第21話 救助活動は義務ではない

 実のところをいうと、第1層で起こる魔力災害というのは二つの意味合いを持っている。

  

 一つはそのまま、多くの初心者たちの命を脅かす災害。

 第1層には迷宮が洞窟迷宮ザ・ケイヴの一つしか存在せず、また全ての探索者のうち初心者から駆け出しの層が一番多い以上、そこには数多くの初心者が集まっている。

 特に初心者というのは探索者の中でも数が多く、迷宮探索を小遣い稼ぎ程度に第1層での探索しかしないような者や、経験のために第1層に入ってみた程度の者たちもこの中に含まれる。


 そのため、第1層での魔力災害というのは、そういう実力が第1層相当な者たちにとってはまさに命を脅かす災害となる。

  

 だが、魔力災害の内容をよく考えればわかるが、基本的に現在一般的に判明している魔力変動において、その層よりも上の層に適正のある探索者にとっては、魔力災害は脅威ではあるものの、同時にモンスターが大量に襲いかかってくる好機となりうる。

 とくに魔力変動というのは、溢れ出した魔力がモンスターに宿ることでモンスターが強化される現象なので、モンスターを倒したときにドロップする魔石やアイテム類の質が通常よりよくなるのだ。

  

 つまり何が言いたいかというと、第1層で起こった魔力災害というのは、初心者にとっては脅威だが、そうではない者たちにとっては稼ぎ時なのである。


「出遅れたみたいです」 

 

 :もう結構収集ついてる?

 :言っても魔力変動自体は数日は続くよ

 :でもまだ人一杯いるみたいだけど

 :モンスターの相手出来ない初心者を避難させれば良い。

 :戦える奴にとっては別に魔力変動も普段と変わらんしな。


 それなりの時間をかけて複数の迷宮を経由した私が第1層に到着した時、既に事態は収集しつつあった。

 稼ぎ時だとみて集まった多くの2層以降が適正の探索者によってモンスターが討ち取られているのだ。


 私がそれ以前に間に合わなかったのは、私が時間をかけてしまったのもあるだろう。

 基本的に第1層から第3層までは、どこにでも繋がる魔法陣が設置されているので行き来が容易い。

 だが第4層以降は何故かその魔法陣の設置がうまく行かず、私が第5層に行くのに複数の迷宮を経由したように、特定の道順で行くしか無いのだ。


 それは逆に、第5層の廃坑迷宮から第1層に来る際も同じである。

 第5層から第4層の複数の迷宮を経由して第3層に上がり、そこからようやく直接第1層に移動することが出来る。

 この仕様のせいで第4層以降に潜る探索者が少ないという現状がある気もする。


 さておき。 

 

 私が5層でモンスターを殲滅し、複雑な道のりをたどって第1層に来るまでの間に、既に多くのベテラン探索者が第1層に広がってモンスターと戦っていた。


 :結構人が集まってるのはなんで?

 :第1層の魔力変動は、腕利きにとっては稼ぎ時だからな

 :そうなの?

 :俺も迷宮にいたら駆けつけてたわ

 :魔力変動で大幅強化されるって言っても元が第1層のモンスターだから弱い。

  それに魔力で強化されたせいかドロップする魔石の質が高くなってて美味しいし

 :博識ニキサンクス


 ただ、彼らの目的はあくまでモンスターとの戦闘及びそのドロップする魔石などのアイテムである。

 そのため、負傷した初心者などが捨て置かれている場合が多い。

 基本的に迷宮は個人主義、というわけではないが、助けなかったから助けなかった者が悪い、とはならないように法律も一般的な世論も出来ている。

 

 迷宮は個々人が個々人の責任において探索に臨むのである。

 不慮の事態において、助けることが出来るからといって助ける義務は発生しない。

 

 とはいえ第1層の魔力変動ぐらいここに稼ぎにぐるベテランには余裕があるんだから、初心者を救ってやっても良い気がする。

 実際にそういう探索者もいるが、多くは自分の稼ぎのために動いているのが現状だ。


 故に、到着が遅れた私にも出来ることはある。


 戦闘音が響き血の匂いがそこかしこから香る迷宮を駆け抜け、負傷して動けなくなっている者がいないか探す。

 魔力災害の最初期では救助要請信号で要救助者の場所を探せるが、後半になってくると、信号を出した本人が死亡していたり既に救助されていたりということが起こってしまうので、目視で探す必要があるのだ。


 すると探し始めてすぐに、大型の鍾乳石の影に隠れている二人組の探索者を見つけた。

 そのうち一人は足を負傷しているようで、どうやら動けない様子である。


「あの」

「っ、なんですか!? お金なら無いですからね!?」

「? えと、なんでお金?」


 声をかけると激しい反応をされてしまった。

 私が一番苦手な人に声をかける、という作業を頑張ってやったのに、なんなんだ一体。


「あなたも助けるならお金がいるって言うんでしょう!?」


 :あーたちの悪い探索者に当たったんだな

 :とも言い切れないのが迷宮の厄介なところというか……

 :なんで?

