第16話

「まさか、雨宮先生の自宅に変質者が現れるなんてね……何も盗られたりはしなかったの?」

「下着をいくらか。さすがに怖くなって自宅まで榎本先生を呼んでしまったことは一生の不覚ですが」

「いや、雨宮先生のこと心配して急いで向かったっていうのに、酷くないですか?」


 週が開けた月曜――神原愛瑠の告別式後に自宅で起きた事件は、警察沙汰に発展したことで緑ヶ丘小学校に知れ渡っていた。


 自宅は規制線が張られて丸一日立ち入ることができず、鑑識が出入りして操作にあたっていたため仕方なくホテルでの寝泊まりを余儀なくされた。


 雨宮の身を案じて相談室を訪れていた遠川に、事の経緯を説明すると自分のことのように憤慨していた。保健室に特に用がないはずの榎本は、隣で不満を漏らしながら回転椅子を右へ左へと揺らしていて口を尖らせている。


「あのときは血迷っていたんです。でなければ榎本先生を頼る真似なんてしませんでしたよ


 何者のものかもわからない体液が残されているのを見て、少なからず気が動転していたことは否定できない。

 通話中だった榎本に何があったのか問われて、見たままの状況を説明すると居酒屋から自宅まで飛んできた榎本は、荒らされた室内を見て雨宮と同じく絶句していた。


「それで、警察はなんて言ってるの」

「幸か不幸か、部屋には証拠となる〝遺留物〟がたくさん残されていたみたいなので、仮に前科がある人物による犯行であれば、容疑者が特定されるまで時間はかからないみたいです」

「ならよかったわね。そんな犯人はさっさと警察に捕まえて欲しいところだけど、雨宮先生は本当に犯人に心当たりはないの?」

「いえ……。警察にも聞かれましたけど、そもそもプライベートで男性との交友関係なんて皆無でしたし、全く身に覚えがありません」


 首を横に振って否定する。

 警察にも何度も聞かれたが、過去をどれだけ遡っても知らないものは知らないのだから、他に言いようがない。


 警察は当初から恋愛絡みのストーカー事案だと疑って掛かっていて、根掘り葉掘り雨宮の男性歴を聞き出そうとしたが全くの無意味としか言いようがなかった。


 嘘偽りなく、これまでの人生で男性との交際など皆無だった。あまりにしつこく過去を詮索してくるものだから、正直に交際経験がゼロであると伝えると、「失礼ですが、その年で?」と小馬鹿にするような視線を向けられたことを思い出して苛立ちが募る。


「そちらの事件は警察に任せるとして、問題はスーパーの件じゃないですか?」

「スーパー?」


 榎本が切り出した言葉に、遠川が反応を示す。


「実は、峯岸綾香が勤めているスーパーに、神原愛瑠が頻繁に訪れていたみたいなんです。よく利用しているという榎本先生が教えてくれました」

「峯岸のお母様が働いてるスーパーで? えっと、ごめんなさい。それがどうしたの?」

「これを見てください」


 雨宮が何を言いたいのか、理解できていない様子の遠川に、地図アプリを立ち上げて綾香が勤めているスーパーの位置を赤い点で示した。


「ここが綾香さんが勤めている〝マルサンスーパー〟です。そして、ここが神原家が住んでいるタワーマンションです」


 直線距離にして二キロ――大人であれば決して遠いというほどの距離ではないが、子供は大人の倍以上に感じるのではないだろうか。


「うーん……少し遠いわよね。仮に買い物に訪れているのであれば、近所には他にスーパーがいくつもあるみたいだし」

「僕もそこが不思議なんですよね。なんで愛瑠ちゃんがマルサンスーパーにわざわざ訪れていたのか。そもそも、二人の接点ってなんなんですかね」


 榎本の指摘は雨宮も気になっていた点だった。神原愛瑠と峯岸翼は四年生のときも同じクラスで、仲が良さげな印象だったと当時の担任教師から聞いている。

 それが五年生になると、あからさまに峯岸を無視したり馬鹿にする言動をしたりと、それまでの関係がガラリと変わったらしい。


 何故、突然峯岸との仲に亀裂が生じたのか――それに、綾香に会いに訪れてきたとしか思えない行動の理由は一体何なのか。


「神原愛瑠には、私達がまだ知らない側面がある気がします。あくまでスクールカウンセラーとしての〝勘〟でしかありませんけど、転落事故の原因はもっと別なところにあるんじゃないかと現時点で私は考えてます」


 調べれば調べるほど、神原愛瑠という少女と、彼女を取り巻く環境に強い違和感を感じざるを得ない。

 それに、転落事故の直前に語っていた、〝ワラシベサマに殺される〟という発言がやはり引っかかる。


 その名を何処で知って、どうして命の危機を感じるに至ったのか――そこに今回の事故の原因が隠されている気がしてならない。


 


 

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ワラシベサマ きょんきょん @kyosuke11920212

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