第71話 橘修柵の願い
「俺は、貴方を助けたかった」
「そうですか。僕は、君が君の隣にいた彼女を助けた時嫉妬しました。僕がどうしても手に入れる事ができなかったそれを手に入れて、それでも君はそれを僕とは違う物に使った。あの子は何ですか? 天空君が助けたいと言っていた女性よりも大切な人なんですか?」
「リオンさんはギルドメンバーですよ」
「もし、あの時倒れたのが他のギルドメンバーならエリクサーは使わなかった?」
床に伏せ苦しそうにしながらも、それでも俺から一切視線を話さない橘さんのそんな問いに、少し考え俺は答える。
「……使ったと思います」
「何故ですか?」
「自信があったからです」
「どんな……」
「自力でエリクサーを手に入れられると」
けれど、そんな自信は今は失せている。
万能感に酔いしれていただけだったのだろうかと、今はそんな風に考えてしまう。
橘さんを生きて捕えようとしていたのは俺だけだった。
聞けば当たり前の話だ。生きて捕える意味が一つも無い。全て、橘さんを殺した場合でも解決する問題だった。
そんな事にすら目が行かず、よくも鑑定士などと言えた物だ。
「そうですか。いや、そうですね……それくらい貪欲で無ければ手に入れる事はできないのかもしれません。天空君、頼みがあります」
「何ですか?」
「何年掛かっても構いません。僕が君にこんな頼み事をできる立場だとも思いません。だから、気が向いたらで構いません。僕の妻を……彼女の両親の元へ運んであげて欲しい」
それは、あのモンスターを倒せという事だ。
少なくともこの作戦中は無理だ。何故なら帰還が決定しているから。
橘さんが死ぬのなら、俺たちがここへ残る正当な意味は無い。そこで橘さんの奥さんを連れ帰りたいなんてただの我儘も良い所だ。
だけど……
「何時になるか分かりません。でも必ず」
「はい、ありがとうございます。それと、君に最後の言葉を贈ります」
その言葉は初めて橘さんに出会った時の事を想起させた。
俺が総合ギルドに初めて行った日の事だ。
右も左も分からず、取り合えずダンジョンに行ってみるかなんて楽観的に考えていた時。
当時ですらスタンピード時の実績が認められ、かなり高いランクに居た橘さんにダンジョン内で声を掛けられた。
『危ないですよ』
それは丁度、俺が分不相応なモンスターと戦い負傷した瞬間だった。
それはレベルによる制圧であり、スキル何て度外視した戦法と呼べるかも微妙なゴリ押しであったが、俺は橘さんに命を救われた。
それがこの人との出会い。
そして、お互いの事情を話し合うほどまで仲良くなり、俺は橘さんに探索者としての知識を色々と教えて貰った。
一緒に居られたのは二、三週間程度だったがそれでも橘さんに教えて貰った事は多い。
そんな橘さんに感謝していたし尊敬していた。
だから、俺が止めないとと思ってここまでやって来た。
でも、結果は俺の望む通りにはならなかった。
それなのに、何故橘さんは俺にそんな言葉を言うのだろうか。
「僕は君に会えて感謝しています。君が僕に勇気をくれた。本当は君に会う前から手術費用は溜まっていたんです。でも失敗が怖くて中々踏切が付かなかった。そんな僕の背中を押してくれたのは君なんですよ」
「けど、そのせいで失敗して……」
「違いますよ。どうする事もできなかったんです。このダンジョンでエリクサーを見つけた時、もっと早く見つかっていればと呪いました。でも、僕の願いが叶わずとも、君の願いが叶う手助けになったのなら僕の間違いにも意味があったと思える」
橘さんはそのまま目を閉じる。
あぁ、まるで床で死に行く病人の様だ。
「天空君、耳を貸して下さい」
「何ですか?」
「これだけは、君に言っておかなければならないと思いますから」
最後に橘さんは俺に、モンスターの生体における未だ誰も解明していなかった秘密を俺に打ち明けてくれた。
「――ダンジョンのモンスターは人を殺す事で進化する特性を持っている。迷宮主や階層主に人を沢山殺させてはいけない」
「分かりました」
今、この状況で橘さんが俺に嘘を言う理由は無いだろう。
そして、鑑定でも橘さんが悪意的ではないと出ている。
これは、魔物を使役する能力を持つ橘さんだけが突き止められた真実という事だ。
「――それじゃあ、妻を頼む」
「――はい、必ず」
俺と蘇衣然は、橘さんの死体に火を付けた。
「帰還の指示を……」
「もう出しました」
「そう、それじゃあ行きましょうか」
橘さんの燃える死体を眺めながら、俺たちは第三階層を後にする。
犠牲者0人で、俺たちは当初の目的だった橘修柵の殺害もしくは捕縛という指示を完遂させた。
「後で、私も君に話があるから」
「分かりました。地上に戻ってから時間を作ります」
「そう、助かるわ」
何を言われるかは何となく分かる。
簡単に言えば説教といった所だろう。
はぁ、全くやらかした物だ。
――
「――燃えて頭蓋だけになってしまったのね。でも大丈夫、それでも貴方は最愛の女性の隣に居させて上げるから」
黒いドレスを身に纏った魔女の様な女が、一人の男の頭蓋骨をその妻の死体に抱きしめさせながらそう呟いていた。
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