第3話‐天狼族
『闇の部分……?』
静かに告げられた不穏な言葉。
オレがテメラリアの言葉を反芻すると、『……あァ』と返事が返って来る。
『お前、天狼族は当然覚えてるよな?』
『当り前だろっ? ベオの出身民族だぞ……忘れる訳がねぇ! オレにとっては相棒と同じくらい大事な家族みたいなモンだ』
『……。……あぁ、知ってるよ』
——天狼族。
彼らはこの世で最も優れた
危機への適応本能と呼ばれる
この
彼らは、その
彼ら二人だけではない。
天狼族から排出された戦士や英雄の数は、それこそ歴史書の五分の一は埋めてしまうじゃないかという位に多かった。正しく『英雄の血脈』——そう呼ぶに相応しい産まれながらにしての戦士たち。
——それこそが、天狼族という存在である。
オレにとっては相棒を育んだ偉大な同胞たちであり、何より相棒が愛した掛け替えの無いもの——血の繋がった親兄弟のいないオレにとって、家族みたいな存在だ。
『……』
『……おいっ、何か言えよテメラリア! 天狼族がどうしたってんだよ!』
意味深に口を
静かに告げたテメラリアが地上へと降りて行き、オレもその後ろを付いて行った。
地上に降りたテメラリアが向かったのはメディストス大峡谷だった。
両岸にはそれぞれミール川を通じて運ばれて来る交易品を街の上に引き上げる為の
テメラリアが向かったのは、その幾つもある内の一つ……赤茶けた崖壁を少しづつ削って作られたと思われる洞窟——まるで何かを隠すように深く掘られたその中に、ひっそりと佇む秘密の波止場だった。
『ここだ』
『……何だよ、ここ?』
おそらくはあの奥に街へと荷を上げる為の階段か設備があるのだろう。
波止場の桟橋が伸びた先——落盤を防ぐ為に木材で補強された入り口は、大型魔獣でも丸々すっぽりと入ってしまう程に巨大である。
「おいっ、急げ! 早くしねぇと客が騒ぎ出すぞ!」
「分かってるっての! 全員が分かってる事ペラペラ喋んじゃねぇよ!」
中へとズンズン入って行くと、やはり中は倉庫を兼ねた荷下ろし場だった。
石材や木材で整備された洞窟内では、何をそんなに急いでいるのか……慌ただしい様子でガタイの良い作業員達が走り回っている。
彼らを尻目に奥へと進んで行くと、オレの視線にあるモノが映った。
『……っ。おいっ、テメラリア……ここは一体なんの施設だ……? 荷下ろし用の倉庫か何かじゃないのかよ……? 何で
おそらくは眠り毒か何かで眠らされているのだろう。
岩壁を削り出して造られた檻の中に、四本脚の大型魔獣がスヤスヤと眠っている。
でっぷりと太った腹と寸胴な全身を覆うようにビッシリと生えた鱗。
大きな顎はワニを思わせるがシルエットとしては蛙である。だが、蛙にしては長い胴体と幾つもの尖った背ビレが蛙の弱々しいイメージを打ち消していた。
間違いない。
オレの記憶が正しければ、アレは湿地に多く生息しているはずの大型肉食魔獣ギュスターヴだ。本来は南方などの高気温で湿気の強い地域にしか生息していないはずの魔獣と呼ばれる危険生物である。
——そんな魔獣がどうしてこんな所に?
『ここの荷下ろし場を所有しているエドモンド商会は裏で黒い事もやっててな……。こうして凶暴な魔獣を集めて、この先にある
オレの脳裏に浮かんだその疑問は、テメラリアの答えによってすぐに解消された。
『魔獣をか? でも危険だろ……街中にこんな凶暴な奴を入れるなんて……』
『……金になるらしいぜ? 見世物小屋として珍しい魔獣を戦わせる興行は。オマケにここは賭博場も兼ねてるらしいからな……客の熱狂ぶりも半端じゃねぇ。負けた魔獣の素材でももう一儲け出来る位だ……商会は笑いが止まらねぇだろうぜ』
『……身勝手な話だな』
よくよく見てみるとギュスターヴ以外にも、オレが初めて見るような狼型の魔獣など、数多くの魔獣が、眠らされた状態でそこらかしこの檻に入れられている。
中には一度暴れ出せば手の付けられないような魔獣もおり、この荷下ろし場の所有者であるエドモンド商会が、本当に自分達の事しか考えていない事が伺えた。
『——ここだ』
魔獣の檻が並ぶ通路を抜けると、先ほどテメラリアが言った通り奥にあったのは
観客を守る為だろう。中央の闘技場をドーム状に取り囲む鉄柵は一目で強靭な素材で作られている事が理解できた。
その観客席は満員御礼。
彼らの視線の先——闘技場の中央にいるのは三十人はいようかという屈強な男たちに鎖で拘束された一体の
二本の後ろ脚と、前脚と一体化した両翼。おそらくは、まだ幼竜だろう。亜竜の一種といえど、竜種に属する魔獣にしては小さい五メートル程の体躯は、溶岩地帯に住む
他の魔獣と同じように眠り毒が効いているのか、どこか寝起きの子供に似た
『
『……ケケッ、まぁな。暴れ出したら対処できんのかねぇ、ここの人間たちは? ——
『……?』
一瞬おどけたように笑ったテメラリア。何かに気付いたように表情を一変させた彼と一緒に、オレは奥側にある扉——闘技場に備え付けられた鉄格子の扉へと視線を移す。
「さぁ、本日の
闘技場の中央に立つ司会の男が会場を煽り立てるように声を張り上げる。
煽り文句に呼応して沸き立つ闘技場内。最高潮にまで盛り上がったボルテージに満足したのか、薄っすらと口角を吊り上げた司会の男が合図をした。
すると、鉄格子の扉が不快な音を立てながら開き出す。
そして——。
「その
『……は?』
——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます