第1話‐目覚め

 目覚めて最初に思ったのは、純粋な“戸惑い”であった。


 『……』


 随分と長い時間が経ったような気もするし、ほんの一瞬だったようにも思える。

 朧気おぼろげに戻った意識に疑問を抱きながら、オレはゆっくりと目を開いた。


 『どこだ……ここ?』


 目覚めた先にあったのは見知らぬ場所だった。

 記憶の最後で、邪神と死闘を繰り広げていた場所ではない。古びた石材がうずたかく積み上げられた遺跡のような場所である。

 森の中にでもある遺跡なのだろう。

 ボロボロに崩れた石材のあちこちには見た事の無い植物のつたが巻き付いており、視界の端に見上げるほど高い大木が何本も見えた。


 オレがいるのは、その遺跡の中央である。

 より正確に言うのであれば、まるでどこぞの神を祭るような祭壇の上で、タンポポの綿毛みたいにフワフワ浮いている。契約者がいない為か、オレの身体は不定形で、霊体アニマだけの状態——青い光の球体の状態だった。


 『何だこれ……オレ、死んだよな……?』


 全く見覚えの無い場所で突如として目覚めたオレは、訳の分からない状況に陥った困惑で辺り一帯をオロオロした。


 『わ~、シーだ~!』

 『ほんとにシーがいるー!』


 その時だった。舌足らずの幼い口調の声が響いた。

 瓦礫の後ろや木々の上、草むらの中などなど、三六〇度のあちらこちらから、その声の主たちが飛び出して来る。『シーだ~、シーだ~!』と、気軽にオレの名前を呼び捨てにした彼らは、すぐにその姿を露わにした。


 彼らの姿は多種多様で一貫性が無かった。

 共通している事と言えば、皆が皆、まるで一流の細工師が子供心を全開にして作ったぬいぐるみのように可愛らしい姿であり、一様に身体が半透明に透けているという事くらいだろう。


 皮膚が赤いオオサンショウオに似た生物や、チロチロと舌を出す水色の蛇だけでなく、簡素な民族衣装のを来た小さな子供など、他にもぷよぷよしたゼリー状の丸っこい塊に目と口がついた良く分からない生き物までいる。


 『お? 何だ何だ、どうした? 精霊・・揃い踏みで珍しいな。祭りでもあるのか……?』


 彼らの名は『精霊』。

 完全なる霊的波動体であり、波でもあり点でもあり、故に、どこにでもいる者達。

 この世界そのものが持つ霊体アニマ——『大いなる精霊グラン・ルヴナン』と呼ばれる母なる大精霊の分霊であり、世界の法則と伝承によって誕生した『自我を持った霊力マナの塊』である。


 あらゆる自然的現象や各地の伝承を司り、この世に普遍的に存在する霊的自然エネルギー——霊力マナ

 精霊は、この霊力マナを代価にして、超常現象を引き起こす事で知られているが、時には恵みを、時には災厄を齎す二面性を持つ存在として神話に描かれて来た存在だ。

 人々と契約して『魔法』や『災害』といった力を振りまく彼らを一言で言い表すならば……『この世界の均衡を保つ守護者』といった方が的確だろう。


 つまるところ、ちょっとスゴイ奴らである。


 だが、精霊とはいっても神々が神為的じんいてきに造り出したオレとは違い、神や人よりも前から世界に存在していたこの世で最も古い存在だ。

 可愛らしい姿をしているが、実はこの中ではオレが一番の年下である。

 彼らに比べれば、オレだけでなく人間や神々でさえ赤ん坊のようなものだろう。


 『おまつりじゃないよー』

 『シーがここでおきるってきいたのー』

 『……オレがここで起きる?』


 オレが何気なく口にした言葉に、精霊達は律義に答えた。


 『聞いたって……誰から——』

 『——予言だよ。千年前の・・・・、な?』


 すると、突如として響いた声がオレの言葉を遮った。

 釣られて振り向いた視線の先にいたのは白黒のまだら模様が特徴的な鳩である。漂う愛嬌の中に、どこか捻くれた少年に似たふてぶてしい顔をしたその精霊は、オレがまつられた祭壇の隣にある石材の上に留まった。


