第22話 ようやくの事態の収束

 その後も二組程、負傷で動けなくなっていたり、周囲で魔力変動で稼ぎに来た探索者とモンスターの戦闘が起こって逃げられなくなっていた初心者探索者を救出した。


「もういない感じですかね」


 サポート部:結構見て回ったし、後は狩りをしてる探索者ばかりだろうね

 :むしろ狩りをしてる中を駆け抜けていく足の早さよ

 :モンスターも探索者も白目向いてたぞ

 :鍾乳洞靴大して広くないからな。通ろうとするとああなってしまうんよ。

 :おかげで逃げられなかった人もおったわけだしな

 :魔力変動も結構落ち着いてきた感じあるしな


 小さな違和感。

 けれどその正体がわからないままに、私はそれを流してしまう。


「なら大丈夫ですかね」


 サポート部:今日は結構いそがしかったから、みつるちゃんももう上がらないか?

      今日はお疲れ様ということで私が奢るよ

 :お、飯行くんか

 :配信者と飯ってだけでなんか羨ましい

 :実際はただの同僚なんですけどね

 :というかみつるちゃんの同僚ってだけで相当のエリートだろうな


「私、結構食べますよ? 後ギルドは所属としては迷宮省探索者互助組合庁なので、サポート部の皆さんは国家公務員ですよ。いわゆる官僚さんってやつです」

 

 私の食費もあって、私は基本給の時点で他の人の三倍以上もらっているのに奢ってもらうのもなんだかな、と思う。  

 でも以前そのことを言ったら、自分たちもそれぐらいの稼ぎは普通にあるし、どうせ他に使い道が無いから、ってサポート、開拓部のみんなには言われたんだよな。

 それ以来、奢ってくれるというときは大人しく奢られることにしている。

 それにときには私から奢ったりもしているので、お互い様の範疇で落ち着いていると言ってもいい。


 :官僚!?

 :そうか、扱いとしてはそうなるのか

 :というかみつるちゃんもじゃあ官僚になるのか?

 サポート部:みつるちゃんは特殊官僚っていうちょっと特別な立ち位置だね。国としても庁としても他所に取られたら溜まらない人材だから。

 :はえー

 :ギルドもちゃんと仕事してるんだなあ。


「ちゃんと仕事してますよ。そういう広報の役割も、私の配信は担ってますから。これからも見てくださいね」


 :もちろん!

 :未だに広まっていないのが信じられないぐらいの配信だしな

 :単純に七層以降ソロ踏破が意味わからんぐらい強すぎて……

 :テレビとかに出る探索者最強ランキングとかも、表に顔の出てる探索者ばっかりだしな。

 :もっと強い人いるの? みつるさんは除いて

 :禁止カードは置いておいて、実際表に顔出さないしインフルエンサー的な活動はしないけど強い探索者っていうのは結構いる。下手に顔売るよりも探索の方が稼げたりするからな

 :まあそれでも、大抵はスポンサーがついてるから完全に無名で最強、みたいな人はみつるちゃん以外にいないだろうけど


「それじゃあ、皆さん、また次回会いましょう。多分明日は普通に第9層の探索に行くと思います」


 :おお! 楽しみ

 :他の人が知らないものが見れる優越感

 :実際はかりきれん価値あるよな、この配信

 :じゃあ、明日も頑張ってなー


「それじゃあ、さようなら」


 配信を切断して、私も先に逃がした彼らのように、迷宮の魔法陣からギルドの方へと転移する。

 第1層の良いところは、他の層の迷宮よりも魔法陣の設置が進んでいるために、迷宮内のどこからでも魔法陣を使ってギルドに帰還が出来るところだ。

 今回の魔力変動でも、そのおかげで助かった初心者はそれなりにいるだろう。


 これが普段私が探索している第9層とかになると、ギルドが転移魔法陣を設置できていないので、元から迷宮に存在する他の迷宮と繋がる魔法陣を使って、複雑なルートで移動しないといけない。

 そのあたり、私と開拓部のみんな以外のギルドの人たちも頑張ってはいるらしいけど、うまく適合する転移魔法陣の開発が難航したり設置場所の選定が難しかったりと結構たいへんらしい。


