第24話 激戦

 この迷宮は、私を除いて今日までに、第7層までの存在が確認されている。

 迷宮ごとに出現するモンスターに特徴はあるが、基本的には潜って戦闘をし、生きて帰れる層の深さが、探索者の実力を示す指標となる。


 1層探索者はまだまだ新米も新米で、2層に潜れるならば駆け出しだが初心者は卒業した程度。

 3層探索者となればいよいよ周囲からも探索者として一人前と認められ、4層に潜れるともなれば更に腕利きだと見なされる。

 5層から先は腕利きの中でも一流の領域で、6層ともなれば腕前云々ではなく狂人だと言われるレベルだ。


 そして7層以降の探索者を示す指標は存在しない。

 単純な話だ。

 公的に表に存在している探索者で、7層を無事に探索できる探索者なんて、一人も存在していないからだ。


 狂人の領域に至ってようやく“第6層”。


 そんな中で、今私の目の前にいるのは、それよりも更に深層、第8層の中でも圧倒的な難関に分類され、ものによっては第9層の迷宮よりも攻略が困難だと見なされる深淵に棲まう魔物。

 迷宮第8層は最難関、城郭迷宮ロックボーンを徘徊する数多の騎士たちの中でも特に危険な一体。

  

 不防の騎士・フラガラッハ。

 かつて私が始めてロックボーンに潜ったときに遭遇し、いきなり殺されかけた相手だ。

 


 :あれってどこのモンスターだよ。

 :見たこと無いぞ まじで

 :取り残された奴らの映像から分析してる人らいるけど、該当するモンスターがいないらしい



「ついておいで」


 その深淵のモンスターと相対した私は、そいつを釣るように距離を保ちつつ、より広い空間へ向かって移動する。

 途中で誰か巻き込むかもしれないが、それは許してほしい。

 どっちにしろ単独でフラガラッハと遭遇すれば死ぬのだ。


 直後、首元に冷たい気配を感じた私は全力でしゃがみこんだ。

 その頭上を、高速で振り抜かれたフラガラッハの持つ剣、魔剣フラガラッハが通過する。

 お返しとばかりに胴体に向けて刀を振り抜くが、いとも容易く受け止められる。


 ロックボーンに棲まう騎士型のモンスターたちは、基本的に全てが剣の達人だ。

 その強さは、以前私が配信で蹂躙してみせた第9層の遺骸迷宮ボーンルインズの上位スケルトン共とは比較にならない。

 私がやってのけたことを、コイツも似たレベルでやってのけるだろう。


 一撃を回避し受け止められた後、余計な追撃を受けないように加速して広間へと移動する。

 そしてそこでようやく私は振り返り、やつと相対した。


「さて、やり合おうか」


 :みつるさん表情がガチなんだけど

 :そんだけ強敵ってことか

 :もしかして7層以降のモンスターじゃないか? だから映像が無い

 :それだわ。

 :でもみつるちゃんが知ってそうってことは、第7層から第9層の間のモンスターってことか?

 :ならみつるちゃん勝てるんじゃね? 普段から相手してるんでしょ?


 あいにくと、そんな簡単な話はない。

 こいつと戦えば、未だに苦戦はするし傷は避けられない。

 

 加えて、こいつは第8層にいるフラガラッハそのものではなく、魔力収斂によって誕生したモンスターだ。

 本来のフラガラッハ以上に強くてもおかしくない。


 睨み合って数拍の間の後、フラガラッハの姿が掻き消え、続けて私の姿もかき消えた。

 ように視聴者たちやサポートの皆には見えただろう。

 実際には私とフラガラッハが速すぎて、ドローンが残像程度にしか捉えられないというだけの話だ。 

 