 ——彼の名は、冒険と伝聞の語り部精霊『テメラリア』。

 『歴史に名を遺した英雄たちの名と物語が失われないように、夜眠る前、子供達に読み聞かせ、未来へとその伝説を語り継ぐ鳩の語り部である』——という民間伝承を依り代に誕生した伝承精霊である。


 向こう見ずな冒険野郎共を愛する精霊であり、その顔のふてぶてしさとは裏腹に情に厚い精霊だ。そして何を隠そう——。千年前オレの相棒であるベオを見つけて来た精霊であり、同時に最も仲の良い親友と言ってもいい奴である。


 『っ! テメラリア! 何だ、オマエもいたのかよ~!』

 『ケケッ、まァな』


 見知った顔を見かけて落ち着きを取り戻したオレは、嬉しさで声を張り上げる。


 『久しぶりだな猿マネ精霊。相変わらずいけ好かねェ霊体アニマの色してやがる』

 『お? 久々に会ったってのにオマエの方も相変わらずだな。そこまでデカい態度を取るからには、しつこいお喋り癖は治して来たんだろうな、ハト野郎?』

 『治るわけねェだろ。俺様は冒険と伝聞の精霊だぞ? 無鉄砲な冒険野郎共の伝承を語り継ぐのが俺様の生き甲斐がいだ。——ケッ、変わってねェみてェだな』

 『意外だろ? オレだって変えたくねぇ部分もあるんだぜ。——それより、オマエさっき何て言った……? 予言・・……? 千年前の・・・・……? 何の事だ……?』


 空々そらぞらしく笑い合いながら挨拶代わりの軽口を交わしたオレ達。

 恒例こうれいり取りを終えると、意味深なテメラリアの発言をいぶかしみ、オレは声音を低くした。


 『あぁ。千年前——邪神ウルとお前達との戦いが終わったあの日、世界中の精霊の頭の中にどこぞの誰かが話し掛けて来たのさ。『千年後の今日、お前が目覚めるから未来を案内してやってくれ』ってな。俺様たちがその案内役だ』

 『……? 邪神と戦いが終わったあの日って……オレ達が邪神と戦ってたのは、ついさっきの話……いや、かなり前だったような気も……アレ、何だコレ……?』


 キョトンとした様子ではてなマークを連発するオレは、ふと気付いた。


 ——時間の感覚が狂っている、と。


 何が何だか分からないと困惑したオレの態度を見て、他の精霊たちは心配そうに顔を見合わせた。一拍の間を空けて『ケケッ』と。

 一同を代表して特徴的な笑い声を上げたテメラリアが答える。


 『どうやら本当に予言の通りみてェだな。ただでさえボンヤリした奴が、いつにも増してボンヤリしてやがる。……いいか? 落ち着いて聞けよ、シー?』

 「え、あ、お、おう……?」


 突然の事態を上手く呑み込めず頭が混乱するオレを落ち着かせるように。

 横柄な口調の奥にほんの少しの思い遣りを込めた声音で、テメラリアは告げた。


 『——今は開拓暦一一四八年・・・・・。お前たちが邪神を倒したあの日から……ちょうど千年後・・・の未来だ・・・・。お前は眠っていたんだよ、大精霊。千年もの長い間、な?』

 『……え?』


 時が止まったような感覚だった。

 一瞬、テメラリアの言ったことが理解できず頭の中がフリーズする。


 『ケケッ、まァ、一種の時間遡行タイムトラベルみたいなモンだが……安心しろよ、シー? オレたち精霊がお前をサポートしてやる』

 『た、たいむとらべる……? 『千年後の……未来……? 眠っていた……? う、嘘だろ……?』


 だけど。

 すぐに言葉の意味が実感となって身体中を駆け抜け、オレは魂の底から打ち震えるような感覚に耽溺たんできする。その感覚に突き動かされ、辺り一帯を大きく見回すと、最後にどこか見覚えのある空を見上げながら、オレは呆然と呟いた。


 『……マジ、かよ』


 ——何てこった……聞いてくれよ、ベオ。

 嘘みたいだろ? 寝て起きたら、千年も時間が経っていたなんて……。

_____________________________________

※後書き

今話に登場した霊力マナについての詳細を【ケモペディア‐霊力と霊体‐霊力について】の項目に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。

こちらが【ケモペディア‐霊力と霊体‐霊力について】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16818023212489726788

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