第25話 私達は迷宮開拓部

 私の見ている前で、フラガラッハは魔力に溶けて消えた。

 ドロップ品は魔石のみ。

 これだけ苦労させられたのに湿気ている。

 どうせならその業物らしき剣でも置いていけば良いのに。 


 :うおわ勝ったああああ!!

 :勝ちよった!!

 :ってみつるさん手が、手!

 :左手丸ごと無くなってる……どんだけ強かったんだあいつ


 確かに左手を肩の付け根から持っていかれた。

 めちゃくちゃ痛いし血も大量に出ている。


 でも安心してほしい。

 探索者には傷を癒やすための便利なアイテムががあるのだ。

 私は腹筋を用いて体を起こすと、右手でポーチをまさぐってそのアイテムを取り出した。

 

 迷宮に潜る探索者たちの救世主。

 大抵の傷は治してくれる魔法のお薬。

 お値段一本最低100万円から!


 ちなみに私が今から使うやつは、斬り飛ばされた腕を回収してきてつなぐだけなので安いので済むが、仮に腕一本生やすつもりならば一億はかたい。


 そんな魔法のアイテムの名前をポーションという。


 :みつるちゃん、急いでポーション使って!


 多分上谷さんらしきメッセージも配信とは別の仕事用のメッセージ欄に入ってくる。


 ポーションの入った試験管のような形をした容器を、腰のベルトに装着した魔法結晶のシリンダーと交換する。

 というか結局剣ではっちゃけてしまったから魔法を使わなかったな。

 多分魔法をうまく使っていたら腕をふっとばされるようなことは無かったかもしれない。


 例えば魔法で体勢を崩してから倒したりとか。

 剣を防げないとしても体に魔法を当てて位置をずらしてしまえば剣は私には当たらなかっただろう。 


 ちなみに魔法単体で倒すのは不可能である。

 というのは、迷宮の地形の魔法耐性というのは階層が深くなるごとに上がっていくものだからだ。

 そしてモンスターの魔法耐性も基本的に階層が高い程に高くなっていく。

  

 これがつまりどういうことを引き起こすかというと、第1層の迷宮の地面や壁よりもフラガラッハの方が魔法に耐えるという奇妙な現象が引き起こされてしまうのだ。

 地面や天井が私とフラガラッハの踏み込みに耐えられなかったのもそうだが、迷宮の耐久性は階層が上がるごとに高くなっていくような仕様になっているらしい。


 そのため、フラガラッハを溶かし切るような魔法や魔力での攻撃を放つと、必然と第1層の地面や壁も吹っ飛んでしまうことになるのだ。

 迷宮の地面や壁は自然再生するとはいえ、そこにいる探索者たちが巻き込まれてしまえば大変なことになる。


 故に、魔法でふっとばして倒してしまうわけにはいかなかったのだが。


 でもそれ以前に、私は剣士だから。

 刀で戦うのは当然だし、それで傷つくことに不満はない。

 死んでしまっていたら流石に後悔するだろうけれど。


 刀の道を行くと遥か昔に決めているのだ。

 今更それに背けばそちらの方が後悔するに決まっている。


 :ポーション!

 :ポーションってどれぐらいの傷が治るの? 

 :結構治るはず。でも高いぞポーション


「腕も繋がりますよ。今から繋ぐんで見ますか?」


 :見たいです!

 :いや、流石に良いっす……

 :いくら綺麗に斬れてるとはいえ腕の切断面はちょっと

 :ほんとに生きてて良かったあ……


 戦闘中はコメント欄を見る余裕が無かったが、どうやら結構皆に心配されていたらしい。

 非常に心外である。


「なんですか、皆私が負けると思ってたんですか?」


 サポート部:勝つと信じてたけどそれはそれとして心配だったよ

 :ずっと余裕で勝ってたのに苦戦してたから心配になった

 :情報の無いモンスターだったから……

 :普通に心配でしたがなにか!? 勝っても大怪我してるし!!


「死ななきゃ安いんですよ。剣の道は。どうせポーション代はギルドが出してくれますし」


 サポート部:そうなんだけど、そうじゃないんですよ! 上谷さんぶっ倒れましたよ!

 サポート部I:あーもう、あんな良い感じで出てったのに大怪我してるし全く……!

      絶対手当金大量に引っ張ってやるんだから 

 :サポートの人らが荒ぶってる

 :そりゃこんな怪我されれば荒ぶりもする

 :実際送り出す方は気が気じゃなかっただろ

 :実際突入した段階で、どういう見込みだったの?


