第26話 今日も明日も明後日も、迷宮はずっとそこにある

「今日の配信を始めます」


 魔力災害からの復旧で迷宮が閉鎖され、復旧した当日。

 私は第4層、樹海迷宮グレートウッドの、あの舞を舞った場所から配信をしていた。


 :おお! やっと来た今話題の!

 :ギルドでめっちゃ遠巻きに見られてたな

 :囲んだらギルドから出禁くらうからな

 :近くで見たかったけど我慢した奴多いんじゃない?


「私はもっと大勢に、こう、わーって囲まれるイメージしてました……。そうならなくて本当に良かったです」


 先日の魔力災害と転移魔法陣の不具合が解決した後、本当にビクビクしながら私は迷宮から脱出したのだ。

 すわ人波に囲まれるか、それとも誰かに殴りかかられるかどうか、と。

  

 しかしそんなことはなく、遠くからジロジロ見られている感覚はあったものの、特に引き止められることもなく裏の受付まで到着することが出来た。

 それが意外だったのだ。

 

 :そりゃ配信見てた奴全員あそこにいたわけじゃないしな

 :むしろ少数じゃないか?

 :ギルドに駆けつけてたのなんて冷静になれてないやつばっかりだっただろうし

 :俺も取り敢えず一旦家に帰ったしな。いても出来ることがない


「そか、そう言えばそうですね」


 当たり前の話だけど、今配信に100人見にに来ているからと言って、迷宮から出たときに私の周囲にいる人間100人がその視聴者であるわけはない。

 配信には少し慣れてきたし、自然に話せるようになってきたけど、大勢の人の前だとまだ緊張してしまう。

  

 でも、配信という画面を挟んでいる以上、今までとやっていくことは変わらないのだ。

 それを今気付かされた。


 :後はあれな、ギルドがすぐに公表したのがでかい

 :「魔力収斂災害のモンスターを討伐したのははギルド所属の探索者です」

 :それ言われたら余計なちょっかいとかかけられないもんな

 :スカウトとかも絶対あれで手を引いただろ

 :流石にギルドには喧嘩は売れない

 :でも気になって見に来ちゃうんだよな…… byスカウト


「それは本当にありがたかったと思います。やっぱり、戦いに巻き込んじゃった人とかいましたから……」


 後から聞いたことだが、私がフラガラッハとの戦闘に入ってすぐ、ギルドは、「今現在ギルド所属の探索者が魔力収斂災害のモンスターと戦っている」「危険だから近づくな」といろいろな手段で公表し、迷宮内にいる探索者の配信のコメント欄にも流れるようにしたらしい。

 あの時戦いを見に来て巻き込まれた人たちは、それでむしろ好奇心を暴走させた人たちだったらしい。


 それ故に、コメント欄での非難と比べて、あの後私に対する非難の声は少なかった。

 ギルドが私という職員をちゃんと守ってくれたのだ。

 お礼を言ったら「当たり前だ」とみんなには言われたけど。

 その当たり前にこそ感謝しなければならないと、私は思う。


 :そういや、結局あのときのモンスターってなんだったの?

 :おん、俺もそれは気になる

 :みつるちゃん知ってるぽかったし7層以降の迷宮のモンスター?

 :というか7層踏破とがガチなんか。とても人の可能なことだとは思えんのだが

 :魔力収斂のときの戦闘も人が出来ることじゃなかったっだろ

 :そう言えばそうだった


「私一応人間ですからね!?」


 思わずそう突っ込んでしまう。

 人をそう人外の化け物みたいに。

 そりゃあそんな強さを求めているといえばそうなんだけど。


「あのモンスターは、第8層の中でも難易度的には上位の、“城郭迷宮・ロックボーン”に生息する“不防の騎士・フラガラッハ”と言います。迷宮のボス格ではないですけど、私は一番相性が悪いモンスターですね」


 :それ前も言ってたな

 :相性が悪いってどゆこと?

 :刀は効いてた気がするけど


「あのモンスターは防御力については、8層相当ではありますけど普通に甲冑のモンスターなんですよ。でも攻撃が厄介なんですよね。一切の防御が出来ないんですよ、フラガラッハの攻撃って」


 魔法使いならば普通に魔法で攻撃して殲滅することも捕縛することも可能だ。

 でもこちらが剣や刀が主体となると話は大きく変わってくる。

  

 あそこまで剣士キラーなモンスターを私は他に知らない。


 :防御不可?

 :それはどういう形で?

 :剣が壊されるとか? いやすり抜けるか


「そうです、剣とか盾で受けようとしてもすり抜けるんですよ。防具もそうですね。魔法の障壁も攻撃の剣が当たった瞬間に霧散します」

 

 特殊な物理現象とか魔力による物理現象とはちょっと違う、概念をぶつけてくる敵と戦っている感じ、とライトノベルなんかが好きだという大久保君は言っていた。

 だからあのフラガラッハというモンスターはあの層においても異質な相手らしい。

 そういう相手が今後増えるなら、斬撃という原因と、斬れるという結果を結びつける、過程をすっ飛ばすモンスターが出てきてしまう可能性がある、なんてことも言っていた。


 :確かに剣士の強敵か…… 

 :それで姉御が苦労してたのか

 :姉御でも苦労するって一体どんな化け物かと思ったら相性が悪かったんだな


「ん、待って、その姉御ってもしかして私の事言ってるの?」


 そういう悪口には鈍くないぞ私は。

 別に陰で言われるのは良いけど、配信でまで言わないで欲しい。


 :モンスター相手に「さあ、やり合おうか」って言ったのがかっこよかった

 :みつるさん、本気で戦ってるときになると表情変わるよね

 :いつまでもみつるさんのままもな、ってなってみんなで考えました!

