第72話 二年と半年


 迷宮都市と呼ばれる海上都市が存在する。

 その開発には探索者のスキルや様々なダンジョン産の道具を使用され、加速度的に都市開発が行われた。

 アジア太平洋会議が中心となり、世界中から人材や資金を集めSランクダンジョン『ワダツミ』を囲うように作られた大都市である。


 開発開始から二年半経った今でも開発は完全に完成した訳では無く、未だ都市の広さは拡大の一途だ。


 そこに最初に招かれたのはアジア太平洋に所属する国家から選りすぐられたAランクギルドの面々だった。

 彼らは『招待』された人員として、ある程度の免税権を持っている。

 アジア太平洋会議の加盟国からは最低一つのギルドが、それ以外にも世界中の大国からAランクギルドが招かれた。


 彼ら以外の特権を持たざる者は、住民権と土地代を太平洋会議から購入してギルド設備を建設する必要がある。

 海上都市の面積は五万平方キロメートル程だが、それでも土地はオークションにかけられ末端部分でも数千万規模での取引となっていた。


 それは数年前の大規模な調査によって、ワダツミの内部に莫大な資源が確認されたからだ。

 未知の鉱物や植物、それだけならば他のダンジョンでも採取される事はあった。けれど、土地が広大過ぎると言う部分に置いて、ワダツミは他に類を見ないダンジョンとなっている。

 その地下、海の資源、更に空の調査を含めるとワンフロアの資源は他の追随を許さない圧倒的な量となっていた。


 迷宮都市の税金に関してだが、基本的な住民税に加えてダンジョンから持ち帰った資産のうち最大で五十パーセントを探索税として迷宮都市に支払う必要がある。所得税の探索者バージョンだ。

 これはワダツミを迷宮都市の所有物と捉えた考え方であり批判の声も多数あったが、この法律があるからこそ世界中の探索者が各国のしがらみを飛び越えてこの都市にやってこれるという訳だ。

 探索税は探索者ランクが上がるほど高額になり、最低のFランクは十パーセントほどだ。

 ただ、勿論持ち帰った素材や魔道具はその人物に上位の所有権が存在し値打ちの半額を支払う契約を交わす事で買い取る事もできる。


 これが、基本的な迷宮都市のルール、法律となる。



 その日、各国のギルドの代表。つまりギルドマスターたちが一堂に会し、アジア太平洋会議の首脳と共に披露宴が開催されていた。


 西暦2024年、5月3日。

 世界中の中立都市として、迷宮都市の機能が解放された。


 迷宮都市の中心部、ワダツミから最も近い場所に建設された総合ギルド施設のパーティー会場。

 その壇上に一人の女性が姿を現す。彼女は言うなればこの都市の市長という事になるだろう。

 彼女の権限は迷宮都市の管理という名目に置いてアジア太平洋会議と同等である。これは世界中から探索者が集まる都市という事で、一つの国家団体の所有物になってはならないと国際連合の総会で決定された事だ。

 そこにいる女性は、アジア太平洋の属する国家の中で最も大規模な国家であり最も強力な国家であり、最も探索者の質が良いとされる国家の探索者及びギルドの代表。


 彼女は過去のワダツミの大規模探索の成果を鑑みられこの都市の市長に就任する運びとなった。


 集まる皆が翻訳の魔道具によって彼女の言葉を聞く体勢を整えた。


 壇上に上がったその女性は、マイクに向けて話始めた。


「この度、迷宮都市の統括責任者に就任致しました。中国所属、元は麒麟ギルドのギルドマスターを務めて居ました。蘇衣然ソ・イーランと申します。身に余る重責ではございますが、私を選んでくださった国連並びに各国のギルドマスター様方の名を汚さぬよう精一杯の努力をする所存でございます」


 彼女の地位は投票によって決定された。

 実績やギルドランクから選りすぐられた候補者の中から、国連所属の首脳たちと各国代表のギルドマスターの投票によって彼女が選ばれたのだ。

 その主な理由として、ワダツミの大規模作戦での指揮系統における功績が挙げられる。

 アナライズアーツギルドマスターが、ダンジョン内で独断専行を行った事は周知の事実でありそれを諫めた彼女の功績は作戦の成功に大きく貢献したとの評価だった。


「それでは、迷宮都市が選りすぐり招待したギルドをご紹介させていただきます」


 ダンジョンに各国の代表ギルドのマスターたちが上がって行く。

 数十人のギルドマスターたちは、その全員がAランクギルドを持つ選りすぐりのマスターだった。

 パープルミストのように、マスターが探索者ではないという事例を除けはその殆どがAランク探索者であり、壇上からのプレッシャーは凄まじい物となっていた。

 けれどそれは、決して重苦しい物では無く、尊敬の念を抱かせてしまうような圧倒的な安心感を会場の人間に与えていた。


 その中に一人、あまり目立たない青年がいる。


 それを見た会場の探索者が、一緒にいた探索者へ愚痴る様に話始めた。


「あれって、アナライズアーツのギルマスだろ? 久しぶりに見たな」


 それを受けた探索者もそれに乗る様にヒソヒソと話す。


「あぁ、二、三年前までは毎日のように動画で見てたけどぱったりと更新を止めてからは殆ど見てなかった」


「世話になってる新人は多いだろうけど、大規模探索でポカやらかしてからは名前も聞かなくなったよな」


「落ち目のギルドが、昔の知り合いに頼み込んで挟み込んで貰ったのか?」


「いや、動画で儲けてたんだから金で買ったんじゃねぇか?」


「在り得るな。でもそれなら卑怯だよな、他のギルドが必死こいて買った土地を無料ただ同然で手に入れて免税対象だろ? どんだけ金にがめついんだっての」


「もう絶頂期の影は何処にも無いよ」


 その後も彼らの会話はヒートアップしていく。

 しかし、それを思うのは彼らだけでは無く世界中の探索者からアナライズアーツが招待ギルドとして相応しくないのではないかという声は少なからず上がって来ていた。


 世界的な有名人、だが戦闘能力が高い訳では無く、叩けば埃が大量に出て来るようなミスは周知の事実だ。

 叩く相手として、これほど相応しい相手も居ないだろう。


「お前ら、他のギルドのマスターに文句言えるほど偉いんだな」


 彼ら二人の肩にごつい手が回される。

 ギョッとした表情で二人は後ろを振り返った。


「「セ、セブンさん!?」」


「って事は、勿論お前らのノルマはAランク探索者と同じでいいって訳だ?」


「あ、いや……」


「勘弁して下さいよ」


 二人の探索者は小動物が大型動物に睨まれたように青い顔になった。

 彼らはセブン・レッドの力を誰よりも良く知っている。なんせパープルミストのメンバーなのだから。


「はぁ、人に文句つけてる暇があったらレベルでも上げろっての」


「「す、すいません!」」


 探索者たちは平謝りをして、その場から離れて行った。


 セブン・レッドは誰にも聞こえない様な小さな声で呟いた。


「まさか、あいつらの言う通りに腑抜けちまった訳じゃねぇだろうな。鑑定士……」


 日本のギルドマスターとして紹介された天空秀は、簡素な定型文を話しただけで特に目立つ事も無かった。

 それをただ、セブン・レッドは無言で見つめる。


 パーティーはそのまま滞りなく進行していった。

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鑑定士はレベルアップする 〜鑑定で得た情報を動画配信したら、それを見た人が倒した魔物の経験値が分配された〜 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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