 視聴者さんの質問に、コメント欄に来ていたサポート部のみんなが黙り込んでしまう。

 そりゃあ、私は納得してるけど、最初から怪我する前提で送り出してる、となったらただでは済まない。 

 

 けれど実際に今回は、相手が相手だったのでそれを確信した上で送り出さなければ行けない状況でもあった。

 少なくとも多くの探索者を救助するためには。 

 仕方ないので、私が自分の口から説明することにする。


「私は普通に怪我するだろうなって思ってましたよ」


 :怪我ってどれぐらいの?

 :怪我にもピンからキリまであるんですがそれは

 :そのレベルの怪我を想定してたわけじゃないだろ?

 :てことはサポートは怪我する前提で送り出したの?


 ほらもう、すぐそういう方向へ話を持っていってしまう。

 コメント欄と話しながら拾い上げていた腕を傷口にぐっと押し付けた後、p-ションの容器の蓋を開けてぐいっと飲む。

 スキッと爽やかな味がして、切断されていた腕の傷がどんどん繋がっていくのが感じられる。

 何回やっても気持ち悪いやこれは。


「今回は相手が最悪だったんですよ。あのモンスターは第8層の城郭迷宮ロックボーンに生息する──」


 :見つけたこの配信か!!

 :あのモンスター倒したのこの人?

 :こんにちは初見です。魔力収斂のモンスター倒しましたか?

 :おい、人が巻き込まれて死んだぞ! あんた何やってんだよ!

 :普通にモンスタートレインじゃね? 訴えたら勝てるだろ

 :訴えれるやつが全員死んでるんだよなあ

 :あのモンスター倒してくれてありがとう!

 :絶対終わったと思った本当にありがとう。助けてくれてありがとう

 :あんだけ強いモンスターを倒したのに登録者一桁ってどういうこと!? 

 :はえー、遡ってみるとすんごい。良く勝ったなこれ

 :あああ、本当にありがとううううううう


 フラガラッハという強敵について紹介しようとしたところで、なにか急にコメント欄に一気に人が流れ込んできた。


「何事何事、急になにがあったの!?」


 :どうやらSNSでみつるちゃんの配信が噂になって大勢の人が集まっているらしい。

  一旦配信を切って急いで撤退した方が良いかもしれない。

  ギルドで出待ちされるかもしれないから、裏から出られるように話は通しておく。


 なんと。

 ついさっきまで一桁の視聴者と登録者しかいなかったのに、いきなり数十人、いやそれ以上の人が私の配信に一気に集まってきてしまったらしい。


 これは確かに、一旦迷宮から脱出するかどうにかしてほとぼりを冷ました方が良いのかもしれない。

 配信をしたままにしていると、私がいる場所がわかってしまう。

 実際に私に責任があるかどうかは別として、私とフラガラッハの戦闘に巻き込まれて死んだ探索者が複数いる。

 

 その探索者達を配信で応援していた人達からしてみれば、私はその探索者を殺した犯人の片割れということになってしまう。

 魔力収斂という災害の状況下であったとはいえ、人の気持ちは簡単に処理しきれるものじゃない。


 更に魔力収斂という災害の状況下だったからこそ、多くの注目も集めてしまっているというのもある。

 直接私に恨みがなくても、野次馬的に集まる人も多いはずだ。


「あ、あの、かみ、サポートの皆さん! 今って迷宮から脱出出来ますか!?」


 せっかく配信に最近慣れてきていたのに、知らない人がたくさんやってきたせいで噛み噛みになってしまった。

 もともと大勢の人と話すのは得意じゃないのに……。


 :申し訳ないが、転移魔法陣の復旧にはもう少しかかりそうだ。それに開通直後には人が押し寄せることになる。


「うええ、そんなあ……」


 どうやら、私は余計な人の注目を集めてしまうことになりそうだ。


 



******





 その後のことは簡単にまとめることにする。

 転移魔法陣の開通後、怪我を負っている探索者などが大挙して転移魔法陣を使うのはわかりきっていたため、ポーションで回復して余裕のある私は少しばかり帰還を遅らせることにして、いくらか探索者の波が落ち着いてから転移魔法陣を使用して帰還した。


 私の予想では、転移魔法陣から出た途端に大勢の人に囲まれるようなことになるかと思っていたが、遠巻きに見られてはいるものの、いきなり誰かに声をかけられたり動けなくなるほど囲まれるようなことはなかった。