 :場合によっては助ける方も命がけだから、お金取るのは間違えてない場合もある

 :でも第1層の魔力変動でも余裕な人たちが集まってるんでしょ?

 :それ言い出すと、どこまでも助けれるなら他の探索者を命がけででも助けろって話になっちゃうからな


 迷宮探索の難しいところだ。

 一度与えられると、もっと、もっとと求めてしまうのは人の性だ。

 探索中の救助活動についても、部分的にでも義務だと見なされると、どんな局面、どんな相手でもそれを求めて良い、それが義務なんだとなってしまう。


「いえ、私は別にそんなことは言いませんよ。無料で助けます」

 

 それでも、自発的に誰かを助けるのは美しいことだと私は思う。 


「ほ、ほんとですか!?」

「ただ、知っていて欲しいです」


 二人の若い、まだ高校生ぐらいの探索者に語りかける。


「迷宮探索は自己責任です。周りの探索者さんが余裕があるからと、絶対に助けてくれる、助けて当たり前だ、というふうに思ってはいけません」

「で、でも……! 怪我してる人がいるんですよ!? 普通助けるじゃないですか!?」


 ああ、若い。

 この子達はきっと、とてもいい子達なんだろう。

 でも、だからこそ、迷宮の実際を知っておかなければならない。


「例えば今あなた達が怪我をしていなくて、私があなた達より遥かに強いモンスターに食べられそうになってたとして、あなたたちは私を助けてくれますか?」

「っ、それは……」

「……助けられないです」


 そう答えた二人に、気休め程度に《光の加護》をかけてやりながら頷く。


 :そうであるときとそうじゃないときの判断を誰が出来るのか、って話よな

 :どんなベテランでも、どんな弱いモンスター相手でも万が一はあるしな

 :探索者は命がけなんよ

 :命がけで人助けやれる人はすごいと思うよほんと

 :でも救助隊とかすら救助に入れないのが実情だからな


「探索者は命がけです。余裕であなた達を助けることが出来そうな人でも、万が一足をすべらせたり、モンスターが複数出現したり、なにかの拍子に簡単に死んてしまう可能性だってあります」


 私の言葉に2人がうつむいてしまう。

 

「でも、困っている人を助けたいというあなた達の気持ちは、とても美しいと思います」


 褒める言葉にパッと顔を上げるが、その顔を、私は真剣な顔で見つめる。

 とても美しい心持ち。

 その心持だけで人助けをしようとして命を散らせた人がどれほど迷宮探索の歴史に存在するか。

 だからこそ迷宮探索は自己責任という認識が、探索者どころか一般人にまで広がっているのだ。


「なら、それに見合うだけの実力をつけてください。今のあなたたちがそれを言っても、ただの自殺行為でしかない」


 更に私は続ける。


「そして、他の人の弱さに怒らないでください。その弱さ、臆病さは、迷宮で生き抜くために必要なものです。あなた達より強い探索者たちは、あなたたちより多くの経験をしてきます。その中で、あなたたちが言うように、怪我した人を助けようとした仲間が命を落としたかもしれない。あるいは、自分たちを助けようとしてくれた相手が命を落としたかもしれない。そういうことを知っているから、今の彼らがあるんです」


 :そうだよな

 :臆病なのも怖がりなのも全くかっこ悪くない

 :それこそが生き抜くための唯一の方法ってな

 :無謀なやつから死ぬもんだ

 :特にそういう経験をしてたとしたらなあ。


「じゃ、じゃあ……」

「はい?」


 私の話が終わったところで、足を怪我している方の少年が口を開く。


「あなたは、なんで僕たちを助けてくれるんですか?」


 その問に私はにっこり笑って答える。


「こんなところじゃ、絶対に死なないぐらいに強い自信が自分にあるからです」


 私の言葉を聞いた2人が何故か黙り込み、つばをゴクリと飲み込む音が響く。

 どうしたんだろうか。


 :これがトップ探索者の圧か

 :笑顔で無意識だろうに圧が半端ない

 :画面越しでわかるって相当だぞ

 :俺今鳥肌たってるわほらみてこれ

 :見えねえよ


 なんと。

 私の言葉と表情や雰囲気で彼らを威圧してしまっていたらしい。

 慌てて威圧を引っ込めて、2人を促す。


「さ、さあ、脱出できる場所までいきましょう。あ、その前に応急処置だけしておきましょうか」


 マジックバッグから救急キットを取り出して、怪我をしている少年の足を処置する。

 怪我はこの階層に主に出現するトカゲの鉤爪にえぐられた傷のようで、わずかにえぐられているものの、足が動かないほどに深くはいっていない。

 それでも初心者にとっては耐え難い激痛なのだろう、彼の額には脂汗が大量に浮かんでいる。


 :みつるちゃんマジックバッグもってるんだな

 :あのサイズのポーチにあれだけ色々入るって、相当良いの使ってるだろ

 :マジックバッグってなんぞ? 響き的に中が空間拡張されたカバン的な?

