第23話 不測の事態は測れないから不測という

 道交法に引っかかりそうな速度で移動した私は、電話から10分も経たないうちに、ギルド本部の庁舎に到着した。


「到着しました!」

「はい、ドローンどうぞ!」


 セキュリティーを駆け足で抜けて迷宮開拓部の部屋に駆け込むと、深夜にも関わらず部屋で待機していた大久保君が、ドローンと諸々の映像配信用の機器を渡してくれる。

 これらの道具類をここに置いていたので、ギルドの受付に直接行くのではなくこっちに来る必要があったのである。


 今は配信をするために使っているが、これはもともとは、私とサポートの皆を繋げるための道具だ。

 だからこういう緊急の事態でも、現場で判断できないことを判断するためにドローンを介した映像接続は必要なのだ。


「それで戦わせるってのか? 探索者に救助義務はないはずだろうが! おい! っち、くそったれ!」


 部屋に上谷さんの叫び声が響く。

 電話でどこかとやり取りをしていたが、一方的になにかを言われて電話を切られたのだろう。


「上谷さん、私はどうすればいいですか?」


 その手が空いたのを見て、私はすぐに彼に指示を求める。

 直後に再び部署の電話がコール音を鳴らす。 


「はいもしもしこちら迷宮開拓部」


 大久保君が電話対応をする一方で、上谷さんは渋面を崩さぬまま呻く。


「あ゛ーくそ。こういうのは好きじゃねえってのに……」


 それでもちゃんと答えてくれるのが、上谷さんのちゃんとしているところだと思う。


「美剣ちゃん、迷宮第一層に突入して、魔力収斂によって出現したモンスター“不防の騎士・フラガラッハ”を討伐してくれ」

「討伐ですね? 時間稼ぎでも救助活動でもなく」


 そこで更に表情を苦くしながらも、一切間を置くことなく上谷さんは断言する。


「討伐だ。それ以外はない」

「わかりました。それじゃあ行ってきます」


 私を死地に行かせることを辛く思いながらも、それでも上谷さんは決断をしてくれた。

 ならば、後は私がその指示のとおりに行動する番だ。


「塚原さん、電話です」


 上谷さんに出立の挨拶をして駆け出そうとしたところで、今度は大久保君から私に静止がかかった。


「電話?」

「室長からです」

「うげ……」


 まさかまさかの、ここで普段はこの部署の部屋には来ない叔父からの電話である。

 どうやら大久保君がとった電話が叔父からの電話だったが、私と上谷さんの話が終わるまで保たせてくれていたらしい。


 その大久保君から電話を受け取って、耳元に当てる。

 後ろで扉が勢いよく開く音がしたのは、誰が部屋に駆け込んできたのだろうか。


「もしもし塚原です」

『室長の塚原だ』


 ですよね、と言いそうになったが我慢する。

 相手も私も塚原だということを失念していた。

 その気まずさと、幼い頃からの苦手意識もあって私が黙ったままでいると、電話の向こうで叔父が独り言のように話し始めた。


『多くは言わん。生きて帰ってこい』


 その一言に、どこかふわついていた私の中ので線がピンと張り詰めるのを感じる。


「わかりました。生きて帰ってきます」

『わかった。では切るぞ』

「は──」


ブツッ


 返事をする前に電話を切られた。

 こういうときに短気というか、多少の余裕も持てないのは叔父の良くないところだと思う。

 でも今は、その張り詰め具合が心地良い。


 電話を置いて振り返ると、髪型を乱した天音さんといつも通りな様子の藤原さんが扉のあたりからこちらの様子を伺っていた。


 その2人も含めたこの部屋にいるサポートの皆に、改めて宣言する。


「行ってきます」


 直後に、皆の大きな返事が響いた。


「行って来い」

「「行ってらっしゃい!」」

「無事のお帰りを待っていますよ」


 ここで引き止めないでくれるから、私は彼ら彼女らと仕事をするのが本当に好きなのだ。

 互いに役割があって、役割の外では色々と交流したり一緒に食事をしたりして。

 

 でもそれでの役割を鈍らせることがない。

 彼ら彼女らは私に「死地に突っ込め」と断言できるし、私もそれを受けて恨みに思うことなく突っ込むことが出来る。

  

 このひりついた距離感が、私にはあっている。

 やはり私は穏やかな世界よりも殺伐とした場所の方が性にあっているらしい。


「美剣ちゃん、これ持っていけ」


 部屋から出ようとしていた私にそう行って上谷さんからほうられたのは、一枚のセキュリティーカード。

 この場で一番権限の高い上谷さん自身のものだ。


「それなら引き止められずに迷宮に入れる。悪いな、手続きが間に合わなくて」

「いえ、ありがとうございます」


 ありがたくそれを受け取って開拓部の部屋を出る。

 魔力収斂が起きているこの状況じゃあ、普通の探索者じゃあ迷宮に入る事自体を引き止められてしまう。

 だから迷宮省の中でも権限がそれなりに高い上谷さん自身のセキュリティーカードを渡してくれたのだ。


 ドローンとそれらを一緒に持った私は、全速力で人とぶつからないようにギルドの受付に走る。

 表の受付の方は、中に閉じ込められてしまった人がいるのか、詰めかける人たちで混雑していたが、裏の受付はいつもの如く人が少なく空いていた。

 