 私はそっちの方はあまり関わることが出来てないけど、頑張ってほしいものだ。


 帰還したギルドでは、私の話は通っているので、表ではなく裏の受付で受付をしてもらって帰還手続きを終える 

 ちなみにこれは何も私専用の受付ではなくて、高ランカー、つまり強くて多くの魔石などの迷宮資源の獲得に貢献している探索者にのみ許される特権のようなものだ。


 他の多くの探索者のように、多数の探索者がひしめくロビーに並んで受付をしなくとも、いつでも自由なタイミングで受付が出来る。

 VIP待遇と言えば良いのだろうか。


 加えて高ランカーの探索者には、魔法結晶等の入手であったり、装備の売買や製作者とのアポイントメントに、所属するパーティー、スポンサー探しなどでも、ギルドの担当の人が手伝ってくれる。

 他にも旅行や色々な手続きなど、あらゆることをギルドの担当の人が手伝ったり代わりにやってくれるとか。

 

 私は詳しくないが、そういうのを専属のコンシェルジュと言うらしい。

 特に上位の探索者や、上位探索者のチームにはそういう人がつくそうだ。

 まあ私の場合はサポートのみんながいるので必要ないし、旅行なんて行く気もないが。


 ちなみに探索者のランクについては、上位100人、あるいは50パーティーのうち、公開を許可している者たちだけが、順位の公開はなく探索者のランカーとして公表されるようになっている。

 そこに名前を連ねるのは探索者の夢の一つで、そこに名前を連ねていれば、スポンサーの引く手も数多で女性にも事欠かないとか。

  

 私みたいな女性のランカーは男性に事欠かない、みたいな感じなんだろうか。

 そもそも私はそういう経験はないんだけど。


 さておき、そういう立場なので、当然融資なんかにも事欠かない。

 そうなると、探索者を休業して起業家になったりする人がちらほら出てくるのがギルドとしては困りどころらしい。 

 

 実際今大人気の焼き肉チェーン店も、オーナーが元探索者のランカーだった、みたいな話を聞く。

 探索者の高ランカーとしての名前には、それだけの価値があるのだ。


 他にも、一番上の高ランカーの下の1000人ほどについても、同じように順位の公開は無しで公表されている。

 こちらもスポンサーとか、後は高ランカーの探索者パーティーが新しいメンバー探しに活用したりするらしい。


 もしかしたら、今日私が第5層で助けられなかった人たちも、上位100人とは言わずとも上位1100人には入っていたのだろうか、なんて。

 ドックタグはもうギルドで預けてしまったので今更知る方法はないんだけど。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、いつのまにか部の仕事部屋まで歩いていたらしい。

 

「お疲れ様でーす」

「お疲れ様ー」

「お疲れさん、ほれ」


 取り敢えず、今日は魔力災害が二箇所で起こるなんていうビッグイベントがあったので、まだなにか私にも仕事があるだろうかと机に荷物を置いていると、私の顔に向かってコーヒーの缶が飛んできた。


「咲はちょっと報告で出てるから、それでも飲んで待ってろ」

「ありがとうございます。私が手伝える仕事とかはない感じですかね?」


 そう尋ねると、コーヒーを投げてよこしてくれた上谷さんは苦笑する。


「美剣ちゃん報告書とか書ける? 今回の迷宮災害関連と5層での戦闘関連が結構あるんだけど」

「……なん、とか?」


 そう疑問形で返すと、上谷さんはおかしそうに笑った。

 むう、これでも26歳、学がまったくないわけではないし文章もちゃんと書けるのに。


「ハッハ、冗談だよ。美剣ちゃんは、その強さを持って戦う。そして俺達が、他の全てでそれをサポートする。ここに来たときは、そこに座っててくれれば良いさ。それだけで俺達は頑張れる」


 そう言われてしまうと、嬉しくなってしまう。

 私の存在が、ただ戦う以外でも役に立っているのだ。


 言われたままに座っていると、しかし、咲さんがなかなか帰ってこないので暇になってしまった。

 そこで、モニターに映っている第1層の状況等を眺めていることにする。

 

