落ち葉と焚き火とホイル焼き

砂上楼閣

第1話

「すいません、地元の消防の方にも話を通してもらって」


「いいのいいの。それよりせっかくの休みなのに落ち葉集め助かったよ」


秋も深まる頃、久しぶりに連休を取って田舎に顔を出した俺たちを待っていたのは広大な紅葉色に染まった景色…


ではなく、すっかり葉を落として寒々しい木々と、道路も地面も関係なく覆う大量の色褪せた落ち葉の海だった。


「少し前に腰やっちゃって、清掃できなくて困ってたんだ」


何かとお世話になった叔父の頼みで1日の半分を落ち葉集めに費やしたが、今は集めた落ち葉に火を付けるために奮闘中だ。


何をやってるかって?


落ち葉焚きさ。


テレビや漫画、古い本なんかにはよく出る落ち葉焚き。


けど実際にやる機会はそうそうないし、そもそもやる為の条件が驚くほどハード。


今回は手伝ったお礼って事で、特別に許可をもらって、ついでに消防署の方にも届を出して落ち葉焚きに挑戦させてもらうことになったのが一連の流れだ。




燃え広がる物のない庭の中央に積まれた落ち葉の山に、一緒に拾った小枝を並べて重ねて、古新聞にライターで火を付けたものを差し入れる。


ある程度小枝が燃えてきたら太い枝を乗せて、火種が消えないように落ち葉の位置を調節する。


乾いた落ち葉は簡単に燃えるが、芯になるものがないと一瞬で終わってしまうからな。


落ち葉焚きってのは普通に薪とかを使って焚き火をするよりも難しい、というより面倒が多いんだ。


あ、焚き火をする時、乾燥していて風がある時には落ち葉は使っちゃダメだぞ?


風に舞い上がった落ち葉や火の粉が簡単に引火して火事になる。


煙も出るし、一緒に出た煤やら臭いやらも近隣住民の人の迷惑になりかねない。


それでなくても各自治体によってルールが決められているし、条例で禁止されてるとこも多い。


野焼きみたいに例外を除いて禁止されてるわけじゃないが、歩いてすぐに他所の家があるような場所じゃ落ち葉焚きなんて普通はできないぞ。


キャンプ場なんかで、焚き火OKな所でも落ち葉焚きは厳禁だからな。


消化用の水もバケツだけでなく、近くに水道がないと怖い。


後始末も範囲が広くなりがちだしな。




それなのになんで落ち葉焚きなんてやってるのかって?


そりゃ、一言で言えばロマンだよ。


面倒だし、たぶん今後二度とやることはないだろうけど、ひょんな事で転がってきたチャンスでだったからやってみた。


普段やらない事で、やろうと思ってもなかなかやらない事ってあるだろう?


落ち葉焚きもその一つだった、それだけさ。





なんてよく分からない脳内での独白はさておき。


そろそろいいかな?


俺はある程度燃え尽きて黒くなった燃え滓の中から、焦げたアルミホイルの塊を取り出してそこに竹串を刺し入れる。


うん、芯はないし、おそらく大丈夫だろう。


中身はお察しの通り、そう、さつまいもだ。


落ち葉焚きには焼き芋だ。


やった事はないけど、定番は知っている。


それが現代っ子ってやつだ。たぶん。


そして現代っ子はそれだけじゃあ終わらない。


これで終わりなわけがない。


むしろここからが本領発揮ってやつだ。




スマホで設定したアラームが鳴るごとに、色んな形、大きさのアルミホイルの塊を取り出していく。


中身はもちろんみんな違う。


叔父がご近所でいただいたと言う野菜、各種揃えて突っ込んでおいた。


さつまいもに始まりジャガイモ、にんじん、なす、りんご、etc


色々と調べて入れてみた。


注意しなければいけないのは時間、硬さ、水分量。


下調べは抜かりない。


ある程度冷めるのを待って、軍手越しで持てるようになってから手に取っていく。


中身はどうなっているだろう?


山で食べるアウトドア飯は一味違うが、落ち葉焚きで作るホイル焼きもまた格別だろう。


特にネタに走ったわけでもないのでそのまんまでも美味しいし、醤油をちょっと垂らすのも、バターを乗せて食べるのもいいな。


そんな事を考えながら、俺はゆっくりとアルミホイルの包みを開けていき…




「お世話になりました」


「いやいや、それはこっちの台詞だよ。腰のせいで大したもてなしが出来なくて申し訳ない。また来なよ」


「ええ、また」


夕暮れ時、差し込む日差しに色褪せていた落ち葉が色付き、一時の紅葉を蘇らせる。


帰りの車内で眺めたその景色は、休日を潰した対価としては十分過ぎるほどだった。


「そういえば片付けに随分時間かかったね」


「ああ、灰とか燃え滓に水をかけて回るのが結構大変でさ。やっぱ焚き火をするなら薪だね」


助手席の妻の一言に、ほろ苦い思い出もまた蘇るが、そっと蓋をして返事をする。


思い起こされるのは鮮やかな炎の色とパチパチと弾ける音、そしてその後に残された黒と白の灰のコントラスト。


「やっぱ素人が手を出すもんじゃないよ。加減も分からないし、さ」


口の中で広がる苦味とえぐみ。


食べ物を粗末にした罪悪感。


半ば以上炭化していた食材たちの怨嗟の声が聞こえてくるようだ。


「叔父さん、腰早く良くなるといいね」


「そうだね」


木々に僅かに残された葉っぱが木枯らしに吹かれてフロントガラスの前を過ぎ去っていく。


いつの間にか訪れていた秋も、気が付けばもう冬になる。


きっと、しばらくは落ち葉を見る度にこのほろ苦い思い出が思い浮かぶ事だろう…。


俺は車のエンジンをかけて、アクセルを踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ち葉と焚き火とホイル焼き 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