 :それであってる。

 :容量によるけどあの小ささのポーチで刀とかでかい布とか救急キットとか色々入ってるなら相当の高級品だぞ。億は余裕で行くと思う。


 コメント欄では私の見事な応急処置の手際よりも私の腰にツケてあるポーチ型のマジックバッグの方が気になってるらしい。

 しかし残念ながら、桁が一つ違う。


「ちょっとしみますよ」

「っ、はい」


 水で洗い流した後にガーゼで軽く拭き取り、止血パッドを当てて圧迫する。

 これで止血してある程度血が止まれば、後はテープでぐるぐるまきにして固定してしまえば応急処置は完了だ。

 もっと慣れてる人ならスマートに出来るのだろうが、残念ながら私は応急処置の経験が少ないので少しばかり不格好になってしまった。


 :あれ、以外と応急処置下手くそ?

 :嫌でも普通の処置とか出来たんだな。怪我してもポーションとか使うのかとばかり

 :あれはあれで結構高いからな。応急手当は全探索者の必須スキルではあるんだよ

 サポート部:みつるちゃん、基本的に戦いに関しては天才だし防具も最低限纏ってるから、変な怪我しないんだよね

 :怪我しなければ治療もいらないとかいうパワーワード知ってる?


「私が守るので、あなたがそちらの子を背負ってもらえますか?」


 私の言葉に、元気な方の少年はコクコクコクと何度も激しく頷く。

 そして元気な方の少年が、怪我している少年を背負った。


「ここはちょっと出口から遠いので、出口まで護衛しますね」

「あ、ありがとうございます」


 ここで見送って、後でモンスターに食われたとかなったら流石に凹むので、ちゃんと出口になる魔法陣まで護衛することにする。

 横道とかがそれなりにあるので、私がここから魔法陣までのモンスターを殲滅していても、今再びそこにモンスターがいないとは限らないのだ。


 結局途中でモンスターと接触することなく、2人組の少年は幾度も頭を下げながら魔法陣で迷宮の外へと撤退していった。


 :みつるさんお疲れ様!

 :ただの戦闘狂じゃなかったんだな、優しところあるじゃん!

 :人助けお疲れ様

 :偉いぞみつるちゃん


「まあ、これも私の仕事ですからね。お給料も出てますし」


 私がそう返すと、コメント欄が一瞬沈黙した後に一気に動き始めた。


 :だろうね

 :あんな真剣に言っていたのに……

 :それはそれとして、って奴じゃない

 :実際目の前で死にかけてる探索者がいたら助けてあげるの?

  仕事とか関係なくみつるさんとして


 その質問にわずかに考える。

 私として、か。


「私個人としてなら、基本的にずっと第9層か第10層でモンスターと戦ってるから、そこに誰かが来ない限りはそんな状況にならないですね。むしろそこまで来れる人がいたなら、是非仲良くしたいから助けると思います」


 :そうだった、この人戦闘狂だった

 :そっか、6層とか4層にいたのも全部ギルドの仕事か

 サポート部:むしろ仕事で縛っておかないとどこまでも行ってしまうからね。

      私達も彼女が一人でどこかへ行ってしまわないように頑張っているんだ。

 :サポート部さんもお疲れ様です!

 :普通にギルドに雇われてるみつるさんが一番たいへんだろうな、とか思ってたけど

 :みつるさんの方が異常で他の人が振り回されてるとはね


「皆さんひどいですね!」


 サポート部:みつるちゃん、胸に手を当てて考えてみて


 言われた通りに胸に手を当てる。

 ……思い当たるところしか無くて駄目だった。

 

 そもそもギルド職員になってなかった頃はエナジーバーとかで食料まかないながらダンジョン内で一週間戦い続けるとか平気でやってたもんな。

 そう考えると今はずいぶんとまともな生活をしているものだ。


「そ、それじゃあ私、他に要救助者がいないか探しますね!」


 :逃げたな

 :逃げた

 サポート部:あとでまたお話しようね、みつるちゃん


 ひえー。


 



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