわけじゃない。——
『……。……そうか』
『……あ、いや、悪いな? 今する話じゃなかった。忘れてくれ!』
自分の中にある葛藤を
仕方がない事である。
時間は万人に優しく降り注ぐ雨のようなモノだが、同時に残酷に万人を溺死させる嵐のようなモノだ。思っていた未来とは違っていたからと言って、それをとやかく言うのは絶対に違う。
受け入れるべき事だ。
これこそが——『千年という時の流れ』なのだ。
『——お前がいない千年の間。目まぐるしく変わって行く日々の中で、お前が目覚めた時に掛けるべき言葉は何かを、ずっと考えていた』
すると、その時だった。
一呼吸分の間を置いたテメラリアは、少し黄昏たようにオレと共に夕日を見上げ、
『あっ、おい!』と。
制止の声さえ無視して遥か上空に飛んで行った彼の背中を、オレは追いかけた。
『……おいおい、いきなりどうした?』
少し態度を変えた親友を前にして、オレは少しおどけたように問い掛ける。しかし、オレの茶化しに乗らず、テメラリアはそのまま言葉を続けた。
『お前と、そして大英雄たちのおかげで変わったモノは沢山ある。今日見たモノはその一部だ。……だけどな、
そう言って、眼下にある遥か地上を見下ろしたテメラリア。
ラッセルの街並みを見ているように見えるが……
『——っ』
美しい街並みを彩るようにオレの眼にも人々の
思わず息を呑むような光景である。少し藍の色が交じり始めた夕日に照らされるその光の数々は、オレの視線を釘付けにした。
青くボンヤリとした光。少し青みが濃かったり、薄かったり、大きかったり、小さかったり……。多種多様な『青』に彩られたラッセルの街並みがそこにはあった。
——そう。何を隠そうあれこそが『
それはこの世の生命全てに宿る魂の力であり高密度の
危機への適応本能とも呼ばれるこの
これにより、あらゆる生命は超常の身体能力や常人離れした
つまるところ——生物が、より優れた生物になる為に手助けしてくれる存在であり、誰しもが持つ成長能力というものが、魂という形で具現化した存在である。
『……驚いた。今はこんなに人がいるのか』
オレたち精霊は完全なる霊的波動体であるが故に、同じく完全なる霊的波動体である生命の
この眼に映るあの青い一つ一つが
『どれだけの時間が流れようと、あの
——“あの全部を、お前達は救ったんだ”……と。
オレがその光景に見惚れていると、テメラリアがそう言葉を続ける。それに釣られてオレは、視線を眼下の光景から彼へと変えた。
『それでも、もし……お前が、いや——お前
『……』
『精霊に寿命は無い。語り継ぐべき
『……テメラリア、オマエ……まさか、今日はそれを言う為に……?』
オレがそう問うと、まるで『ケケッ、それはどうかな?』とでも言いたげに、少しおどけて見せるテメラリア。優し気な笑みを浮かべた彼は、最後にこう言葉を続けた。
『まだ言ってなかったな——。大精霊シー、並びに大英雄、そしてエピタピオスに散った万夫不当の英雄達よ……邪神ウルの討伐、本当に感謝している』
『……』
『ありがとう……誇れ、
ふと、風が吹いた。
先程までの肌寒い数とは少し違う風だった。
その風に流されるように『そっか……』と再びラッセルの街並みに移した。
『——
時の流れは残酷だ。しかし、それに束縛されないモノもあるし、者もいる。
変わり行く未来のために戦ったオレ達にとって、その事実だけがあれば十分だ。
その事実さえあれば……オレ達はちゃんと、胸を張ってこう言える。
『何の為に頑張ったんだ』ではなく、『この為に頑張ったのだ』——と。
『……ハハッ。何か恥ずかしいな、こういうの……』
風に当たって頭が冷えたのか、途端に冷静になったオレは、少し右往左往しながら視線を泳がせる。こうやって本音で語り合うのが大事なのが分かっているが、やはりどうしてもむず痒いものが拭えない……。
『何つーか、こう……ありがとな、テメラリア! おかげでモヤモヤが晴れたぜ!』
『……ケケッ、気にすんな。それも含めての案内役だ』
『それで? これからどうするんだ? オマエに案内役をお願いしてきたどこぞの誰かってヤツは、まだオマエに何かをお願いしてたのか?』
『……まァな。実はまだ、シー……お前に見せなきゃならねェものがある』
『見せなきゃならないもの……?』
『あァ、ついて来い……』と短く返事をしたテメラリアは、ラッセルの中央付近に向けて飛び始めた。何故か少しだけ元気が無いように見えた彼の姿に違和感を覚えつつ、オレもフワフワと宙を浮きながらついて行く。
『見せなきゃならないものって何だよ? これ以上、何を見るんだ?』
『……』
『……? おい、テメラリア?』
『……。……シー。俺様は昼間に言ったよな?
『……? あ、あぁ……言ってた、な……確かに?』
躊躇うような口ぶりだった。何故か唐突に神妙な空気感を纏い始めたテメラリアが意を決したように聞いて来た言葉に、オレは何か嫌モノを感じて戸惑った。
『おい、急にどうしたんだよ? 今の言葉どういう意味だ……!』
『……そのままの意味だよ。今まで見せて来たのは千年の間に人類が獲得した『
“そして”——と。
言葉を一度区切り、テメラリアは
『——今からお前に見せるのは『
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※後書き
本作の時代背景と大まかな世界観に関しての詳細を【ケモペディア‐元ネタ‐時代背景について】の項目に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。
こちらが【ケモペディア‐元ネタ‐時代背景について】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16817330669695205268
今話に登場した
こちらが【ケモペディア‐霊力と霊体‐霊体について】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16818023212489735340
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