 後から知ったことだが、この探索者の界隈では有名人がいたとしても囲んだり話しかけたりは基本的にしないことが常識らしい。

 というのも、探索者は映像公開の義務がある以上どうしても顔バレをしてしまう職業であり、そんな探索者を守るためにいくつか法律が、定められているらしいのだ。

 それのおかげで、私は大勢の人に囲まれずにすんだ、というわけである。

 これまで目立ったことが皆無だったために全く知らなかったが、探索者を守るために色々と国もやっているらしい。


 とはいえ、魔力収斂の際にフラガラッハを倒した戦闘の様子と、そこからアーカイブを遡って第5層の魔力暴走の様子やそれ以前の戦闘の様子を見た人たちが増えてしまい、私の配信を見に来る人たちが一桁程度だったのが、気がつけば100人ほどになってしまっていたが、それぐらいはささいなことだろう。

 下手にあそこで更に戦闘シーンを見せてしまっていたら10倍以上に増えていただろう、とは上谷さんの言葉である。

 

 上谷さん、SNSとか詳しかったんですね、というのが一番意外な点だった。

 そういうのの話をするなら若い大久保君とか女性の天音さんや咲さんだと思っていたのだ。

 

 そう言えば咲さんだが、私が迷宮に出発した後に咲さんも招集されて部署の部屋に来ていた。

 いつものように男装の麗人というほどにはきっちりと整っていなくて、それが妙に女性っぽくて可愛かったことをここに記しておく。


 なお、迷宮開拓部の部署の部屋に帰還した後は、怪我をしたことをみんなに怒られて、その後深夜に再びご飯を奢ってもらってから、翌日は一日休みとなって解散となった。

 仕事として決断して送り出したとはいえ、皆も私の事を心配していたらしい。

 私としてはそのまま深層探索でも全然良かったのだが、流石に心配するみんなの前でそれを言い出せる雰囲気ではなかった。


 私は特に心配されるようなことではない、と勝手に思い込んでいたが、皆が心配してくれていたのは純粋に嬉しかった。

 けれど同時に、私が勝てないんじゃないか、怪我するんじゃないか、と戦う前から思われていたようで、少し悔しかった。


「ので。私はこれからもっと強くなることにします」


 :それ以上強くなってどうしようというのか

 :心配されるのが悔しいって何事?

 :まだ上があると?

 :自分でも相性が悪かったって言ってたじゃん

 :余計に心配になる方向に突っ走ってんだよなあ

 サポート部:そういうことじゃないんだよみつるちゃん…… 


 なお、後日心配されないぐらいに強くなる、と配信で宣言したときには、なぜか避難の嵐となってしまった。

 解せぬ。


 さておき、こうして複数の魔力災害が併発した騒動は、幕を閉じた。


 実を言うと、今回の魔力災害は数年に一度レベルで規模が大きかったものの、魔力災害自体は年に数回の規模で起こっているものだ。

 それでも起こる場所が初心者が集まる第1層だった今回のようなケースが一番被害が多くて、もっと深い層であればあるほど失われる人命は減るし探索者も災害に慣れることで対応が早くなっていく。


 だから、今回の災害で探索者が減ることはない、とは言わない。

 迷宮が怖くなって探索者をやめる人はいるだろう。

 仲間を失って無力感に打ちひしがれる人もいるだろう。


 それでも、探索者は迷宮に挑み続ける。

 私も含めて。


 だって私達は、そういう生き物なのだ。

 普通に仕事をすれば安全に生きていけるのに。

 美味しいご飯だって、趣味だって、別に探索者をしなくても十分に満たせるのに。


 それでも探索者になろうとするのは、ちょっとの小遣い稼ぎのためか、大金を稼いで成功者の仲間入りをするためか、それとも私のように探索者でしか得られない物があるのか。


 それは人それぞれだろう。

 だが、結局のところ探索者というのは、リスクを許容してリターンを求めて迷宮に潜る存在ということだ。


 故に、明日からも私の仕事は変わらない。

 少しでも迷宮のことを解明して、他の探索者達が死なないように、未知の死因に遭遇してしまわないように。


 すこしずつ、少しずつ、迷宮を切り拓いていく。


 それが私達、迷宮省探索者互助組合庁迷宮開拓部のお仕事なのだ。


 今回のことも、これからのことも、一つ一つ、私個人の強くなりたいという目的と同時に、ギルド職員としてのお仕事を、やっていくのである。

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