C.A.T~どろぼう猫達の狂騒曲~

三八式物書機

第1話 C.A.T

 第三次世界大戦中、世界を駆け回り、危険極まりない任務を成し遂げてきた。

 俗にスパイなんて呼ばれるが、ただの国家公務員でしかない。

 戦争が終わりを告げ、スパイとして、最前線から降りる時が来た。

 活躍し過ぎたスパイは世界では有名人になってしまう。

 身分詐称も変装も通用しない。

 目立ったスパイは静かに引退するだけだった。


 入江洋子は新東京都を見下ろせるオフィスの窓から外を眺めた。

 戦中に破壊された東京都に変わって、さいたま市が首都となった。

 かつての街並みと新たに建設された都市部。

 新旧が交じり合った不思議な街並み。

 その陰には多くの闇が蠢いている。

 入江はそう思いながら咥えていた電子煙草を捨てる。

 ここは戦後に彼女に与えられたポストの個室。

 真新しいオフィスビルだから、部屋もとても綺麗だ。

 かつての職場とは雲泥の差と言える。

 最新鋭のオフィス家具にパソコン。

 職場環境は悪くない。

 ただし、与えらえたポストにやや不満はあった。

 C.A,T情報局局長

 C.A.Tは対テロ庁の略称。

 その情報局のトップを任されたわけだ。

 現在、日本は戦後、経済大国として、世界に君臨している。

 それ故に世界中から人が流入している。

 大半は違法だ。

 そいつらの多くは犯罪者となっている。

 ただの犯罪者は警察の仕事。

 だが、政治、経済、宗教、犯罪・・・テロリストの温床があった。

 C.A.Tはテロリストを撲滅する事が目的だった。

 元内閣調査室のエリートスパイであった入江に白羽の矢が立った。

 すでに現役を引退せざる得ない状況だった為、入江からすれば、ただの官僚に戻るよりはマシだっただけだ。

 予算はかなり優遇されたと思う。

 だが、問題は人事だ。

 そもそも、人手が足りないのはどこも同じだ。

 集められたのは元スパイが少数。

 スパイなど、人の生活に潜り込む仕事なのだから、人でしか出来ない。

 それなのに・・・。


 入江は目の前に並べられた顔ぶれを見て、険しい表情をする。

 この日。情報局、稼働初日だった。

 情報局の全職員の4割がそこに居た。総数53名。

 内、人間は6名。

 職員の殆どが頭に獣の耳や尻に尻尾が生えていた。

 ヒューマアニマルと呼ばれる存在だ。

 戦時中、大きく減少した労働力を補う為に禁断の技術として、遺伝子操作による労働力確保を行ったのである。

 その結果、産み出された新しい合成生物。

 人の遺伝子をベースに他の動物の遺伝子と掛け合わせた存在。

 人の遺伝子のコピーだと倫理的に問題があるとして、他の生物を掛け合わせて、人では無いとするためだ。

 結果として、彼女達は人の容姿ながら、獣耳と尻尾がある。

 確かに人とは大きな相違点が多くあり、容姿だけなら人とは言えない。

 だが、人と会話をする事も出来るし、知能も人並だ。

 人とまったく同じ仕事をこなす事が出来る。

 むしろ、身体能力は人を凌駕する。オリンピック選手だって、真っ青だろう。

 それで戦争に勝てたとも言えるから、日本人は彼女達に感謝すべきだとも入江は思っている。

 だが、そんな存在を実際に部下として持つ事になるとは思わなかった。

 スパイとして勤めてきたため、彼女達のような存在と実際に目の当たりにしたはこれが初めてとも言える。

 「ふむ・・・こいつらをスパイに?どうやって、人のコミュニティに紛れ込ませるのだ?こいつらに情報収集なんて難しいぞ?」

 入江は中学生ぐらいの女子の集まりのようなヒューマアニマルの頭に手を置いた。

 副局長の山下保が笑いながら言う。

 「問題ありません。高い身体能力があるので、盗みも暗殺も得意ですよ。人との接触は人間がやれば良いですし・・・荒事なら、こいつらは使えます」

 「詳しいな?」

 「私は元防衛省なので・・・こいつらの扱いは慣れてます」

 「なるほど・・・確かに荒事とかには使えそうだな。訓練は?」

 「それぞれ出身が違いますが、特殊部隊の過程は持っています。暗殺や破壊工作、情報収集機材の取扱なども修学済みです」

 「そうか・・・身軽なら、盗聴器などの設置などに役立ちそうだな」

 入江は何となく理解して、ヒューマアニマルの頭に乗せた手をどけた。

 「まぁ・・・良い。まずはこいつらの能力を見せて貰おうか」

 入江はパソコンを操作すると、大型ディスプレイに顔写真などが表示された。

 「リン=ガオシュン・・・薬物、武器の仲介をする密輸だ。こいつから、武器の購入者リストを奪ってこい。やり方は任せる」

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