第2話 実行部隊

 たった一人の男を拉致して、拷問して情報を聞き出し、殺して始末する。

 はっきり言えば、違法行為のオンパレードだ。

 だが、そんな違法行為も今の日本では仕方がない事であった。

 混沌とした世界では明日どころか、今日だって生きられない人々が多数。

 暴力と犯罪が世界を支配する。

 作戦を指揮するのは課長の松下沙織である。

 内調の叩き上げである。

 彼女自身も涼子と同様、世界中で情報収集や工作を行っていた。

 「さて・・・まずは拉致をする。敵に気取られない事が大事よ」

 会議室のホワイトボードにはリンの顔写真が貼られている。

 「リンの所属する組織に気付かれずに彼を誘拐するのですね?」

 白い猫耳をピクピクさせるヒューマアニマルがメモを取りながら答える。

 「シロ。その通り。組織に拉致った事を悟られれば、面倒になる。下手をすれば、抗争になるわよ。悪いけど、ここで奴らの組織と派手にやり合う気はうちらにはない。なるべく、穏便に全てを済ませたい」

 「最終的には処分するのにですが?」

 「警告みたいなもんよ。死体となってから発覚しても、奴らは諦めるしかない」

 「なるほど・・・すぐに発見されない事が大事ガオ」

 灰色の獣耳をピクピクさせる少女は興奮したように言う。

 「ガオって・・・クルス。その語尾何とかならないか?」

 沙織は呆れたように聞くとクルスは恥ずかしそうに俯く。

 「語尾は仕方がないです。ヒューマアニマルの一部の個体は元になった動物の影響が強く出ると、鳴き声などに現れてしまうのです」

 黒猫耳のマオが沙織にそう説明をする。

 「わかった。因みに・・・ガオというのは元が狼だからか?」

 そう尋ねられて、クルスは恥ずかしそうに頷く。

 「狼か・・・普通は犬や猫なんだが・・・珍しいな」

 「狼や虎などは数は少ないですが、存在します」

 マオは冷静に話す。

 「へぇ・・・因みにそれで能力が上がるものなのか?」

 「能力の向上は見込まれますが、野生が強い為に集団行動に適さないなどの不具合も出ている為、生産はあくまでも試験的であります」

 「マオ・・・さすが知能の高い個体だけある。ヒューマアニマルは左程、知能が高くないと言われているけど、あなたは違うのね」

 「はい。私は試験的に知能強化を施されています」

 「試験的か・・・ヒューマアニマルの頭が良過ぎると人間の言う事を聞かなくなるなんて言っているヤツも居るようだが、頭が悪いヤツの方が扱いが面倒だと私は思うけどね」

 沙織は笑いながら言う。

 「それで・・・作戦ですが・・・」

 「我々は実行部隊だ。面倒な情報収集などは他がしてくれる。それを元に命じられたことをやるだけだ。簡単だろ?まぁ・・・ヒューマアニマルじゃ、人に紛れて、情報を集めるなんてマネは出来ないから当然だけどね」

 沙織の言葉にマオはそれ以上、尋ねなかった。

 

 リンの居場所や行動は全て、調べ上げられていた。

 沙織の命令を受けたシロ、クルス、マオは貧民街へとやって来た。

 不法移民は大抵、貧民街に住んでいる。

 売春、麻薬、暴力、全ての暴力がここにはある。

 当然ながら、諸外国の情報機関も根城にしている。

 シロたちは特徴的な獣耳やシッポを帽子などで隠す。

 彼女達は薄汚い商店街を歩く。

 殆どの店はシャッターが閉まっており、そのシャッターは落書きだらけ。

 路上の車も半分は廃車同然に放置されている。

 路上で酔っ払っているのか、ラリっているのか解らぬ者達が寝ている。

 そんな中を一台のワゴン車が走る。

 運転するのはマオ。助手席にはシロ。彼女達は配達員の制服を着ている。

 シロは不安そうに周囲を見ている。

 「こんなところ、普通の配達は来ないんじゃない?」

 「そうね。襲われて終わりよ」

 マオは笑いながら答える。

 「それって、最初から作戦がミスってるんじゃない?」

 「問題は無いわ。何かあれば・・・排除するだけ」

 「目立つなって言われてた気がするけど」

 「リンの仲間に気付かれなければ良いのよ。それにこの車は襲われないわ」

 「はいはい。確か、ここのワルが配達に使っている会社の車だとか?」

 「違法な物の配達にね」

 「まともじゃないわ」

 「まともじゃ・・・危険過ぎる場所って事よ」

 ワゴン車はとある雑居ビルの前に停車した。

 「シロは留守番。車を盗まれないようにね」

 マオに言われてシロは嫌そうな顔をする。

 「周りから嫌な視線を感じる」

 「犯罪者の溜まり場だからね。何かあれば、すぐに盗ろうとしている」

 「糞共め」

 マオとクルスは車から降りる。クルスは大きめの段ボール箱を畳んだ状態で持っている。

 「さぁ・・・仕事の時間よ」

 マオは雑居ビルの扉を開いた。

 彼女は冷静に雑居ビルの中を見渡す。

 事前の情報ではこのビルに監視カメラの類は存在しない。

 彼女達は人一人が通れる程度の狭い階段を上がる。

 そして、3階に到着した。

 古びた鉄扉。マオはインターフォンを鳴らす。

 インターフォンから雑音に紛れて、男の声が聞こえた。

 「誰だ?」

 「ユンチャン運輸です」

 マオは笑顔で答える。

 「何も頼んでいないはずだが?」

 「いえ、お届け物です」

 「誰からだ?」

 相手は疑り深いなとマオは感じた。

 「えぇっと・・・ラオ商会さんからです」

 「ラオ商会?・・・分かった。扉の前に置いておけ」

 「いえ、受取のサインをいただきたいのですが」

 「そんなのは初めてだが?」

 「最近、配達員の横領が多くて」

 間があった。マオは少し不安を感じた。

 「わかった。扉を開く」

 扉が開かれ、痩せ細ったアジア人男性が姿を見せる。

 マオはその一瞬で彼がリンであると確認する。

 「どこにサインをすれば良い?」

 男は手にした安物のボールペンをマオに突き出す。

 「はい。こちらです」

 マオは笑顔で男の腹部を殴る。男はくの字に折れ曲がる。露わになった首筋に彼女はスタンガンを押し当て、電流を流した。僅かな悲鳴を上げただけで男は意識を失い、廊下に倒れ込んだ。

 「すぐに箱に入れろ」

 マオが言うよりも早く、クルスはすぐに箱を組み立て、その中にリンと思われる男を手足を結束バンドで拘束した上で投げ込み、蓋をした。

 二人掛かりで段ボールを担ぎ、すぐにワゴン車に放り込む。

 「車を出せ」

 マオの指示でシロは車を出した。

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