第4話 スパイ狩り
東京を失い、新たに首都となった新東京。
多くの人々が集まり、かつての地方都市は一気に大都市と変貌した。
集まった人々の中には難民から不法滞在者、密入国者まで居る。そんな雑多な街に多くのスパイが流れ込んでいた。
彼らは大戦後の世界経済を牽引している日本の情報を得る為、暗躍していた。
大使館員からビジネスマン、留学生から日本人の協力者。そして、浮浪者から犯罪者まで様々なスパイが蠢いている。
スパイと言えば、超人的な人物を想像するが、大抵は普通の人である。何でも無い人が他国に情報を売り渡す。
スパイを取り締まる法律は戦中に成立した。だが、それで確実にスパイを取り締まれる程、甘くはない。それに仮にこの法律で逮捕しても、最大で三年の禁固刑である。
だから、暗殺部隊が必要とされた。
現状で、スパイを狩るための暗殺部隊は内閣情報調査室だけが持つ。違法な組織をそうそう公的機関が持つわけにはいかない。無論、これは公的には存在しないことになっている。
存在しない者逹。
彼女逹の事を「野良猫」と呼んだ。
飼っているわけじゃないが、知らずとネズミを狩ってくれる便利な野良猫。
不要となれば、如何様にも処分は出来る。
そんな存在だ。
スパイとはそんな奴らが蠢いている世界でもある。
「今日もネズミ駆除にゃ」
コインパーキングに止めたワゴン車から降りて来たのはミケ柄の髪色をした青と金のオッドアイの少女。猫耳は帽子で隠している。
「ミケ、サングラスをしろ。目立つ目なんだから」
彼女の後から降りてきた銀色の虎柄の髪をした少女は面倒臭そうに言う。
助手席の窓が開き、彼女達に声が掛けられる。
「今、お客様がホテルにチェックインしたそうだ」
声を掛けたのは実行部隊『ツヴァイ』の指揮官である大城大地。
元陸上自衛隊情報部の男だ。
彼の部下はミケ柄をしたミケと銀髪虎柄のマイナ、ドーベルマンの遺伝子を持つジョーである。
「三佐・・・予定通りに実行でありますか?」
ジョーが堅い表情で大城に尋ねる。
「あぁ・・・そうだ。あと、三佐はやめろ。自衛官らしい振舞は他に気取られる」
「すいません。癖で」
「元DOGか・・・最前線で戦っていたヤツに自衛官らしさを抜けと言うのも酷だが、今の時代、自衛官らしさを持った人間は希少でな。大抵はお前みたいな犬型のヒューマアニマルだよ」
「はい」
ジョーは直立不動の姿勢で項垂れる。
「そういうところだよ。まぁ、それはおいおい。まずは任務を果たせ」
「了」
三匹は清掃員の作業服でホテルの裏口に向かう。
彼女達は清掃会社の作業員として、ここに来ている。
清掃会社には手を回しており、本物の作業員はこちらに来ることはない。
ホテルのスタッフは何も知らずにやって来た三人の少女達を本物の作業員だと思い込む。当然だろう。セキュリティチェックとして、ホテルの入館には外部の業者とは言っても、ホテル側から支給された入館証が必要なのだ。それはデジタル的に確認される物で簡単には複製が出来ない。
それを彼女達は持っていたのだ。疑う必要などなかった。
三匹は清掃道具の入ったキャリアを押しながら、ホテルのフロアを進む。
怪しまれぬように実際に彼女達は清掃をしながら、進む。
この手のスキルは事前に訓練がなされる。
「清掃作業・・・面倒にゃ」
だが、ミケはこの手の作業が苦手だった。
「黙ってやれ。とっとと終わらせて目標の部屋に辿り着くんだ」
シーツ交換を手際よくこなすマイナはミケを叱る。
この二匹は元々、CAT所属の同僚であった。
「ミケ、こちらは終了した」
ジョーが作業を終えて、やって来た。
「さすが、ジョー。作業が早いわね。ミケも見習いなさい」
「うるさいにゃ」
「ミケの手伝いに入ります」
「お願い」
ジョーがミケの手伝いを始めた。刻々と時間は進む。
彼女達はようやく目当ての部屋へと到着した。
「お客様はお部屋の中よ」
「無防備に寝てるにゃ?」
「さぁ?寝てたらすぐに終わるけどね」
マイナは用意していたカードキーを扉のロック端末に当てる。
小さい電子音と共に錠が外れる音がした。
「音は最小限よ」
マイナは扉を開く。ミケは手にナイフをジョーは消音器付小型拳銃を持つ。
部屋に入ったマイナは驚く。
「応戦!」
そう叫ぶと彼女は部屋に転がり込む。刹那、銃声が響き渡る。
「てめぇら!殺し屋か?」
部屋の主である男はホテルが用意していたバスローブ姿で手に拳銃を持っていた。
「ジョー!応戦するにゃ」
ミケも部屋に飛び込み、その背後からジョーが銃を構える。
男の撃った弾丸が床を転がるように逃げるマイナを追うように床に穴を空ける。
その間隙を縫って、別方向からミケが男に飛び掛かろうとする。
だが、男は即座に狙いをミケに変えて、ミケを躱しつつ、彼女を撃とうとする。
「うっ」
その男の右腕にジョーの撃った弾丸が当たる。
22LR弾の為、その一撃は男を怯ませる程度だったが、ミケには十分だった。
彼女のナイフが男の拳銃を払い飛ばし、そのまま、彼の首筋を深く抉った。
激しい出血をしながら、男はベッドに倒れ込む。
「トドメ!」
マイナがそう叫ぶとミケは男の首筋に刃を突き立てた。
「ちっ・・・派手になったな。銃声で人が集まる。警察に通報があったらしい。逃げるぞ」
マイナは無線機にて、大城から情報を得ていた。
本当ならば、マイナが手にした即効性の毒針を仕込んだ空気銃で仕留めるはずだったが、敵が察して、迎撃態勢を取っていたのである。なぜ、襲われると分かったのかは不明だが、完全に後手に回り、マイナは下手をしたら、最初の一撃で死んでいたかもしれない事態であった。
警察に追われる事は問題では無かった。なぜなら、彼女達は仮に逮捕されても密かに逃がされるからである。問題は事態が大きくなることだった。
まずは逃げ出すこと。彼女達が殺したのは某国の大物スパイ。彼を殺したとなれば、某国も黙ってはいない。これが日本国の仕業だとはっきりすれば、国際問題になりかねないわけだ。現状において、戦争の火種になる事は避けたかった。その為、密かに殺して終わらせたかったのだが。
飯星は不満そうな表情であった。
スパイたるもの、ポーカーフェイスでなければならない。だが、現在、彼女の役目はスパイじゃない。管理職だ。
そして、彼女の目の前には大城が直立不動で立っている。その表情は冷や汗こそかいてないが、絶望的な表情であった。
「解っているな・・・うちが請けた仕事で三件目にしての失態だ。上からはこんな雑な仕事しか出来ないのかね?と嫌味を言われたよ」
飯星の怒りの混じった口調に大城は深く頭を下げた。
「申し訳ありません。簡単な仕事だと思ったのですが、相手がこちらの動きを察するとは思わず」
「簡単な事だ。一流のスパイになれば、当然、自分の周囲の安全は確保する。今回だって、廊下に解らぬように監視用のマイクが仕込まれていた。カメラと違ってマイクでは事前の確認が難しいからな。それで奴は廊下の音を頼りに不審に近付く猫達を確認したんだ。ヤツの腕なら、皆殺しにされてもおかしくない事態だが、幸いにもヤツが思う以上に猫達の身体能力が高くて、助かったわけだ」
「はい」
「はぁ・・・陸軍中野学校の名が泣くぞ。今後はもっと計画を丁寧に立案しろ。それとお前の部下も少し、動きが雑だ。もっと訓練を見直して、育て直せ。今回の件はお前の部下ももっと冷静なら、上手く出来たはずだ」
大城は更に頭が地に着きそうなぐらいに頭を下げた。
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