 そこで上谷さんのセキュリティーカードを示して迷宮への入場強化をもぎ取り、武器と防具を受け取る。

 いつものように更衣室に行く時間がもったいないので、男性の職員には申し訳ないけど受付の目の前で装備に着替えさせて貰った。

 どうせならインナーや防具以外の家にあった服は家でそのまま着て来ればよかったな、と思ったが今更である。


「よし!」


 転移魔法陣の前で自分の頬を叩いて気合をいれ、魔法陣の上に乗る。 

 転移先に指定するのは第1層の洞窟迷宮ザ・ケイヴの中でも一番端のスタート地点に当たる場所だ。


 足元の魔法陣が点滅を始め、やがて継続的に光り、そして光が私の体を包む。

 わずかにグワングワンする感覚の後に、私の体は迷宮の中に立っていた。


 即座にドローンをつけて映像を接続する。

 最近の癖で動画サイトの配信開始のボタンまで押してしまったが、この時間に見に来るような人もいないから別に良いだろう。


「映像映ってますか?」


 :バッチリ映ってるよ


「ありがとうございます」


 いつも通りメッセージでの返信を受けて、簡単に確認を終える。

 武器、良し。装備、良し。映像、良し。

 シリンダー装備、良し。


 今日は戦う相手が決まっているので、あらかじめ使うシリンダーを足や腰に巻いたベルトに装着しておく。

 こうしておけば、いちいちポーチから取り出す必要もなく、そこに触れて魔力を流すだけで魔法を発動することが出来る。


「奴の場所はわかりますか?」


 :迷宮内に取り残された探索者の配信している映像を見る限りでは、今は黄銅坑道にいると考えられる。


「取り残された? 脱出が出来ないんですか?」


 すぐに迷宮のマップを思い浮かべて移動を開始しながら、気になったことを問いかける。

  

 :魔力収斂で魔法陣がおかしくなったのか、中に入ることは出来るが出ることができなくなってる。


「なるほど。それで時間稼ぎでも救助でもなく討伐なんですね」


 迷宮というのは、未だにわかっていないことばかりの未知の世界だ。

 第4層まではそれなりに探索が進み、第6層に挑むような探索者達もいるが、そもそもとしてモンスターが出現する原理についてすら、判明していない。

 

 それは迷宮どうし、そして迷宮の中と外を繋ぐ転移魔法陣についてもそうだ。

 その使い方自体はわかるしある程度再現も出来ているが、魔力災害のような不慮の事態があれば機能不全を起こしてしまう程度のものでしかない。


 今回は第1層の魔力変動や第5層の魔力暴走ではエラーを起こさなかったが、第1層で溜まった魔力が魔力収斂を引き起こした際にはエラーを起こし、脱出ができなくなってしまっているらしい。


 だから、魔力収斂で出現した強力なモンスターを討伐し、異常を解決することで転移魔法陣のエラーを解決するか、あるいは調査をするための時間を確保しなければならない。

 そのためには、魔力収斂で出現した第8層のモンスターである“不防の騎士・フラガラッハ”を倒さなければならない。



 そもそも魔力収斂とは何なのか。


 それは、端的に説明するならば、魔力変動や魔力暴走同様、魔力災害の一種である。 

 だがその魔力の動きの原理については、それら二つとは全くの逆である。 


 魔力が溢れ出して存在する多くのモンスターを強化する魔力変動と、溢れた魔力が多くのモンスターを形成する魔力暴走。


 それに対して魔力収斂は、溢れんばかりの魔力が一箇所に凝縮し、たった一体、あるいは数体の、その迷宮の階層には不相応な特異個体のモンスターか、あるいは遥かに下の層のモンスターを生み出す魔力災害である。


 魔力暴走や魔力変動によって、百体や場合によってはそれ以上に行き渡る魔力が、たった一体のモンスターに凝縮するのだからそのモンスターが持つ力の強大さは、考えずともわかろうというものだ。


 :こんな時間に配信と思ったら何してんのぉ!?

 :魔力収斂に突っ込むのは駄目だって!!


「あ、配信……良いか」


 どうやらこんな深夜なのに、私の配信に気づいて見に来てしまった人たちがいるらしい。

 でも確かに探索者なら深夜でも普通に活動しているし、おかしな話ではないのか。

 

 どっちにしろ今は対応している暇はない。

 申し訳ないけど無視させてもらおう。


 :この当たりだ


 そのメッセージがサポートのメッセージ欄に届いたのとほとんどときを同じくして。

 

カツン カツン


 迷宮の地面を硬いものが踏みしめる音が響く。

 足の裏に金属のついたスパイクか、杖をついているのか。


 あるいは、全身の金属の甲冑で覆っているのか。


 音が聞こえた曲がり角から距離をとって、刀を引き抜く。

 本気のときに使う刀を抜くことはない。

 フラガラッハというモンスター相手に、それは無意味な行為だ。


 :早く逃げろって!

 :何、みつるさんの闘争本能が暴走したの?

 :それかギルドから仕事として魔力収斂災害の収集が命令されてるか、だな


 そしてそれは、洞窟の曲がり角から姿を表した。

 

 大きさは、せいぜい背が高い男性程度。

 二メートルも無いだろう。

 形状としては、全身に甲冑を纏った人間の男性のそれだ。

 見た目だけを言えば、甲冑を纏った人と全く変わらない。

 あるいはフル装備のタンク職など、探索者の中にも同じような装備の人間はいるだろう。


 だが、一箇所だけに明確に人ではない場所がある。

 右手に掴んだ直剣の放つ禍々しい気配が、それが人ではないのだと強烈に主張している。

 ときに揺らぎ、空気に溶けるように見えるその剣が、それをそれたらしめる。


 迷宮第8層、城郭迷宮ロックボーンに生息するモンスター。

 不防の騎士・フラガラッハ。


 いまだ余人の知らぬ脅威が、そこにいた。

 

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