 :あのかっこよさは姉御以外の何物でもない

 :ということで以後姉御とお呼びしても良いですか


 どうやら悪口ではないらしい。

 とはいえ、女性に向かって呼ぶには少々いかつい名前ではあると思うけど。


「まあ、悪口じゃないなら良いかな」


 サポート部:良くないよ!? もっと可愛い呼び方とかないの!?

 :サポートの人が突っ込んできた

 :でも戦ってるときの表情がめっちゃかっこいいんだよな

 :戦闘狂っぽい所あるし、姉御だなあ


 ということで、どうやら今後私の視聴者からの呼び名は姉御になるらしい。


「私は特に気にならないので大丈夫ですよ」


 :やったー!

 :頑張って考えた甲斐があった

 サポート部:うーん、みつるちゃんが良いならそれで良いか

 :まあ人によってみつるさんのままだろうし


 これでまた少し、視聴者との距離が近づいた気がした。




******




 

「さて、それじゃあ今日もギルド職員のお仕事をやっていきますよ」


 :深層探索?

 :ぶっちゃけそれが見たくているやつが多い

 :7層以降の戦闘とか探索者オタクには垂涎ものよ


 視聴者さん達は私の戦闘であったり、見たことのない迷宮の探索を見たいと思ってくれているらしい。

 でも残念ながら、今日のお仕事はそれではないのだ。


「今日のお仕事はそれじゃないです。ということで出発しますね」


 コメント欄の返事を待たないままに移動をして、転移魔法陣で迷宮第1層に移動する。

 

 :ここ1層か?

 :1層? そんなところに仕事が?

 :何の仕事だ一体

 :もう魔力災害は終わってるよな?


「今日はこちらで照明やケーブルなんかの設備の設置の護衛をやっていきます。普段は私はやらないんですけど、今回は第1層が大規模に破壊されちゃったので、大勢で一気に修理してしまうそうです」


 転移魔法陣の前で待っていると、いくつかの工具を持った数人組の集団が転移魔法陣で迷宮内にやってくる。


「お、あんたさんが護衛の人かい?」

「はい、そうです。今日はよろしくおねがいします」


 配信をしてて良かったなと思うところその一。

 こういう場面で以前はきょどっていたが、今は全く動揺しなくなった。

 知らない相手でも、取り敢えず当たり障りなく話しておけば良い、というのが感覚としてわかってきたのだ。


 そんな中、お相手さんのうちの一人がなにやらこちらを見ながらモジモジしているのに気づく。

 なにかあったのだろうかと首を傾げていると、意を決したような表情でこちらに来た。


「あ、あの!」

「はい? 何でしょう?」

「探索作者のみつるさんですよね? あ、握手してもらっても、良いですか?」


 握手。

 

 

 握手?


「私とですか?」

「は、はい! 俺配信見てて、それで本当にかっこいいなって思って!」


 なんと、つまり彼は視聴者さんだということか。

 それなら握手の一つや二つ、してあげたほうが良いのかもしれない。


 そう判断した私は、特にサポート部の皆に聞いたり視聴者たちに聞いたりすることなく、彼に手を差し出した。


「あ、ありがとうございます!」

「は、はい。これからも配信の応援お願いします?」


 ちょっと疑問形になってしまったが、これで良いだろうか。


 サポート部:ピピー! 気軽に握手とかしない! 自分が女の子なの自覚して!

 :いやアイドルか!

 :まあ、うん、有名人見かけたらサインか、そうなるよね

 ;そうなるけど許されんぞ

 :取り敢えずみつるちゃん、握手は今後は無しで

 ;こういうときは姉御じゃなくてみつるちゃんだよな


 どうやら駄目だったらしい。


「あ、あの駄目だったそうです」


 思わずそう言ってしまうと、相手の若い男性は一瞬疑問顔をした後、ビクリと肩を跳ねさせて頭を勢いよく下げた。


「す、すいませんでした! 急に見かけたのでつい! 申し訳ありません!」


 :おうフラガラッハ一体で許してやるよ

 :それ死ぬんだが

 :それぐらいしないと許されんぞ!

 :焼きそばパンぐらいで許してやろうぜ……


 人が増えるとコメント欄でも私の知らないようなやり取りが展開されて、見てて飽きないな。


 サポート部:みつるちゃん、取り敢えず仕事仕事。待たせちゃってる


「あ、そだ。それじゃあ護衛するので、お仕事お願いします」

「ん、おう。お仕事任された。そっちもお仕事頼むぞ?」

「はい! 任せてください!」


 これでも仕事というのには誇りを持っているのだ。

 きっちり守りきってみせるとも。


 そもそも第1層の魔力災害もない状態で守りきれないようなはずもない。

 


 さあ、今日もお仕事を頑張ろう。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【迷宮開拓部】ギルド職員、今日も深淵の様子を配信中~探索者よりギルド職員が強いってどういう事!?~ 天野 星屑 @AmanoHoshikuzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