C.A.T~どろぼう猫達の狂騒曲~

三八式物書機

第1話 内調

 第三次世界大戦中、世界を駆け回り、危険極まりない任務を成し遂げてきた。

 俗にスパイなんて呼ばれるが、ただの国家公務員でしかない。

 戦争が終わりを告げ、スパイとして、最前線から降りる時が来た。

 活躍し過ぎたスパイは世界では有名人になってしまう。

 身分詐称も変装も通用しない。

 目立ったスパイは静かに引退するだけだった。


 内閣情報調査室特別部


 日本に戻って来た私に下った命令は指揮官としての役割だ。

 世界を巡っている間に東京は核弾頭によって、消滅した。

 職場は、新東京都となったさいたま市の中心にあった。

 「真新しいオフィスビルの一角か・・・変わるもんだ」

 前の職場は古臭い建物の一角であった。

 用意された部長の個室の扉を開く。

 新しく用意された部署だけに資料類は一切、無い。

 あるのは真新しいオフィス家具とパソコン類。

 Eスポーツでも愛用される椅子に腰掛けた。

 「悪くない・・・それで・・・部下は?」

 彼女は目の前に置かれた班員の名簿を見た。

 そして、驚いた。

 「時代ってヤツか・・・」

 30歳を目前にした妙齢の美女。

 メガネはあくまでも素顔を隠すための小道具。

 美し長い黒髪もカツラ・・・それが飯星涼子である。

 東大卒のエリートで自衛隊のレンジャー訓練もこなす。

 日本最強のスパイと囁かれた逸材であった。

 彼女は腕時計を見て、時間だと察して、個室から出た。

 セキュリティロックが解除され、部屋の扉が開く。

 これから彼女が指揮する部下達が出勤してきた。

 こうして、ここで一同が顔を合わせる事は少ないだろう。

 スパイとはそうした存在だ。

 涼子はそう思いつつ、次々と室内に入って来る者達を見た。

 総数15人の男女。

 その内、10人程は小柄で可愛らしい少女達。

 黒い背広が似合わない感じの女子高生みたいな少女達の頭には猫耳や犬耳。お尻にはしっぽがあった。

 それは涼子が驚愕した事実。

 ヒューマアニマルである。

 戦争によって、人口の4割を失った日本政府が労働力を補う為に禁断の技術に手を出した。人工生命体である。生命倫理を無視してでも、機械などの自動化よりも安く、多様性の高い労働力として、限りなく人に近い人工生命体を活用する事になった。ただし、人のコピーではさすがにまずいとなり、人の遺伝子に家畜の遺伝子を掛け合わせた存在としたのであった。

 「まさか・・・こんな目立つ存在をスパイに?」

 初めて実物を見て、涼子はにわかに信じ難いと言った感じに苦笑いをした。

 確かに彼女が指揮をするのは新設された部である。

 スパイと言うより、暗殺を主な役目にするこれまでになかった部門だ。

 情報収集を主とするスパイと違い、暗殺者となれば、必ずしも隠密性を必要としない。だが、これまで、闇から闇へと紛れながら、任務を果たしてきた涼子からすれば、猫耳、猫シッポを持った少女など、人の中では目立つとしか言いようがなかった。

 「山下。こいつらは使えるのか?」

 山下と呼ばれた若い男性職員が返事をする。彼は涼子の右腕となる部長補佐である。

 「こいつらとは、ヒューマアニマルの事ですか?えぇ・・・陸自のレンジャー訓練にも耐えますし・・・暗殺技能も習得済みです」

 「暗殺技能・・・こんなに目立つようじゃ・・・海外での任務に使えないぞ?」

 「我々はそもそも国内でのみの運用であります」

 山下に言われて、涼子はため息をついた。

 忘れていたわけじゃない。だが、これまで海外を主な任務地として、飛び回って来た涼子からすれば、国内だけと言われるのは何だか、価値が下がったように思えるのだ。

 「解った。確かに・・・暗殺なんて仕事はこんな専門機関で取り扱う事じゃなかったからな」

 「部長の現役の時に何をされていたかはトップシークレットですが・・・今は戦争も終わり、世界でそれが許されるわけじゃありません」

 「解っているよ。だが・・・国内には法でまとも相手が出来ない連中が増えている・・・。だから、我々が用意されたってことだ」

 涼子は分かっていた。自分たちの役割を。

 自分たちは違法な存在で、だが、国を守るには必要な存在。

 法で対処が出来ない連中を始末する。つまり、殺すと言う事。

 無論、殺すだけじゃない。大抵の暴力的な解決方法を用いる。

 何かあれば、切り捨てられるかもしれない。危険な役目だった。

 「早速だが・・・こいつらの実力を知りたい」

 涼子に言われて、山下は困惑する。

 「どうするのです?」

 「この仕事をやらせろ。つまらない小さな仕事だが、実力を見るには良い」

 涼子は壁の大型ディスプレイにとある任務を表示する。

 全員がディスプレイを見た。

 「中華系ギャングのリンだ。薬物を扱う小悪党だが、防衛省の職員の弱みを握って、何か、防衛情報を得たらしい。それをサルベージして・・・全てを綺麗にする事だ。これを最初の任務とする。無事にやり遂げろ。これでお前らを評価する」

 涼子は獣耳をピクピクさせる少女達を睨みながら言う。彼女たちはそんな涼子に怯えるように体を小刻みに震わせていた。それだけの迫力が涼子にはあった。

 「部長、あんまり怯えさせないでください。彼女たちはこう見えても生まれて2年しか経ってない子猫や子犬なんですよ」

 「2歳児にこんな汚れ仕事をさせると思うと、情けないわ。だけど、使える者は使う。早速、任務にあたれ」

 涼子の一言で部員は涼子に敬礼をした。

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