第3歩 運に甘えているだけじゃ運に見放される。

僕に転機が訪れたのは17歳の誕生日のことだった。

その日僕は、少し前に開発したフックの卵(ちなみに、味も見た目もニワトリとほとんど遜色ないものだ)を用いたベーコンエッグ・チーズバーガーをひらめいて、午後の仕事を早く片付けようと慌ただしくしていた。

数年前から40頭ほどに数を増やしたホルンに穀物と牧草をやり終えて、ピッチフォークを地面に刺し、ふうと一息つく。

前世に比べれば、我ながらよく働いていると思う。

この世界の人たちは、父さんや母さん、リリアンを含めてみんな優しいし、僕をおかしな目で見たり、罵声を浴びせてきたりしない。

そういう安心感が自信に繋がっているのだと思う。

それに僕は、父さん譲りの赤い髪に、母さん譲りの白い肌と青い瞳を持って生まれ、実をいうと5年くらい前までは美少年だともてはやされていた。

僕が年頃になってから、気を遣ってか、そういう言葉は減っていったけど。

とにかく、自分がイケメンだと言われて悪い気はしないし、前世を思えば転生ガチャはUR級の大成功だ。

僕は天を仰いで、「おいしいハンバーガーと、幼馴染美少女と、優しい両親と、ゲーム知識を活かせる職場、のある異世界」に生まれたことを感謝した。


そのとき、家の方から軽快なラッパの音がした。

なんだろうか、そう思って僕はピッチフォークを持って、家のある丘の下の方を覗き込む。

見ると、騎士が6名ほど、隊列を組んで僕の家の前に待機している。


「なんだ……?」


僕は思わず声を上げた。騎士を見るのは初めてだ。

夕日を受けて輝くのは揃いの白と銀の鎧だ。そのうちひとりがラッパを持っている。

……ああいう楽器は、たとえば騎士たちが貴族のお屋敷なんかから来ていたとしたら、絶対に応答しろよという圧力というか、要するにインターフォンの代わりなんだろうか。

父と母が、ひときわ位の高そうな騎士からなにか受け取って、僕の方を指さした。

その騎士がヘルメットを脱ぐ。絹糸のような銀の長髪が零れ落ちて、僕は息をのんだ。女騎士だったのか。

だけどその目を見て、僕は心臓を掴まれたような気分になった。

確かに美人だった。気の強そうな、凛々しい顔立ちの。

けれどそれ以前に、僕はその目を知っていた。

あれは、デブを蔑む目だ。

なんで僕があんな目で見られなきゃいけないんだ。そんな理不尽へ対する怒りよりも強く沸き上がったのは、情けないことに恐怖心だった。

僕は騎士の冷ややかな眼差しから逃れるように顔を背け、仕事に戻るふりをした。

だけど、たぶん上手く自然な振る舞いはできなかったと思う。足がすくんでぎこちない歩き方をしてしまった気がしていた。

騎士たちが丘を登って来ないか不安だったけど、来たときと同じラッパの音が丘のふもとへと去っていくのが聞こえたのだった。


僕は早く、誕生祝いのごちそうにありつきたいなと思った。父さんと母さんの優しい笑顔に見守られながら、新作のベーコンエッグ・チーズバーガーにかぶりつきたかった。

丘を降りて家へ飛び込む。その頃には日が落ちていた。


「お疲れ様、アル」


ちょうど母さんがパイを焼いてくれていた。果実の甘い香りがする。

父さんは食卓の椅子に座って、僕が来るのを待っていたようだった。

既にテーブルにはたくさんの料理が並んでいる。


「アル、そこに座ってくれんか」


父さんの少し改まった言い方が気にかかったけれど、素直に父さんの正面の席につく。

母さんもフルーツパイをテーブルの真ん中に置いて、それから父さんの隣に座った。

ふたりは、なにから話すべきか、と顔を見合わせてから、僕に向き直って、作ったような笑顔を浮かべた。


「まずは……誕生日おめでとう、アル」


「もう17、立派な成人だ。ここまで無事に育ってくれてよかった」


無事に、という言い方が引っかかる。こういう近世くらいのファンタジー世界だと、衛生面なんかで長生きしづらかったりするのだろうか。

僕が怪訝に思っているのに気づいてか、父さんが咳払いの後、切り出した。


「アル、お前が成人したら話そうと思っていたことがあるんだ。

わしら一族の秘密について……」


成人した子に一族の秘密を明かすなんて展開が現実に起こりうるのか。

深刻な顔をする父さんに対して、僕は少し興奮しながら、身を乗り出す。


「わしのじいさん、つまりお前のひいおじいさんにあたる人のことだ。

かつてこの地を切り開いた英雄で、その名をアルフォンゾといった。

お前の名もその名にあやかって付けたものだ。

アルフォンゾは英雄とされていてな……それは、100年前に世界を破滅へ導こうとした『大いなる魔皇帝』を、その力で封印に至らしめたことがゆえんなのだ」


僕はまるでゲームのあらすじでも聞いているのかと思った。

つまり、僕は魔王を封じた英雄の血を引いているってこと?

なんだそのワクワクする展開は。血筋がいいなら地位も約束されているのでは?

そのとき、にやにやを抑えきれず母さんにたしなめられる。


「お前は運命を担う子。封じられた『魔皇帝』が復活するときが迫っています。

それで今日、王宮から騎士の方々がいらっしゃったのを、お前も見たでしょう?」


騎士と聞いて、僕は銀髪の女騎士を思い出した。

すぐさまあの目が思い浮かんで、たぶん顔が青くなったんじゃないかと思う。

母さんが心配そうに僕を見つめている。代わりに父さんが口を開いた。


「騎士の方が、お前を見て仰っていたんだが……

いや、わしらもそうではないかと薄々思ってはいたのだ、しかし」


「待って父さん。ね、ねえご飯にしない?

お腹ぺこぺこなんだ、それにせっかくの料理も冷めちゃうよ。

ほ、ほら! このパイほんとに美味しそう……!」


それ以上父さんに言わせるべきではないと思った。

聞きたくなかった。

でも、僕がフルーツパイへと伸ばした手を、父さんが掴んで止めた。

母さんはしくしくと泣き出してしまった。


「アル……お前、やっぱり太ってるぞ」


父さんは僕の手首をむちむちと握って感触に驚いているようだった。

僕はいたたまれなくなって、父さんの手を振り払った。

自室への階段を駆け上がって、息が切れる。

ベッドへ飛び込んで、布団にくるまった。


「うう……ううう……」


そんなことわかってた。

前世よりはマシだったから、まだ大丈夫、って言い聞かせていたけど。

丘を登るたびに悲鳴を上げる膝、何もしてないのに噴き出す汗。

それを見て見ぬふりをして食べ続けたハンバーガーの数はいくつだ?

──リリアンの優しい忠告、母さんの涙、父さんの言葉、あの騎士の視線。

全部が僕を苛んで、食欲もどこかへ飛んでいった。

成人を迎えた日の夜を、僕は泣いて過ごしたのだった。

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てくてくファンタジア! ゆこ @ycpltn

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