 首、胴体、腕。

 一発でも受けたら致命傷になりそうなフラガラッハの攻撃を全て回避する。

 その間も、私とフラガラッハは高速で移動を繰り返しており、広間の地面の上や壁、天井を蹴って踏み砕いては互いに剣を振るう。


 音速に近い、あるいはときによっては越える攻防に、余人が巻き込まれては生きていられないだろう。

 私もフラガラッハも、互いに一つも傷を負うことなく攻防が続く。


 だが不利なのは私だ。

 フラガラッハの正確な剣を、私は全て刀で受けるのではなく体を動かして回避している。

 そのために体勢が崩れてしまい、満足な反撃が行えないのだ。


 かといって、フラガラッハの攻撃を防御した上で反撃するということは出来ない。

 この出来ないというのは、するしない、という話ではなく、可か不可かという話だ。


「あ、おい馬鹿押すァッ」

「おい、何がおきてェン」


 :あ、誰か巻き込まれた

 :ウォエ゙

 :普通に死んでいくのほんとなんなんだ?

 :もう誰も死なんでくれ

 :頼むみつるちゃん、そいつを倒してくれ


 私とフラガラッハが広間中を飛び回り、地面や壁を踏み砕き、ときに斬り裂く音につられたのか、探索者が私達の戦っている広間に顔を出してしまった。

 残念ながらフラガラッハの攻撃を防いでやることは私には出来ない。

 奴に狙われて生き残るたった一つの方法は、狙われた本人が回避することだけだ。


 それが、深淵第8層の中でも異端な能力を持つフラガラッハというモンスター。

 その攻撃は、物理も魔法も、剣も鎧も壁も、ありとあらゆる防御を無効化するのである。

 受けたはずの剣をすり抜け、鎧を透過して切り裂き、魔法で張った障壁は剣が触れた途端に霧散する。

 そのくせして、こちらからの刀による斬撃は丁寧に受け止めてくれるのだから本当にもう、こいつほんとにフラガラッハだなという感じだ。


 真面目に剣士をやってるこっちからすればふざけているのかと言いたくなる相手だ。

 その上今この場は多くの生存者が取り残されている迷宮第1層なので、強力な魔力を込めた一撃で薙ぎ払うことも出来ない。

 以前死にかけた後再戦したときはそれで倒しているので、その倒し方が出来ないとなると新しく手を模索する必要が出てくる。


 つまり今どういう状況か、わかりやすくまとめると、まともに切り結ぶことが出来ない剣の達人を相手に、剣で勝たなければならない状況、ということだ。

 

「はっ、ふっ、きつくて笑えてくる、なッ!」


 :みつるさん笑ってるんだけど?

 :戦闘狂の血が騒いでるな

 :これどっちが押してるの?

 :この残像からそれを見抜けと?

 :取り敢えず人外の戦いだってことは理解した。

  

 横薙ぎの一撃をしゃがんで避けながら足元を刈ろうとするが、先に相手に読まれていたのか、それともそこまで予定通りだったのか、刀を振る前に顔に金属の甲冑による爪先蹴りが飛んでくる。

 本当に、剣の達人が一番持っては行けない能力をこいつは持ち合わせていると思う。


 とはいえその剣に完全に触れないわけではない。

 防御することが出来ないのは基本的に刃だけで、その柄であったり奴の本体には触れることも攻撃することも出来る。

 故に相手が剣を振り下ろす前に、柄尻を叩いて斬撃をそらすことも出来なくはない。


 問題は、やつが私に匹敵するぐらいの剣の達人ということだ。


 もう達人達人言い過ぎて疲れてきたな。

 けれどまあ、本当に、剣の腕がとんでもなく良いのだ。

 そこに能力が乗っかるのだからもはや、その噛み合わせの良さは恐ろしいレベルである。

 