「1層は結構安定してるみたいですね」

「あそこの魔力変動は稼ぎ時で探索者が大量に集まるからなあ。魔力量はともかく迷宮自体は結構すぐ安定するんだ。にしても今回は収まるのが相当早いが……同時に5層で起こっていた分溢れた魔力量が少なかったんだろうな」


 確かに、今回の魔力災害について言えば第5層の廃坑迷宮の方が遥かに激しかっただろう。

 やはり上の方の層よりは、下の方の層の方が、発生したモンスターがなかなか死なずに生き延びるので、その分魔力の循環が少なく、溜まって魔力変動や暴走に繋がりやすかったりするのだろうか。


 その後もモニターの様子を眺めたり、他の人達の話し合いに混ざって明日以降の探索の方針などについて話あったりしていると、咲さんが帰ってきた。 


「すまないね美剣ちゃん、待たせてしまって」

「いえ、話し合いとかしてたので全然待ってないですよ」

「そうかい?」


 ちらっと咲さんが視線を大久保さんや藤原さんの方へと向ける。

 他のところで話していると、女性ながらにかっこよく美しい中性的な魅力のある咲さんに男性がぽーっと見惚れたりするのだが、あいにくとこの部署にはそんな軟弱な人は入れない、とは室長の叔父が言っていたことだ。


 そんな咲さんの視線を受けて、藤原さんは全く反応せず書類の整理を。

 大久保さんはこちらにむけてサムズアップをしてきた。

 彼には申し訳ないけど、どういう意味合いのサムズアップなのかわからない。

 明日以降の方針が決まって良かった、という意味だろうか。


「……うん、じゃあ食事に行こうか」

「もう良いんですか?」

「私は今日は早上がりの日なんだ」


 そう言う咲さんに連れられて、部署の部屋を出る。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様ー」

「お疲れ。明日もまたよろしくな」

「お疲れ様です」


 部屋にいた人たちと挨拶をして、ギルド本部の外に向かう。

 ちなみに室長であるはずの叔父がいないのは、他にももっと大きな立場を兼任しているからだ。

 むしろ私がいるから、立場だけでも室長を兼任してくれた、という方が正確だろう。

 私が良いように使われないようにしてくれたのだ。


「何を食べに行こうか?」

「今日は魚の気分です」

「となるとお寿司かな?」

「どっちかというと焼き魚とか煮魚が良いです」


 何を食べに行くか咲さんと話す。

 こういうときは互いに遠慮をしないような関係を、私はサポートのみんなと築くことが出来ている。

 もちろん私が奢るときも、みんな遠慮をしてくれない。





******





 結局何故か焼き肉に行くという話になった私と咲さんは、食べ放題の焼き肉屋さんで食事を楽しみ、店員さんの顔を青くさせない程度に食べてからそれぞれに帰路についた。


 そんな私に呼び出しの電話がかかってきたのは、お風呂に入り神への奉納の舞も終えた深夜頃のことであった。


「もしもし、塚原です」

『美剣ちゃん、悪いが今すぐにこちらに来てほしい』


 電話に出た私を迎えたのは、ずいぶんと切羽づまった様子の上谷さんの声だった。

 それに緊急事態だと気づいた私は、電話しながらすぐに探索のための準備を始める。


「何があったんですか?」

『……今日の魔力災害は前座に過ぎなかったらしい。魔力収斂がつい先程確認された』


 魔力収斂。

 その言葉に、私は思わず動きを止める。

 といってもすぐに準備を再開したが。


「何層相当のが出たんですか?」

『……』

「上谷さん?」


 私の問に対する答えがないので、電話口に少し強めに問いかける。

 それでようやく、上谷さんは重い口を開いてくれた。


『……第8層、城郭迷宮ロックボーンの──』


 そこまで聞いて、私は上谷さんが言い淀んだ理由を察した。

 そこはかつて、私が瀕死にまで追い込まれた迷宮の一つ。

 そしてそこで最も強敵だったモンスターこそ。


『“不防の騎士・フラガラッハ”だ』


 私がかつて、最も脅威に感じたモンスターである。

 

 探索の際の準備に加えて、本気の戦闘の準備を終えた私は、家を飛び出し、ギルドへの道を道交法に違反しない限界速度で駆けた。


 

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