 とはいえいつまでも逃げに回っていても勝てるわけではない。

 ある程度動きを見ることも出来たところで、今度はこっちから仕掛けに行く。


 上半身を斜めに肩から切断する軌道を描くフラガラッハの剣に対して、その剣の軌道に沿うように体をしゃがみこませながら腹に向けて突きを放つ。

 が、相手もさるもので即座にバックステップに切り替えて距離を取ろうとする。


 しかし、はっきり言って剣を受けれない相手に長期戦は不利である。

 故に仕留めてしまいたい私は、フラガラッハのバックステップに追従するように低い体勢のまま追撃。


 フラガラッハのからの攻撃を回避しやすくする一つの方法として、フラガラッハに対して体を丸めることで、剣で狙われる範囲を狭くするという方法がある。

 これをしておけば、相手の攻撃を釣り出して体の位置をずらすことで容易く回避することが出来る。


 二回ぐらい見せたら見抜かれる様になるけど。

 故にそれを札として隠したまま、フラガラッハに食らいついていく。

 

 横薙ぎはしゃがむか飛び上がって避ける。

 中途半端なときは後退して避け、斜め切りは体を傾けることで回避しながら踏み込む。

 首や腕を狙ってきたときにはその部位を引くことで攻撃を回避しながら、体の反対側で距離を詰めて、ひたすらフラガラッハに詰め続ける。


 フラガラッハの攻撃のたちが悪いところは、防御が出来ないのをわかっていて、回避が難しい斬撃を多用してくるところだ。

 これで突きを多用するならば、防御は出来ないとは言え当たる面積は狭いので、そのまま踏み込んで叩き切ることが出来る。

  

 だがフラガラッハは、こちらが回避することを見越して、回避したときに大きく体勢が崩れる攻撃ばかりしてくる傾向にある。

 おかげで、どうにも詰めきれない。


 結局ずっと詰めきれない将棋を続けているような、そんな感覚。

 一方で私も、以前死にかけたときより遥かに強くなっているので、フラガラッハの攻撃にはそうそう当たってやることはない。

 結果、被害が増していくのは迷宮の地面や壁と、時折好奇心を抑えきれずに近づいてきてしまった探索者達ばかり。


 :ほんと、近づいてこないでくれ頼むから……

 :ガチで飛んで火に入る夏の虫じゃん

 :流石に不謹慎だぞ

 :戦ってくれてるのに不用意に近づいて命散らすんじゃあ、やってられんよな


「仕方ない、か」


 ここで私は、無傷での勝利を諦めた。

 フラガラッハを相手に、極大火力と広範囲の魔法以外で勝利するのに、無傷で通すのは今の私では不可能だ。


 故に。


 


 腕の一本ぐらいなら、くれてやる。





 体を丸めて接近することで、フラガラッハの攻撃を誘導。

 一撃目は回避しつつも、フラガラッハが受けきれる程度の反撃をする。


 そしてしばしの戦闘の後、全く同じ状況をもう一度作る。

 今度はフラガラッハも対応して、先程と同じように避けようとしたところで腕が巻き込まれるような斬撃を放ってくる。


 しかしその一撃こそ、私が釣り出したかった一撃。


 先ほどより大きく避けるのではなく、あえて左腕が斬り飛ばされるように最低限の回避を行い、代わりに剣とすれ違う形で懐に入り込む。

 そして引き戻しが間に合わない間合いでの、頭部への渾身の突き。


 甲冑をつけているためにその表情は見えなかったが、驚愕とともに称賛とも取れるような感情の動きを感じた直後、その顔面を、私の刀が貫いた。


 フラガラッハは攻撃面では飛び抜けた能力を持っているとはいえ、防御力では階層相当の、ごく普通の甲冑を纏ったモンスター程度の硬さでしか無い。

 それこそ先日両断した大水晶蠍の方が遥かに硬いだろう。


 それでも確実に殺さなければまずかったので、突きには普段以上の魔力を込めていたが、余計な魔力が多かったようで、フラガラッハの頭部を貫いた突きはそのまま迷宮の地面に深い穴を開けた。


 そしてそのまま私はフラガラッハに衝突し、ゴロゴロと地面を転がる。。

 一方のフラガラッハは、根本まで顔面に突き立った刀に手を伸ばそうとした姿勢のまま、魔力になって空気に溶けていった。

  

 後には私の剣と、大きく高純度な魔石が一つだけ、ころり、と転がっているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る